最終話 四次元ドミトリーで乾杯(前編)
「というわけで、一年間お疲れ様でした〜! かんぱ〜い!」
駿太郎のかけ声で、俺たち二〇四号室のメンバーは、ジュースの入った紙コップで乾杯した。
「お疲れ様でしたー!」
「おつかれ」
「おつかれ〜」
コーラの炭酸がシュワシュワと口の中で弾ける。
明日は三学期の終業式。明日の放課後はクラスの打ち上げがあるし、春休みになればこの四人で遊びに行く計画もあるけれど、まずは今晩、寮の部屋で、四人でお菓子を食べながらプチ打ち上げだ。
「あー、なんか目まぐるしすぎて、一年間あっという間だった気がする」
ポテチをパリっとかじって、俺は言った。本当にこの一年間、いろんなことがあった。
「そりゃそうやろな。いきなり魔法学校に転校してきたんやもんな」
「零治おつかれ〜」
ミヤビと駿太郎もお菓子をつまみながら言う。
「俺たちもキャンセル使いがこの部屋に入るって言われた時はビックリしたよな」
「ほんまやで。しかも、つい最近まで魔法の存在すら知らんかったらしいからよろしく、とか、波多野先輩からいきなり言われるし」
「いや〜ほんと、みんないつもいろいろ教えてくれてありがとね〜……」
俺が苦笑しながらお礼を言うと、優がチラリと駿太郎を見る。
「でももはや、魔法系科目のテストも、零治のほうが駿太郎より点数良いけどな」
「シーッ! それ言わないで!」
駿太郎が慌てて人差し指を唇にあてる。
「まあ暗記系はとにかく詰め込んだからね〜。優にもいろいろ教えてもらいつつ」
俺が言うと、ミヤビがにやにやと笑う。
「大丈夫やで駿太郎。実技科目はまだ駿太郎のほうが勝ってるから。特に飛行魔法実習」
「シーッ! それ言わないで!」
今度は俺が人差し指を唇にあてて言う番だ。
そうやってみんなで思い出話やらどうでもいい話やらをしつつ、紙コップのコーラを飲み干したところで思い出した。
「あ、そういえば俺、冷蔵庫にお茶置いてあったんだった。ちょっと取ってくるね」
一年生用の共用冷蔵庫は、部屋を出て左手に進んだところにある。俺はガチャリと部屋の扉を開けた。
「改めて零治くん、二〇四号室へようこそ〜。かんぱ〜い!」
「「「かんぱーい!」」」
俺は、扉をそっと閉めた。
「……」
なんだ今の。扉の向こうに、いつもの廊下じゃなくて、ここそっくりの部屋がもう一つある⁉︎ しかも、そこにいるのは俺と優、駿太郎、ミヤビだ。しかもしかも、今のセリフ、たぶん俺が転校してきた日に部屋で開いてもらった歓迎会の時の……。
俺がドアノブを握りしめたまま立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。
「零治。閉めてもなかったことにはならんで」
「……やっぱ?」
やっぱ今、なんかヤバかったよな⁉︎
「なんかマズい予感するな……」
優も、苦い顔をして言う。
「絶対またなんかトラブってるよね」
駿太郎はそう言って立ち上がると、俺の隣にやってきて、躊躇いなくドアを開けた。
「こんばんはー。二〇四号室全員揃ってますか?」
またしても扉の先に広がっていたのは、そこにあるはずの廊下ではなく、二〇四号室と思しき部屋。“そっち”の二〇四号室では、優が部屋のドアを開いていて、その向こうの廊下にちらりと波多野先輩の姿が見える。
「はい。揃ってます」
「オッケー、三人ともいるね」
「はい」
どうやら消灯前の点呼を取っているみたいだ。しかし、俺の姿はない。
「あとね、二〇四のみんなに先生から連絡です。来月転校生が来るとのことで、その子には二〇四に入ってもらいます」
波多野先輩が言うのを聞いて、“こっち”の部屋にいる駿太郎が口を開いた。
「あ、これ零治が来る前の話じゃん! 懐かし〜」
「いや懐かしんでる場合じゃなくね⁉︎」
俺は思わずツッコむ。さっきは歓迎会で今度は転校前って……。
そうしている間にも、波多野先輩が説明を続ける。『転校生』という言葉に、いつのまにか当時の駿太郎とミヤビも、ドアの側まで集まってきて波多野先輩の言葉に耳を傾けていた。
「で、それにあたって、来週の土曜日の十三時から、机とかクローゼットとかの搬入をしたいそうなんですけど、誰か立ち会いできますか?」
「あ、はい! それは大丈夫ですけど……転校生ですか? 珍しいですね」
優が言うと、波多野先輩が微笑む。
「ふふふ、超大物が来るよ」
「「「超大物?」」」
首を傾げる三人に、先輩が言った。
「キャンセル使い。それも、今までは魔法使いだって自覚がなくて、それどころか魔法の存在すら知らなくて、学校も、一般の学校にしか通ったことないんだって」
「え⁉︎ ホントですか⁉︎」
「キャンセル⁉︎」
「マジでおんのか……」
「というわけで、その子も分からないことだらけだと思うから、三人ともよろしくね。僕も寮長としてできる限りのサポートはするつもりだから」
「わかりました」
そこまで見たところで、“こっち”の駿太郎がバタンとドアを閉じた。優が顎にほっそりとした指を添えて言う。
「んー、要するに、ドアを開けたら過去に繋がってるってことか?」
甚だ信じられないことだが、一方で、この学校ならあり得るとも思う。それこそ、ついさっき扉の向こうで見た歓迎会の頃の俺ならビックリしすぎて白目剥いて泡吹いて気絶しててもおかしくないけど。
すると、ミヤビが口を開いた。
「……俺、思い出したんやけどさ、昔、写真部の先輩に聞いたことあるかもしれん」
「なになに?」
「寮ってさ、大勢の魔法使いが長ーい間入れ替わり立ち替わりで住んでるから、ちょっとずつちょっとずつ、今までに住んだ魔法使いたちの魔力が蓄積されていくんやって。その魔力のせいで時々、寮がバグることあるって」
「バグる……」
「で、どうすればいいの? それ」
駿太郎が尋ねる。
「それは知らん」
ミヤビはあっさりと即答した。
「え、ヤバくね⁉︎ ドア開けても廊下に出れないんじゃ、寮長のとこにも管理人さんのとこにも行けないじゃん!」
俺は叫んだ。こんなの、この部屋に閉じ込められたも同然じゃないか!
すると、優が落ち着き払った様子で言った。
「そんなん簡単だろ。お前がキャンセルしたら全部解決だろうが」
「えー俺⁉︎」
「まあ、蓄積された魔力が原因なんやったら、キャンセルが有効と考えるのは自然よな」
ミヤビも優に同意すると、優も、そういうこと、と頷いた。
「いや、俺もそれはちょっと思ったけどさ〜。今回は規模もデカそうだし、俺にはハードル高すぎじゃない⁉︎」
この現象の正確な範囲もまだよく分かっていないし、しかも歴代の先輩方の魔力の蓄積を俺一人でキャンセルするなんて……。
「まあまあものは試しに、一回やってみようよ!」
駿太郎がにこにこしながら言う。
「うん……まあやってみるだけなら……」
俺は渋々扉に向き直った。駿太郎が勢いよく扉を開ける。
「えー、早速ですが、朝のホームルームの前に転校生を紹介します。入って」
遊佐先生が話している。これは間違いなく転校初日の一年B組の教室だ。とうとう寮の外にまで繋がってしまったらしい。
「いくぞ! はあーっ!」
俺は目を閉じ、気合いを込めて、ドアの外の過去に向かって両手の手のひらを向けた。
「藤巻零治です! えーっと、僕は今まで自分が魔法使いだって知らなくて、魔法のことも、この学校のことも分からないことだらけなんですけど、これからよろしくお願いします!」
過去の俺がガチガチに緊張しながら挨拶する声が聞こえて目を開けると、そこには依然として教室が広がっている。
「わあー! やっぱ無理だったーっ!」
「ミヤビ、とりあえず寮長に連絡」
「うい」
へこむ俺の横で、優とミヤビが、冷静に新寮長の二階堂先輩へと連絡を図ってくれた。ミヤビはしばらく俯き加減で黙り込んでいたが、突然ぱっと顔を上げた。テレパシーでの会話が終わったらしい。
「なんて言ってた?」
すかさず駿太郎が尋ねる。
「二階堂先輩の部屋もおんなじ。ドア開けたら過去の世界が広がってるらしいわ。で、すぐに先生に連絡取ってくれたらしいんやけど、前にこの現象が起こったのが十年ぐらい前で、その時は時間が経てば収まったらしいから、とりあえず今回も部屋で待機って言われたって。もしキャンセルできるんならしてくれると助かるけど、って言うてたで」
「う……力不足ですいません」
俺がキャンセルできれば即解決なんだけど……。
その時、俺たちのスマホが同時に鳴った。二階堂先輩からX寮のグループにメッセージだ。
二階堂聡『寮生の皆さん、こんばんは。
現在、X寮では、部屋の扉を開けると過去の世界に繋がってしまうというトラブルが発生中です。原因は、建物自体に蓄積された魔力であると思われます。
先生に確認しましたが、前回はしばらく待てば収束したので、今回も慌てずに室内で待機するように、とのことです。ご協力お願いします。
何か困ったことがあれば、二階堂まで連絡してください。
(この情報は、X寮のメッセージグループに入っていない寮生にも、木南のテレパシーで共有してもらっています。)』
さすが二階堂先輩。寮長になった矢先のトラブルなのに、迅速な対応だ。
「んー、どれくらいで戻るのかな〜?」
「ここに書いてないってことはわからんのちゃう? てか、ほんまに戻るかどうかも正直分からんよな。前回はたまたま戻ったってだけで」
駿太郎とミヤビが言う。
「なあ、二階堂先輩は、キャンセルできるならやってもらえると助かるって言ってたんだろ?」
優が言った。うん、とミヤビが頷く。
「じゃあ、せっかくだしやってみるか」
「え、俺ムリだよ?」
俺は慌てて言う。
「なんか良い方法思いついたん?」
「いや、試してみないとわかんねえけど」
「なになに、どうやるの⁉︎」
駿太郎が興味津々の様子で身を乗り出した。優が俺たち三人の顔を見ながら説明してくれる。
「要するに、さっきの失敗は、寮に蓄積した魔力に対して、零治の魔力が足りないからキャンセルできなかったってことだろ? だったら、零治の魔力を増やせばどうかと思うんだよ」
「魔力を増やす?」
分からない。魔力ってのは基本的には体力とかと同じで、生まれ持った素質が基礎としてあって、そこから日々の練習などによって少しずつ鍛えていくもの。一朝一夕で増えるものではないはずだ。
俺たちが首をひねっていると、優が続けた。
「つーか、零治そのものを増やす!」
「え?」
ますます分からない!
優がニヤリと笑って言う。
「この過去への扉を開いて、過去の零治を連れてくるんだよ。零治が二人いれば魔力はいつもの二倍、十人集めたら、十倍ってことになる」
……んー、なんとなく分かるような、分からないような。俺たち三人は首をひねる。すると、優が言う。
「ほら、この前さあ、駿太郎と零治が好きな漫画がアニメになったとか言って、みんなで配信で見たじゃん。『秋雨の剣』だっけ?」
「あ~! そっか!」
俺は思わず声を上げた。
「あの話って、剣術の達人が、六年後の未来から来た自分と一緒に悪と戦うんだよね! 今の自分も未来の自分も、自分であることには変わりないけど、一緒に戦えば戦闘力は二人分。あれと一緒ってことか!」
俺は言った。そう考えるとちょっとイメージしやすくなったかも。本当に、優は頭が良い上に教え上手だ。
「なるほど! それめっちゃオモロそうやん!」
ミヤビが言う。
「まあ、やってみねえとできるかはわかんねえけどな」
「じゃあ、早速やってみよー!」
そう言って、駿太郎がニコニコと立ち上がる。そして、ノブを握ると、意気揚々と扉を開いた。




