極秘ミッションは感謝を込めて(その4)
【第三体育館にて・一年B組 藤巻零治】
「藤巻〜」
「はい!」
卒部式が終わったあと、俺は名草先輩に呼び止められた。
「頑張ってな。バレーも魔法も」
「はい! ありがとうございます!」
優しく微笑んでくれる名草先輩を見て、俺は言った。
「やっぱり寂しいですね。引退したあとも先輩がたは練習に顔出したりしてくれてたんで」
そんなこと言っても仕方ないんだけど。名草先輩も、困ったように笑った。そして、ぽつりと言った。
「……あのさ、俺のボタン、藤巻にあげる」
「えっ⁉︎」
俺が目を丸くすると、先輩はぶんぶんと手を振る。
「あ、いや別に告白とかじゃなくてな⁉︎」
そして、ブレザーに付いている金ボタンをぎゅっと握り締めた。
「俺が一年の時も、可愛がってくれてたバレー部の先輩がボタンくれたんだよ。俺たちの志を継いで頑張ってくださいって意味で。だから俺も卒業する時は誰かにあげようって決めてて」
「そうだったんですか……」
「もらってくれる?」
先輩が少し首を傾げて微笑むので、俺は大きく頷いた。
「もちろんです!」
すると、名草先輩はクスッと笑ってブレザーのボタンをプチンと引きちぎった。
「じゃあ藤巻に託す! 俺たちの志を継いで頑張ってくれたまえ」
「はい! ありがとうございます!」
俺は、金色に輝くボタンを両手で大事に受け取った。
「先輩も、卒業してもたまには遊びに来てくださいよ?」
「うん。そのつもり。落ち着いたらまたみんなで練習見にくるわ」
「はい! ほんとに、ありがとうございました!」
俺は深々と頭を下げた。
「ふふふ、こちらこそ。じゃあ俺、ママが待ってくれてるから行くわ。二人で『卒業証書授与式』の看板のとこで写真とらなきゃだから!」
お母様のところへ戻るという名草先輩と別れ、俺はもらったボタンを失くさないよう慎重に胸ポケットに入れてから、グラウンドに出た。すぐに、優、駿太郎、ミヤビの姿が目に入る。三人とも、それぞれ所属する部のセレモニーは終わったみたいだ。
「あ、みんなおつかれ〜……って、どしたの?」
俺は三人のもとに駆け寄って尋ねた。
「駿太郎がやらかしちゃって落ち込み中らしい」
「え⁉︎」
優がしゅんとした様子の駿太郎の背中をぽんぽんと叩きながら言うので、俺は思わず聞き返した。すると、駿太郎が口を開く。
「飾りに使うスーパーボール、こけた拍子に床にばら撒いちゃってさあ〜。みんなが手伝ってくれたからなんとか拾って飾れたんだけど、撤収が間に合わなくて。みんな透明魔法で姿隠しながら教室まで逃げ帰ってきたんだよお〜」
「あはは、それはドンマイ」
そして俺は続ける。
「でも、それを言うなら俺もなんだよ」
三人が、『え?』とこちらを見る。
「実はさ、俺も和倉くんの箒に乗せてきてもらったのに、作業してる間に和倉くんと離れちゃって、教室に取り残されちゃってさあ」
「えーマジ⁉︎」
「それでどうしたん?」
駿太郎とミヤビが驚いたように言う。
「最後に全クラス見回ってくれてたリーダーの喜田先輩に見つけてもらって、後ろに乗せてもらってなんとか脱出できた……」
そう。三年の教室は一階だったので、とりあえず窓から外に脱出して、その後のことはあとで考えることにしようと窓枠に足をかけたまさにその時、箒に乗った喜田先輩が俺を見つけて声をかけてくれたのだ。結局そのあと和倉くんも俺を迎えにきてくれて、『ターゲットが来るって言われて慌てて藤巻くんのこと忘れちゃった!』とかなり申し訳なさそうに謝ってくれた。やっぱり飛行魔法を使いこなせないとなにかと不便だし、俺もそろそろ箒を乗りこなせるようになりたいところだ。
「どこもいろいろトラブったんやな〜」
ミヤビが苦笑すると、優も言う。
「うちの班も机が足りなくて焦ったよ。結局、どっかの部の三年生が、顧問の先生に花束を渡すセレモニーのために移動させちゃってたらしい」
そうだったのか……。ホントになんとか上手くいって良かった。俺がほっと安堵の息をついた時。駿太郎が校舎のそばを指さした。
「あれ⁉︎ あれアマネじゃない⁉︎」
「あ、ホントだ」
たしかに、長髪を頭の上で一つに縛り、イヤーマフをつけているあの姿は、間違いなくアマネだ。なにやらキョロキョロと辺りを見回しながら歩いている。
「アマネー!」
さっきまで落ち込んでいたのはどこへやら、元気に駿太郎が手を振ると、アマネもこちらに気がついた。
「駿太郎、優、ミヤビ、零治」
「久しぶり! 今日は来れたんだね〜」
駆け寄ってきてくれたアマネに、駿太郎が言う。
「うん。先輩たちの卒業式だから、頑張って来た」
アマネは頷いてそう言うが、その視線はじっと俺の名札の辺りに注がれている。また今日もなにか聞こえているのだろうか。
「そうなんだ〜。先輩たちってバンドの? もう挨拶できた?」
「ううん。今探してて……」
駿太郎の言葉に、アマネがまたキョロキョロと周りを見回したその時。
「あっ! いたいたアマネく〜ん! そろそろ時間だから行こ!」
どこからか声がしたかと思うと、牧瀬先輩が箒に乗って上空からやってきた。
「あ、はい! じゃあ、みんなまたあとで」
アマネは牧瀬先輩が持ってきたもう一本の箒を受け取って跨ると、ふわりと浮き上がる。かと思うと、ふわふわと俺に近づいてきて言った。
「零治の胸ポケットの中の子、すごく零治のこと応援してるよ」
「え、ほんと⁉︎」
なるほど、アマネはさっきから俺の胸ポケットを見ていたのか。アマネはじっとポケットの辺りを見つめたまま、微笑んでこくりと頷き、さらにこう付け足した。
「あ、あと、零治は文化祭の時みたいに無理しちゃダメだからね。心配しなくても僕、今日はだいぶ体調良いほうだからね」
「え?」
それだけ言うと、アマネは高度を上げて飛んでいってしまった。
「みんなもあとで体育館来てね〜」
牧瀬先輩がそう言い残して、アマネのあとを追う。
ん? アマネと牧瀬先輩。『文化祭の時みたいに』。『体育館に来てね』。……あ。
「それってもしかして!」
【グラウンドにて・二年A組 木南夕朔】
ゲーム……。
卒業式のドタバタで、スマホゲームのログインボーナスをもらうのを忘れていたことに気がついた。ここならギリ、寮の無線LAN入るかな……。
俺は、二階堂にブレザーの首根っこのところを猫みたいに掴まれたまま、ブレザーのポケットの中にあるスマホに思いを馳せていた。
「ありがとう二階堂くん。今回のサプライズ、二階堂くんが中心になってやってくれたって聞いたよ」
「ああ、いえいえ。最初に呼びかけたのは俺ですけど、俺は在校生代表で式に出席しなくちゃいけなかったので。当日実際動いてくれたのはみんなです」
二階堂は、寮の先輩である波多野先輩と話している。なぜそこに首根っこを掴まれた俺がいるのかと言うと、いつものように『俺は行かない』とさえ言えば深追いはしてこないと思っていた二階堂に、『さすがに今日は最後だし、木南も一緒に挨拶しとこ!』と言われ、無理矢理連れてこられたからである。
「ふふふ。そっか。二階堂くんがXの寮長を継いでくれて僕も安心だよ」
「いやあ、俺じゃあ波多野先輩みたいには上手くできないですよ……」
「そんなことないよ。僕も最初は探り探りでやってたし。二階堂くんなら僕よりずっと上手くやれると思うよ」
「先輩……」
これ本当に俺要るだろうか。二人が謙遜しあってるのがなんか逆に怖くなってきた。俺みたいな人間からすれば、どう考えても二人とも有能なリーダーだろう。
「ま、なにか困ったことあったらいつでも連絡して? 相談乗るから」
「はい。ありがとうございます」
「木南くんも! ありがとうね」
いきなり話を振られ、俺は慌てて返事をした。
「ああ、いえ」
波多野先輩が腕時計をチラリと見る。
「それじゃあ僕、そろそろ行かないと。ほんとありがとね!」
「本当にお世話になりました! ありがとうございました!」
二階堂はそう言って頭を下げると、俺のブレザーを掴んだまま、ぐいぐいと首の後ろ辺りを押しまくってくる。わ、わかってる。ちゃんと挨拶するってば。
「あ、ありがとうございました」
俺は抵抗することを放棄し、押されるがままに頭を下げた。
波多野先輩を見送ると、ようやく二階堂が俺を解放してくれて言う。
「ありがとう木南。手伝ってくれて助かったよ」
「もうこんなクソ疲れること二度とやらない」
俺はそう言って、ようやくゲームアプリを立ち上げた。ログインボーナスログインボーナス。
「あはは、ごめんごめん。けど、ちゃんと報酬は払うからさ!」
その言葉に顔を上げると、にこにこと笑う二階堂と目が合った。
「なんのキャラにするか決めた?」
「『サイキックバトラー』の皇征」
俺は即答した。今俺の中で一番アツいアニメの推しキャラだ。
「ちょっと待って? ……おー、なるほどなるほど〜」
二階堂はスマホですぐに画像を検索しているみたいだった。
「作れそ?」
俺は恐る恐る尋ねた。
「うん! やってみる!」
二階堂はスマホをスクロールしながら頷く。
「さんきゅ。ほんとにタダで作ってもらっていいのか?」
「うん! 材料費は部費で落ちるから」
「そうか」
今回俺が得た報酬。それは、手芸部部長の二階堂に、俺の好きなコスプレ衣装一着を無償で作ってもらえる権利である。
征くんの画像を調べてくれている二階堂を、内心ワクワクしつつ見ていると、二階堂のほうもどんどん目がきらきらしてきた。
「ふふふ〜、SNSで人気のイケメンコスプレイヤーに衣装提供できるなんて、俺も楽しみだな〜。どうやって作ろっかな〜? 早く生地買いに行きたいな〜!」
「俺のコスプレアカウント、口外するなよ」
「わかってるわかってる!」
あのアカウントの中身が俺だと知っているのは、二階堂含む、ルームメイトの三人だけだ。メイクと画像加工があれば、写真を見てもほとんど俺だと分からない。
「じゃあ俺、帰るから」
「うん! 今日はありがと!」
さっさと帰ってアニメを見ねば。俺はヲタ活で忙しいのだ。
と、その時、俺の手の中でスマホが震えた。X寮のグループチャットに、メッセージが届いている。
波多野日和『在校生のみなさん、サプライズありがとうございました! そして卒業生のみなさんは、卒業式おつかれさまでした!
このあと第一体育館にて、卒業を記念したSHAKTの一日限定復活ライブを行います!
ご興味のある方はぜひお集まりください!
最後にみんなで盛り上がりましょう‼︎』
「あ〜、だから波多野先輩急いでたのか。俺、これ見に行こうかな」
二階堂もメッセージを確認して言う。
「木南は……行かないよね?」
「行く」
「え?」
二階堂が素っ頓狂な声を上げた。俺はメッセージのあとに添付されたセットリストを、興奮気味に指さして言った。
「ここに書いてる三曲目、『秋雨の剣』のオープニング曲だから!」
「え? なにそれ? アニメの話?」
大股で歩き出す俺を、二階堂が追ってくる。
【第一体育館にて・一年B組 藤巻零治】
♪永遠だと 信じた時は一瞬
君はもう 行くんだね
どうか振り返らないで 僕は僕の道をゆくから
アマネの歌声は、相変わらず聴く人を魅了する。清純なようでどこか色っぽいというか。言葉にできない不思議な魅力のある声だ。それに、相変わらず海貝先輩のギターも、根来先輩のベースも、牧瀬先輩のドラムもキレキレだし、波多野先輩は、キーボードは上手いしコーラスは綺麗だしで、やっぱこのバンド最高だ!
「アナ高で過ごした三年間、とっても楽しかったです! みんなありがとー!」
根来先輩が叫ぶと、わーっと歓声が上がった。
なんだかバタバタもあったけど、アナ高らしい旅立ちの日になったんじゃないかな、と思う。アマネが最後の曲を歌い始めた。
♪ありがとう 伝えきれないけど
ずっと ずっと 想いは繋がってる
もっと もっと 高く羽ばたける!




