極秘ミッションは感謝を込めて(その3)
【第一体育館にて・三年C組 黒木奏】
三月一日。今日はとうとう俺たちの卒業式だ。別にみんなと一生会えなくなるわけじゃないけど、やっぱりなんだか寂しい。俺の人生の中で、高校三年間という時間は、もう二度と巡ってこないのだ。
第一体育館での式典を終え、保護者や先生たちに拍手で見送られながら、A組から順に退場していく。
「わっ」
「スゲー!」
「すごい……」
先に外に出たやつらから、次々と歓声が上がった。何に驚いてるんだ?
「おー!」
体育館の外に一歩出てみて、俺も思わず声を上げた。
体育館から俺たちの教室のある校舎まで、花道ができていた。カラフルな折り紙やテープ、スーパーボールなんかで飾り付けられた道が、ずっと続いているのだ。こんなの式が始まる前にはなかった。
「すっげー! 式の間にやってくれたのかな⁉︎」
ルームメイトの玲ちゃんが、はしゃいだように言った。
「な。スゲーな」
俺はひとつだけ地面に転がっていたスーパーボールを拾って、折り紙の花の中心に戻した。花道は、教室の前まで続いていた。
「奏! 玲ちゃん! はやくはやく!」
「こっちもすごいぞ」
一足早く教室に入った初芽と智輝が言う。
「うわ、スゲー」
教室の中も、花道同様華やかな飾り付けが施されていた。そして黒板には、『ご卒業おめでとうございます』の文字と、アナ高の制服を来た男子生徒二人が桜の花びらが舞い散る中で笑い合っているイラストが描かれている。すごくきれいだ。絵の二人はただの友達なのかもしれないけど、見ようによってはカップルみたいにも見えてなんか良いな、と俺は思った。
「皆さん、卒業式おつかれさまでした」
クラスメイト全員が教室に戻ると、担任の神戸先生が笑顔で言ってくれた。神戸先生とも今日でいったんお別れだと思うと、なんだか寂しい。面白くて優しくて、良い先生だった。
「ということでね、もうみんな見てくれたと思うけど、在校生の皆さんが協力して、体育館から教室までの花道、教室の中の飾り付け、そしてグラウンドの飾り付けをしてくれました。良い後輩を持ちましたね、皆さん」
先生が言う。やっぱりこれは後輩のみんながやってくれたのか!
そして先生が続ける。
「それじゃあ、みんなも気になってるでしょうから、グラウンドのほう見にいきましょうか」
そう。黒板にはこうも書かれていたのだ。『卒業式が終わったら、グラウンド上空に来てください!』。いったい何があるんだろう? 俺はわくわくしながら箒に跨った。
「あー、待って待って、奏! 飛ぶのはやいよ〜」
窓枠から一気に飛び出した俺を、初芽の声が追いかけてくる。
「すげー……」
俺は思わず呟いた。
グラウンドには、大きな『Thank you!』の文字があった。よく見ると、机を大量に並べて作っているみたいだ。そして、机の天板には何かが貼られているように見える。
すると、文字のそばに立っている誰かが、俺たちを見上げて拡声器を口元に持っていった。たしか彼は、さっき在校生代表として式に出て、立派な送辞を読んでくれていた二階堂くんだ。
「先輩がた、ご卒業おめでとうございます! そして、今までありがとうございました!」
よく通る声で二階堂くんが言うと、続いて、『ありがとうございました!』と大勢の声が聞こえた。見ると、校舎の窓から一、二年生のみんなが顔を出している。
「すげーな……」
俺たちが一年や二年の時も、先輩たちの卒業祝いのサプライズというのはあったと思うけど、今年はそれに比べてかなり大がかりな気がする。
「ねえねえ! あれ写真だよ! 見に行こ!」
玲ちゃんが指をさして言うと、グラウンドの方へと高度を下げていった。俺もそれに続く。
「ホントだ写真だ……」
机の天板部分に貼られていたのは、卒業生たちの写真だった。遠足で行った水族館で、天馬が友達と一緒に亀にエサをあげてる写真。修学旅行のホテルで、天馬が美味しそうに夕食を食べてる写真。この前の文化祭で、天馬が俺と一緒に書道部の展示を見ている写真もある。全部かわいい。
「あ、俺たちの写真もあるー!」
玲ちゃんが一枚の写真を指さして言う。ついつい彼氏の写真にばっかり目がいってしまっていたが、俺たちの写真もちゃんとあるらしい。
「ほんとだ、これ入学してすぐの時じゃね?」
「まだ初芽が控えめな微笑みを浮かべてるからそうだ」
「今なら俺と玲ちゃんと一緒にダブルピースしてくれるもんな」
智輝、玲ちゃん、俺がそんなことを言っていると、初芽が口をはさむ。
「最初の頃はほんとに緊張してたんだよ〜。俺、アナ高入るまではずっと友達いなかったし!」
初芽はそう言うと、照れくさそうにはにかんだ。
「だから、ほんとに三人が仲良くしてくれて嬉しかったよ。ありがと!」
「ちょっとー! 嬉しいこと言ってくれるじゃん〜!」
「俺らも初芽と同じ部屋で楽しかったよー!」
玲ちゃんと俺は、初芽と肩を組もうと腕を伸ばした。
「わっ! ちょっ! 危ない! 落ちる落ちる!」
「おい! 箒から降りてやれよ危ないぞ!」
智輝が叫ぶ。俺もこの三年間、三人がルームメイトで本当に良かったと思っているし、三人にはとっても感謝している。
*
「ということで改めまして先輩がた、今までありがとうございました!」
最後のホームルームが終わったあと、俺は第三体育館にいた。バレー部の後輩たちが、俺たちの卒部式を開いてくれたからだ。最後の大会が終わったあとも簡単な引退式のようなものがあったが、その後も俺たちはちょこちょこ練習に顔を出していた。正式に俺たちがこの部の部員でなくなるのは、今日というわけだ。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
福澤が寄せ書きの色紙を、天野が黄色のガーベラの一輪ブーケを手渡してくれる。
「ありがとー!」
真壁、一色、名草にも、それぞれ他の部員の手で色紙と色とりどりのガーベラが贈られたようだ。
「四人からも、何か一言ずつある?」
峰岸先生が俺たちのほうを見る。俺は口を開いた。
「えーっと、こちらこそありがとうございました! 俺は大学行ってもバレー続けたいと思ってるので、またいつか一緒にプレーしましょう! ……まあ合格発表まだなんでどうなるかわかんないけど。とにかく、みんなとバレーできて超楽しかったです! ありがとう!」
パチパチと温かい拍手が起こり、続いてはオレンジのガーベラを抱えた名草の番。
「えーと、俺こういう挨拶苦手なんだけど……。なんだろ、すごく、楽しかったです。まあうちの学校のバレー部ってだけあって、夏の合宿とか、フツーにいかないこともいろいろあったけど、それもみんなで乗り越えて、最後までみんなでやってこれて楽しかったなーと、思います。ありがとうございました」
そして次は、白のガーベラをもらった一色の番。なんだけど……。
「うぅっ、すいません……」
一色はぼろぼろと両目から大粒の涙を流している。まあ一色は試合で負けた時なんかもいつもこんな感じで大号泣するので、みんな慣れっこだ。両隣の名草と真壁に背中をさすられ、一色が少しずつ話し始める。
「ありがとう、ございました……。こんな頼りない先輩で、すいません……。みんなのおかげで、ここまでやってこれたと、思います……。ホントに、感謝してます。ありがとうございました……。うぅ、すいません……」
一色は、ごしごしと目元を拭いながら、深く頭を下げた。
最後は赤のガーベラをもらったキャプテン、真壁の挨拶だ。
「えー、皆さん今までありがとうございました。キャプテンとして至らないところもあったと思いますが、みんなと一緒にバレーやれて本当に良かったです。俺たちが引退してからはもうすでに一、二年だけでの新体制が始まってると思うけど、みんななら絶対に大丈夫だと思ってます。これからも頑張ってください。応援してます。ありがとうございました」
パチパチと拍手が起こったあと、真壁がもう一度口を開いた。
「あと、それから……」
少し逡巡したあと、続きを述べる。
「もし来年、雲井寛実っていう新一年が入部してきたら、思いっきりしごいてやってください。ちょっとした知り合いなので」
俺は思わず苦笑した。『ちょっとした知り合い』って……。妹の彼氏だろ。後輩たちは知らないだろうが、俺たち三年は、真壁が『妹の彼氏がチャラそうで心配だ……』とこぼしていたのを知っている。
「それから、俺たちから先生にも」
真壁が気持ちを切り替えて、峰岸先生に色紙を渡した。
「えーマジ⁉︎ ありがと〜!」
「今までありがとうございました」
真壁が言うのに続いて、俺たち三人も、ありがとうございました、と頭を下げた。
「えーちょっと、俺も泣いちゃうじゃ〜ん!」
そう言う先生の瞳は、たしかにいつもよりキラキラと潤んでいた。
*
「あ、奏いたー!」
卒部式が終わってグラウンドに戻ると、天馬が駆け寄ってきた。
「おー天馬!」
「あのさあのさ〜?」
天馬はにこにことして俺の目を見つめる。
「ん〜?」
「あのさ、学ランじゃないから、第二ボタンの代わりにネクタイちょうだい? 代わりに俺のあげるから」
そう言って、天馬は自分のピンクのネクタイに手をかけた。
「おー! いいね! 交換しよ〜!」
「ふふふ、やったー」
俺も自分のネクタイをほどき、天馬のネクタイを受け取って自分の首元に結び直した。思えば、この三年間でネクタイを結ぶのもだいぶ上手くなったよな。
すると、ちょうどすぐそばにいたG組の堀田ノアが声を上げた。
「えーネクタイの交換いいな〜! ひろ! 俺らも交換しよ〜!」
「えーなんで」
柳生はあまり乗り気じゃなさそうだ。しかし堀田が食い下がる。
「別にネクタイ交換はカップルじゃなくても、友達どうしでやってもいいだろ〜? 友情の証だよ証!」
「そういうもんか〜?」
「そういうもんでしょうが! もー、浩成くんのケチ!」
「まー、じゃあいいけど……」
「やったー!」
そうと決まると、堀田はさっさと柳生のネクタイをほどいて、勝手に自分のネクタイを結んでいく。
「はい! 出来上がり〜!」
「かわいい!」
リボン結びにされた柳生の胸元を見て、天馬が歓声をあげた。
「いや普通に結んでくれよ……」
柳生は呆れ気味にそう言いつつも、堀田の好きにやらせてやっている辺り、仲のいい二人だなーと思う。
【グラウンドにて・三年B組 海貝翔吾】
「いやあ、あっという間に卒業だね!」
「ホントにね〜。ついこの間入学したと思ったけどね」
「僕は翔吾が家にいなくて寂しかったんで、長く感じましたよ」
「「あははは!」」
璃久のお母さんと、僕の両親が楽しそうに話している。卒業式後、三人が璃久と僕の写真を撮ってくれることになっていたんだけど、璃久はバレー部の卒部式に出るとかで、帰宅部の僕は璃久が帰ってくるのを三人と一緒に待っていた。
「あ、いたいた海貝くん!」
そこに、誰かが僕の名前を呼ぶのが聞こえた。
「あ、校長先生」
校長先生は僕のところまでやってくると、ある本を手渡してくれた。
「はいこれ。先生からの卒業祝い」
「え? これって……」
学校の図書室の蔵書、『白雪姫』だ。僕はこれまでこの本を、長期休暇用長期貸し出し制度や貸出期間延長システムなど、図書委員長として知りうるあらゆる手段を駆使して長い間借り続けていたのだが、卒業するにあたって、昨日とうとう図書室に返却したのだった。
「そんな貴重な物じゃないから。キミが持っていた方が良いと思ってね。魔法の練習、熱心に頑張ってたから」
校長先生が言う。校長先生には、この本を使って、物語の登場人物をこちらの世界に呼び出す魔法をよく教えてもらった。
「ありがとうございます。大事にします」
僕はなんとなく、本のページをパラパラとめくってみた。
「……あれ」
女王の描かれているはずの部分が、真っ白の空白になっている。ということはまさか。
「今日は卒業式なんだってな、海貝翔吾」
「女王陛下! 来てくださったんですか!」
女王はふっと優しく口角を上げて微笑むと、たくさんの青いバラを集めた大きな花束を僕にくれた。
「城の庭に咲いていた花だ。おめでとう、翔吾」
「ありがとうございます!」
青いバラの花言葉は、『夢かなう』だ。
*
その後、女王は目立つので本の中に一旦戻ってもらった。
「あ、璃久。おかえり」
璃久がガーベラと色紙を持って戻ってきたのを見つけて、璃久のお母さんが声をかける。
「ただいま」
「じゃあ翔吾、璃久くんの隣並んで?」
母さんに言われ、僕は青いバラを抱えて璃久の隣に立った。
「はいチーズ!」
写真を撮り終えて、僕は璃久に尋ねた。
「それ、後輩にもらったの?」
「うん」
璃久は嬉しそうに微笑んで色紙を眺める。僕も横から少し覗き込んでみた。
『試合中、真壁先輩の頼もしい背中にいつも励まされていました!』
『真壁先輩のようなキャプテンになれるよう、精進します!』
「へーえ。みんな良いこと書いてくれてるじゃん。泣いちゃわなかった?」
僕が璃久の顔を見上げてそう尋ねると、璃久は言う。
「それが、一瞬泣きそうって思ったんだけどさ、先に一色が号泣してたから、なんか逆に冷静になった」
「ははは、もらい泣きできないレベルで泣いてたんだ」
たしかに僕も、式の卒業生退場の時点で、もうすでに一色が号泣しているのを見た。
「あ、そうだお前、『来年雲井寛実って新入生が入部届提出してきても受け取るな』とか、『雲井寛実が入部してきたらビシバシしごけ』とか言ってきたんじゃないだろうな」
僕が思い出して言うと、璃久の歯切れが途端に悪くなった。
「い、言ってねえし!」
あー、これは言ったな……。
気を取り直し、僕は腕時計を確認した。
「じゃあ僕、そろそろ時間だし行くから」
「どこに?」
歩き出す僕の背中に、璃久が聞いてくる。僕は振り返ってニヤリと笑った。
「ナイショ」




