極秘ミッションは感謝を込めて(その2)
【司令部(空き教室)にて・二年A組 木南夕朔】
作戦開始の指示をテレパシーで伝え終えると、しばらく俺の仕事はない。二階堂からの次の指示や各班からの連絡などが来るまで、そのまま待機だ。
「木南先輩がこういうのに協力してくれるやなんて、意外ですね」
隣に座っている後輩の佐久間ミヤビが、ニヤニヤしながらそう言ってきた。佐久間も俺と同じくテレパシー使いなので、二階堂に伝令係を頼まれたみたいだった。たしかに俺ひとりじゃ、今回の作戦の協力者全員に指示を送り続けるのは魔力がもたない。
「協力じゃない。買収だよ買収。二階堂が報酬くれるって言うから、まんまと釣られちゃったの」
こんなクソ面倒くさいこと、本当なら絶対にやらない。俺は人付き合いが苦手なのだ。ルームメイトの一人である二階堂にもそのことは伝えてあって、普段は適度な距離感を保ってくれている。その二階堂が、今回はどうしても俺に手伝ってほしいと言ってきたのだ。
「報酬? まさか現金ちゃいますよね」
佐久間が聞いてくる。他の人間と最低限の関わりしか持たない俺は、同じ寮の所属の佐久間ですら、ちゃんと話すのは今日がほぼ初めてだった。
「ああ。さすがに現金ではない」
「へ〜。じゃあ何なんです……あっ、すいません連絡です!」
タイミングよく佐久間がテレパシーを受信したみたいだ。だが、なんだか様子がおかしい。
「なんだって?」
俺が尋ねると、佐久間は泣き笑いみたいな表情で言った。
「グラウンド班の柏原先輩から連絡で……。準備してたはずの机四十個が、消えたそうです」
俺は佐久間から詳しく報告を受け、すぐに二階堂にテレパシーを送った。
『二階堂、今大丈夫か』
『うん、大丈夫! どうかした?』
すぐに返事が聞こえる。
『たった今グラウンドから連絡が入った。用意した机、四十個分がごっそり消えたらしい』
『え⁉︎ 消えた⁉︎』
さすがの二階堂も驚いたらしく、素っ頓狂な声を上げる。ま、これはテレパシーなので、実際には上げてないと思うが。
『報告によると、空き教室にぶち込んでたはずなのに、それが全部無くなってるらしいぞ』
『いやいやいやいや……。マジか』
『いま全員に通達したけど、ありかを知ってるって連絡はまだ誰からも来てない』
『マジか……。てことはもしかしたら、三年生の誰かが移動させたのかもしれないね』
『そうかもな』
『よし! じゃあ、代わりに二年の教室の机を使おう。D組が一番階段に近くて良いかな。二年D組の机を代わりに使うようグラウンド班に指示してくれる?』
『分かった』
『あと、空き教室の机と違って、戻す時に場所が入れ替わっちゃうとマズいから、マスキングテープかなんかに窓際から順番に番号振って貼っといてくれる?』
『了解』
『俺、あと少ししたら出番だから、直前になったらもう一回その旨連絡するね。俺がいない間は、もし何かあったら爽に言って? 若宮爽。終わったらまた連絡するから!』
『了解』
『それじゃあ悪いけど、お願いしとくね』
テキパキと指示を出されて、あっという間に会話が終了した。不測の事態にもかかわらず、実に落ち着いた対応だ。俺は、二階堂が最近生徒たちの間で何と噂されているか、思い出した。
「次期アナ高トップ、か……。こわ」
「なんれふか?」
佐久間がクッキーをもぐもぐしながら言った。コイツも肝が据わってるのか? それとも緊張感がないだけなのか?
【グラウンドにて・二年D組 利根川廉】
木南くんからテレパシーで指示があると、すぐに柏原が呼びかけた。
「よし、じゃあ二D所属の人は俺と一緒に来て! それ以外は引き続きここで作業お願い! この場のリーダーは次期フラッシュ寮寮長の椎名凛太郎に引き継ぐ!」
「え」
黙々と机に写真を貼り付ける作業を続けていた椎名くんが戸惑ったように顔を上げる。
俺もD組なので、すぐに柏原に続こうとしたその時。鮫島くんが柏原に話しかけた。
「あの! それ、俺も行かせてください」
【三年A組教室にて・一年B組 藤巻零治】
『三Cの人手が足りへんみたいなんで、手が空いてる人はそっちへお願いします』
ミヤビの声だ。さっきからテレパシーで指示がバンバン飛んでくるので、作業がかなりスムーズに進んでいる気がする。
「俺行ってくる!」
ちょうどこちらの作業が一段落したところだったので、俺はそう言って教室を飛び出した。
「お手伝いに来ました!」
「ありがと助かる! ……って、藤巻か」
三Cの扉をガラリと開けると、笑顔で振り向いた花本先輩が、俺の顔を見るなり真顔に戻った。
「え、ダメでした?」
「いやいや、来てくれたのはありがたいよ? ありがたいし、そんな優しい藤巻にこんなことを言うのは非常に心苦しいんだけど……。藤巻これ、ここに描ける?」
花本先輩がイラストが描かれた紙を見せ、黒板を指さす。おー、そういうことか……。
「えーっと……すいません、お役に立てず……」
絵だけはどうしても……。俺がうなだれながら謝罪していると、その時、誰かがガラリと扉を開けた。
「佐久間くんからの連絡聞いて、手伝いに来ました!」
「あ、瀬里くん! 良かった〜瀬里くん絵上手だよね?」
喜田先輩の姿を見るやいなや、花本先輩が嬉しそうに瞳を輝かせて言う。
「えへへ、そんな、上手ってほどじゃないけど〜……」
「上手だよ〜。あのね、こういう感じでここに絵を描いてほしくて」
「なるほど〜。やってみる!」
「お願いします! 見本持ちながらは描きにくいかな。ここに貼ったら見える?」
「ありがと〜」
喜田先輩は右前腕欠損というハンディキャップがあるので、花本先輩がマグネットを取って来て、サンプルが描かれた紙を黒板に貼ってあげている。楽しげに話す二人をよそに、完全に用済みになってしまった俺は、仕方がないので元の教室へ帰ることにした。すると、そんな俺のことを誰かが呼び止めた。
「あ、藤巻! 今ヒマ? こっち手伝って! 俺じゃ高いとこ届きにくいから、背ぇ高いやつ来てほしい!」
そう言うのは、クラスメイトの土井くんだ。
「あ、うん! やるやる! なんでもやります!」
よかった、俺には俺の輝ける場所が!
タイムリミットまであと残りわずか。みんなで協力すれば、なんとか間に合いそうだ。
【二年D組教室にて・二年D組 利根川廉】
柏原がマスキングテープに番号を書いて手早く机に貼っていってくれて、貼れたものから順次、他の生徒たちによって運び出した。
「時間ギリギリだな……」
柏原が腕時計を確認して顔をしかめる。たしかに、運ばなければならない机は、まだ二十個はある。しかし他の班は他の班で手いっぱいだろうから、人員をこっちに寄越してもらうのも厳しいだろう。
その時、鮫島くんが言った。
「俺、ここから机落とします」
「うん、お願い……って、え? 今なんつった?」
柏原が絵に描いたような綺麗な二度見で鮫島くんを見る。
「ここから、机を落とします」
鮫島くんがグラウンドに面した窓を指さし、もう一度ゆっくりと言った。
「いやそれはさすがに危ないって」
俺が言う。ここは二階。机を落とせば、そりゃあ階段を使って一個ずつ運ぶより遥かに速くて楽だろうけど、現実的ではない。
しかし、鮫島くんは落ち着き払った調子で続ける。
「俺、グラビティ使いなんで。重力を調整したら、ゆっくりふわっと下ろせます」
「なるほど!」
「それだ! お願いするよ!」
俺が頷くと、柏原もパチンと指を鳴らして賛同した。
「でも、一人で残り全部はさすがにキツイよね? とりあえず俺たちも運べるだけ運ぶから」
俺が言うと、鮫島くんは、ありがとうございます、と言って、それから斜め上を向いて話し始めた。
「ミヤビ。聞こえるか? 俺、今から二Dの机グラウンドに下ろすから、下に取りにきてほしいってグラウンド班に伝えられるか?」
おそらく司令部のテレパシー使いに連絡を取っているのだろう。俺には聞こえないが、すぐに返事があったらしい。こくりと頷いて、鮫島くんがこちらを振り返った。
「それじゃあ、落とします」
【三年C組教室にて・一年B組 藤巻零治】
『グラウンド班は、無事ミッション完了。他二班もそろそろ終わらせて撤収しろ。ターゲットが来るぞ』
木南先輩の声が頭の中で響いた。広範囲にテレパシーを送るぶん音質は下がるかもしれないと聞いていたが、十分よく聞こえる。
「よし、それじゃあ僕たちも撤収しましょう! 急いでください!」
喜田先輩が呼びかける。教室にいた人たちは、続々と作業を終わらせ、端っこにまとめて置いてあった箒を慌ただしく手に取っていく。
「やべ」
俺、和倉くんの箒に乗せてきてもらったんだった! A組に戻らないと!
俺は急いで三年A組の教室に走った。
「あれ?」
教室は、もぬけのからだった。もう全員撤収してしまったらしい。しょうがない、階段で行けばいいか……。
そう思った瞬間。廊下のほうからバタバタと足音が聞こえてきた。大勢いる。
ヤッバい! ターゲットが来る! いま外に出たら鉢合わせる!
【第一体育館前にて・一年E組 和泉哲太】
『グラウンド班は、無事ミッション完了。他二班もそろそろ終わらせて撤収しろ。ターゲットが来るぞ』
「わーってるわ! わーってる! もうすぐ終わる!」
木南先輩のテレパシーに、リーダーの若宮先輩が焦ったように叫ぶ。
するとそこに駿太郎くんが、最後の仕上げに必要なものが入った段ボール箱を持ってきてくれた。
「あとはこれだけだよね……あっ!」
駿太郎くんが、四つん這いになって低い所の作業をしていた俺の足に躓いた。
「あーっ!」
慌てて伸ばした俺の手は、虚しく空を掴む。
ザアーッ!
箱の中の色とりどりのスーパーボールが、床一面に広がった。
「……」
一瞬の静寂が、永遠のように感じられた。
「最悪だ……」
若宮先輩が、呆然として呟く。
「「すいません!」」
俺と駿太郎くんは、顔面蒼白で慌てて頭を下げた。
「しっかりしろ若宮! 現実逃避するな! もう時間ねえぞ!」
福澤先輩が若宮先輩の背中をバシンと叩くと、若宮先輩ははっと我に返ったようだった。
「お前ら、死ぬ気で拾えー!」
若宮先輩の叫びで、俺たちは一斉に地面に這いつくばってスーパーボールをかき集めた。
ガタン。
体育館の扉の向こうで物音がする。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ! 今この扉が開いたら終わりだ!




