第29話 極秘ミッションは感謝を込めて(その1)
【司令部にて・二年A組 木南夕朔】
いくつかある空き教室のうちの一室。いつもはあるはずの机は全部運び出してしまったため、今は椅子だけがずらりと並んでいる。そのうちの一つに座り、しんと静まりかえった部屋の中で、大将からの連絡をじっと待つ。
『聞こえてるかな? 木南』
来た。よく通るはきはきした声で、今回の作戦の大将、二階堂聡が言うのが聞こえた。
『ああ。バッチリだよ』
テレパシーで返事を送る。するとまたすぐに二階堂の声を受信した。
『ふふ、それは良かった。やっぱり木南に頼んでよかったよ』
二階堂は楽しそうに言う。
『報酬はきっちりもらうからな』
あの二階堂が約束を破るとは思わないが、俺はそう念押しした。
『もちろん。それじゃあ、作戦開始としようか。みんなに伝えてくれる?』
『りょーかい』
二階堂にそう返事をしてから、俺は各教室で待機している生徒たちにテレパシーを送った。
『全員、作戦開始』
【三年A組教室にて・一年B組 藤巻零治】
「はい、到着!」
クラスメイトである和倉くんの箒の後ろに乗せてもらって、俺は三年A組の教室にやってきた。
「ありがと〜和倉くん」
俺の飛行魔法は、まだまだ練習中である。
「えーっと、それじゃあ、タイムリミットに必ず間に合うように、みんなで力を合わせて頑張りましょう! よろしくお願いします!」
そう教室全体に声をかけたのは、この作戦における俺たちの班のリーダーであり二年生の、喜田瀬里先輩である。バドミントン部の副キャプテンであり、次期ウインド寮寮長と聞いていたから、いったいどんなすごい先輩なのかと最初は身構えたが、なんだかとってもほんわかして優しそうな人だ。
はい、と喜田先輩に返事をして、各々が仕事に取り掛かる。
よし、俺もがんばろ!
【第一体育館前にて・一年E組 和泉哲太】
テレパシーによって作戦開始が告げられるやいなや、俺たちの班は列を成し、第一体育館付近まで移動した。
「静かにー! 静かに! バレるだろ!」
俺たちの班のリーダーを務める二年の若宮爽先輩が、声をひそめ、人差し指を口もとに当てて言う。この班は、体育館の目の前の通路での作業がメインで、最もターゲットに接近するため、バレるリスクが他より高いのだ。
「よし、そんじゃあ各自作業にかかれ!」
若宮先輩の指示で、一斉に俺たちは行動を開始した。
「こんな感じかな?」
「うんうん、そうだと思う!」
隣で作業をする駿太郎くんに聞くと、にこにこと笑って頷いてくれた。駿太郎くんと俺は、夏休みの赤点補習で仲良くなった悪友である。
そこに、若宮先輩がやって来た。
「おい、バランスもっと考えろ! それだと偏りすぎ!」
「わ、すいません!」
「すいません!」
俺と駿太郎くんは、慌てて一からやり直す。
「若宮先輩こえ〜……」
先輩が行ってしまってから、俺は思わず小さな声でそう漏らした。すると駿太郎くんが苦笑する。
「あはは、良い人なんだけどね〜。そうじゃないとフレームの次期寮長になんて選ばれないだろうし」
「たしかにな〜」
若宮先輩はバスケ部のキャプテンも務めているので、駿太郎くんにとっては部活の先輩でもあるのだ。
「バレー部の先輩の優しさに感謝しろ〜? 和泉〜」
後ろを通りがかった福澤先輩がニヤニヤして言う。
たしかに、うちの部は良い意味でも悪い意味でも先輩が優しすぎると思う。年明けに俺が失恋してバレーの調子がガタガタになった時も、先輩たちは怒らずにめちゃくちゃ慰めてくれた。かく言う俺も、来年後輩が入ってきても厳しくする自信は全くない。零治くんと平介くんも優しそうだしな。
「うっす! 福澤先輩たち優しいっす!」
「だろ〜」
「うるせえくっちゃべってないで手ぇ動かせ」
いつの間にか若宮先輩が戻ってきていた。
「うぅ……すいません……」
若宮先輩の鋭い眼光に睨まれ、俺は慌てて作業に戻った。福澤先輩はタメだから怖くないのか、勇敢にもフレンドリーに絡みにいく。
「怖えってわかみゃん! リラックスリラックス!」
「俺のことを変なあだ名で呼ぶな」
若宮先輩は福澤先輩に心底軽蔑した眼差しを向け、行ってしまった。
「あはは、さすが同級生ですね! 俺が『わかみゃん』なんて呼んだらどんな目にあってたか分かりませんよ!」
駿太郎くんが、にこにこ笑いながらめちゃくちゃ怖いことを言った。
【グラウンドにて・二年D組 利根川廉】
俺たちグラウンド班に課せられたミッションは、ひたすら机を運ぶこと。結構数が多いので、なかなかに骨の折れる仕事だ。
「ふうー」
俺の隣に机を置いた子が、大きく息を吐いた。さっきから小さく華奢な身体でよく働いているので、俺は少し心配になって声をかけた。
「大丈夫? 疲れたらちょっと休憩しなね」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
「どっかで見たことある子だと思ったらさ、あの子でしょ。夏休み明けぐらいに藤巻と入れ替わっちゃってバレー部の練習出てた子」
俺が言うと、その子は一瞬ギクリとして、バツが悪そうな顔をした。
「あー、その節はご迷惑をおかけしました……」
「あはは、別に大丈夫だよ〜」
胸元の名札を見ると、その子の名前は鮫島優くんと言うらしい。
「ま、疲れたなーと思ったら、今日は部活が休みな分、運動部に働かせるといいよ〜。体力アップ! 筋力アップ!」
俺はそう言って、ちょうど机を運んできた冬馬をチラリと見た。
「いや〜、俺はこのあと用があるんであんま疲れさせないでください……」
冬馬は苦笑いでそう言うと、そそくさとまた次の机を取りに行こうとする。
と、その時。
「マズーいっ!」
誰かが大声で叫んだ。あの声、たぶんうちの班のリーダーをやってくれている、次期アクア寮寮長の柏原永樹だ。
「え、なんの騒ぎ?」
まさかトラブル? なんか嫌な予感がするな。




