【番外編】根来賢斗の華麗なる日常2(後編)
「もうガマンできない!」
俺は叫んだ。
俺って意外と短気なんだな、と俺は思った。以前日和は、『賢斗は寮生たちに甘すぎるんじゃないかってくらい優しいから、なんだかんだ言って、賢斗が寮長のフラッシュ寮が一番平和かもね』なんて言ってくれてたんだけどな。
「おい、うるさいぞ」
ナイフをちらつかせる見張り役を睨みつけ、俺は指をパチンと鳴らした。
見張り役は、西園寺に近づいた。
「え、なに⁉︎」
男は戸惑う西園寺の前に立ち、ナイフを向ける。
「やめろって、なんだよ、俺はなんも言ってねえって!」
西園寺がそう叫んだ途端、男はその場にしゃがみ込んだ。
「……は?」
西園寺がキョトンとする。
男は、西園寺の足を縛っているロープをナイフで切り始めた。
「なんだよこれ⁉︎ なんだよ⁉︎」
ナイフをせっせと動かしながら、男が叫ぶ。その様子を見て、俺はこっそりほくそ笑んだ。俺ってやっぱり本番に強いかも!
夏にバンドの練習で集まった時、海ちゃんについてきた絵本の世界の女王様が、海ちゃんに傀儡魔法、つまり他人を操り人形のように自在に操る魔法を使っていた。それを思い出し、俺も見よう見まねで見張り役の男に使ってみたのだ。実践したことは全くなかったのに、初めてでこの出来!
「おい! なんだ⁉︎ 何したんだよ⁉︎」
男は、自分の意思に反して動き続ける手に、怯えたように叫ぶ。しかし手は止まることなく、とうとう西園寺の手足を縛っていたロープ全てを切ってしまった。
「は⁉︎ お前さっきから何言ってんだよ⁉︎」
西園寺は立ち上がり、困惑したように言う。わけが分からないのも当然だ。
「あのー、俺のロープもお願いしまーす」
俺が声をかけると、男はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「……あ」
男が足を止めた。両腕を、ぶんぶんと振り回す。おいおいまさか、そんな動き俺はやらせてないって!
「よかった戻った! 動く!」
男がほっとしたように言った。嘘だろ……。魔法が解けた。やっぱぶっつけ本番で傀儡魔法使うのは無理があったか……。
「おい! 今何やった⁉︎」
男が俺にナイフを向ける。
「え……? ナンノコトデショウ……」
俺はとりあえずとぼける。
「そっちのお前! もう一回縛るから、大人しく座れ!」
男が西園寺にナイフを向けて怒鳴る。はあ……これで状況は元通りか。作戦失敗。俺がそう思ったその時。
「断る!」
西園寺が叫んだ。
「もう身体バッキバキだし! また縛られるなんて絶対イヤだ!」
「うるさい! 怪我したくなかったら大人しく言うこと聞け!」
「イヤだっつってんだろっ!」
西園寺が男に飛びかかった。男がナイフを西園寺に向かって突き出す。西園寺はその腕をぐいっと引っ張ると、素早く手刀でナイフを叩き落とした。そのまま男の腕を自分の身体のほうへ引きつけると、見事な一本背負いで男を床に転がした。男は急いで立ち上がろうとしたが、西園寺は素早く男の身体を足で押さえつけ、両腕を男の首の辺りに巻き付ける。
「うぅ……」
男がうめいた。男の両腕がだらんと床に下りる。
「うそ、落とした?」
「落とした」
西園寺はあっけらかんとしてそう答えると、床に落ちたナイフを拾い、俺のロープを切ってくれる。
「西園寺って、なんか格闘技とかやってるの?」
ロープを切ってもらいながら、俺は尋ねた。
「柔道、空手、ボクシング、少林寺拳法、ジークンドー、ブラジリアン柔術、テコンドー……あとたまにカポエイラ」
「格闘技オタクかよ……」
「はは、まあね。……おし、切れた」
やっと手足が自由になった。俺は、痺れた感覚を治そうと、手首を軽く振った。
「サンキュー! 俺、初めて西園寺に味方したいと思ったわ」
「はは、初めてって。ってか、俺も聞きたいんだけど。こいつが急に俺のロープ切ったの何? 根来、なんかやったの?」
西園寺が言う。俺はニヤッと笑って答えた。
「ふふ、魔法〜」
「は? 魔法? こんな時にふざけんなって」
「いやマジで。一般人が魔法の存在を知っちゃったら、忘却魔法でその部分だけ記憶消される決まりになってるから。あとでかけてもらってね!」
さすがにこの状況で魔法を使ってしまっても、いわゆる『やむを得ない場合』としてお咎めなしで処理されるだろう。どうせここから出られたら、学校か警察の魔法課が西園寺に忘却魔法をかけるんだから、言ってしまっても問題ない。
「はあ? 忘却魔法?」
西園寺が、訳がわからないといった顔で首を捻ったその時。バタバタと扉の向こうから足音がした。一人じゃない。かなり多そうだ。警察か?
勢いよく扉が開いた。部屋の中に、人がなだれ込んで来る。
「おい! 死にたくなかったら無駄な抵抗はやめて大人しくしろ!」
先頭の一人が、俺たちにナイフを向けて叫んだ。
「うわ最悪……」
警察じゃなかった。背後で物音がして振り返ると、西園寺が締め落とした見張り役の男が、いつのまにか意識を取り戻していた。近くにはそいつの物らしきスマホが落ちている。これで助けを呼んだってわけか……。駆けつけた仲間は、ざっと二十人くらいはいる。これは、想像以上に組織的な犯罪みたいだ。
「おい、捕まえて縛れ!」
先頭の男の指示で、男たちが一斉に俺と西園寺に向かってくる。俺はフラッシュで男たちを迎え撃った。
「うっ!」
「あっ!」
数名の男たちがバタバタと倒れた。が、なんせ人数が多すぎる。俺の攻撃をかいくぐった男が、俺に殴りかかる。
と、その瞬間、ソイツが真横に吹っ飛んだ。西園寺が回し蹴りでぶっ飛ばしたみたいだった。西園寺の背後に別の男が立つのが見えて、俺はまたフラッシュを飛ばした。西園寺は、さらに新たに殴りかかってきた男の拳を素早くかわし、ガラ空きの腹にパンチをお見舞いすると、ついでに後ろの敵の顔面をノールックで殴った。俺は最後の力を振り絞り、広範囲にフラッシュを繰り出した。
「はあ、はあ、疲れた……」
「はあ、俺も……。はあ、ていうか、根来、はあ、マジで魔法使えたのかよ……」
「はあ、だから、さっきから、はあ、そう言ってんじゃんか……」
結局、俺たちは二人で誘拐犯グループを全滅させた。俺に電気ショックを与えられたり、西園寺にぶっ飛ばされたりして床にのびている犯人たちを横目に、俺たちは呼吸を整えた。
「そういえば、こいつら俺のコートどこやったんだろ。ポケットにスマホ入ってんのに。通報できないじゃん」
俺が言うと、西園寺もランニングウェアのポケットに手を突っ込んで言う。
「あ、俺のスマホもない」
どうやら犯人たちに没収されてしまったみたいだ。恐らく電源を切るか壊すかされて、GPSなどで居場所を割り出せないようにされているのだろう。すると、西園寺が言う。
「つーか根来、スマホなんかなくても魔法使えるんだったら瞬間移動とか出来ねえの⁉︎ 誰かに『助けてー』って念送るとか」
「俺テレパシー使いじゃなくてフラッシュ使いだし。あと瞬間移動魔法とかも、簡単に言うなよ? 普段でもクソ難しいのに、今の疲れ切った状態じゃ絶対ムリ」
俺は言った。西園寺は、不思議そうな顔で首を傾げる。
「そういう、もんなのか……?」
「うん。ま、とりあえず、ここ出てみよっか」
出てみて、人気がまったくなくて、帰り方もわからない場所だったら……まあ、それはその時考えるか。
俺がそんなことを考えながら部屋を出た瞬間。
「そこまでだ」
目の前に、覆面の男が立っていた。
「手を上げろ」
男が拳銃を俺たちの方に向ける。俺と西園寺は、ゆっくりと両手を上げた。コイツ、さっき俺の家族に電話をかけた、主犯格らしき男だ。やられた……。銃はズルいだろ!
男が部屋の中を顎で示すので、俺たちは言われた通り、また狭い部屋の中に入った。
その時。突然、スーツ姿の男の人が目にも止まらぬ速さで走ってきて、主犯格の男に飛び蹴りした。あっという間に犯人を組み敷きつつ、衝撃で男が落とした拳銃を、素早く遠くへ手で払った。
「そこまでだ! 観念しろ!」
スーツの男性はそう怒鳴ると、犯人に手錠をかける。
「警察です! 大丈夫ですか!」
そう言って、さらにスーツ姿の女の人も部屋に入ってきた。助かった……。
「はい!」
俺はそう返事をすると、西園寺を振り返った。
「西園寺」
俺が手のひらを出すと、西園寺はにやっと笑って俺の手にハイタッチした。
俺たちは、無事に生還した。
刑事さんたちと一緒に建物を出ると、そこは森だった。どうやら俺たちは、山奥に建つ廃墟の地下に監禁されていたらしい。たくさんのパトカーが次々と到着し、逮捕された犯人たちが乗せられていく。
「二人とも、ケガはないですか?」
ショートカットの女性の刑事さんが、聞いてくれる。
「はい」
「俺もまあ、大丈夫です」
そういう西園寺は、確かに大きな怪我こそないようだったが、格闘になった時にパンチを食らったのか、唇の辺りが切れていた。
刑事さんが言う。
「三吉アマネくんからの情報提供があって、この事件の捜査は我々魔法課が指揮を取ることになりました」
「わ、そうだったんですね! アマネくんありがと〜」
俺は、アマネくんのことを思ってお礼を言った。無事に、俺のボタンはアマネくんの元に渡ったようだ。
するとそこに、犯人を取り押さえてくれた男性刑事さんがやってきて言う。
「三吉くんのおかげで、犯行当時の状況が詳細に把握できましたし、車種とナンバーまでバッチリ見てくれてたので、犯人の特定にも大助かりでした。ボタンの現物を持ってきてくださったので、探知魔法でここの場所もすぐに割り出せましたし」
刑事さんがにこやかにそう言うのを聞いて、俺は刑事さんたちに頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました!」
「あ、ありがとうございました……」
西園寺も一応そう言ったが、わけがよく分からない様子だ。まあ、当たり前だろう。
すると、そんな様子を見て、女性の刑事さんの方が西園寺に言った。
「キミは、魔法使いじゃないんだよね?」
「あ、はい」
女性の刑事さんが、男性の刑事さんに目配せする。男性刑事さんが西園寺に言った。
「魔法法に則り、魔法に関する記憶は、忘却魔法を使って消させてもらいます。もちろん、魔法に関する記憶以外は残ります。よろしいですか?」
「え……」
「だいじょぶだよ。一瞬で終わるし、他の記憶には影響ないから」
戸惑う西園寺に、俺は言った。
「はあ……じゃあ、分かりました」
西園寺が不承不承といった感じで頷く。
「じゃあ、失礼します」
男性の刑事さんが西園寺の頭に軽く触れ、すぐにぱっと手を離した。
「はい、じゃあこのパトカーに乗ってください。聞きたいことは山ほどありますが、まずは、ご家族もお友達も、二人のこと心配してますから、元気な顔を見せてあげてください」
男性刑事さんに優しく微笑んで言われ、俺たちはパトカーに乗り込んだ。
「は〜、疲れた。腹減った」
魔法のことなんかすっかり忘れた西園寺が、背もたれにぐったりともたれて言う。
「俺も。……あ、そういえば俺のカップラーメンチョコミント味!」
「あ、それなら拉致された現場に落ちてたよ」
「本当ですか⁉︎」
男性刑事さんが車を出しながら教えてくれたので、俺は思わず身を乗り出した。
「なにチョコミント味って」
西園寺が怪訝そうに顔をしかめる。
「知らないの? チョコレートの甘さと、ミントのすっきり後味が美味しいカップ麺だよ」
「そういうこと聞いてんじゃなくて! 不味そうだってこと!」
「いや超美味いんだって!」
「いやいやいやいや、ないわ〜」
「なんで食べたこともないのに決めつけんだよ。嫌いだわ〜、西園寺のそういうとこ嫌いだわ〜」
「はあ⁉︎ 普通誰でもそう思うと思いますけど⁉︎」
「お前の思う普通がみんなの普通だと思うなよ⁉︎」
「いやいやこれだけは譲れないって! 絶対マズい! お前マジで外食産業とかいっぱいやってる根来グループの息子かよ⁉︎」
「こらこら、ケンカしちゃダメだよ〜」
男性の刑事さんが苦笑しながら言うのをよそに、俺たちはパトカーの中で睨み合った。
……やっぱ俺、西園寺とは絶対に仲良くなれない!




