【番外編】根来賢斗の華麗なる日常2(中編)
「……い! おい! おーい! 起きろ!」
「うぅ……」
次に目を覚ました時、俺は薄暗い倉庫のようなところで椅子に座っていた。腕と足が痛い。なんだ……?
「はあ⁉︎」
俺の両腕は背もたれのうしろで、両足は椅子の脚のところでキツく縛り付けられていた。なんだよこれ⁉︎
「よかった起きた! ヤバいぞ根来!」
隣を見ると、西園寺も俺と同様、椅子に縛り付けられていた。
「ここは?」
「分かんねえ。気がついたらここだった」
「マジか……」
その時、ギイーッと大きな音を立てて、扉が開いた。
「起きたみたいだね、賢斗くん」
覆面の男が、ゆっくりと近づいてくる。その後ろには、同じ覆面を被った男が四人、控えている。
「……誰だ」
俺は、男を睨みつけた。男が言った。
「はじめまして。僕は、キミを誘拐した者です」
「……は?」
誘拐? マジで? 現実感のない言葉に戸惑っている間に、男は続ける。
「キミ、『根来グループ』の一人息子の根来賢斗くんだよね? 今から僕たちは賢斗くんを人質に取って、賢斗くんのご家族に、身代金を要求します」
「……俺の家族は、そんなホイホイ要求に応じてくれないと思うけど」
俺が言うと、男は即答した。
「だったら、賢斗くんを殺すしかないね」
躊躇いなくそう言い切る様子に、背中を冷や汗が流れた。男が、覆面の奥でくすっと笑う。
「……って言ったら、さすがにご家族も払う気になるんじゃない?」
こいつ、マジでヤバいやつだ。
「じゃあ、そいつは?」
俺は、顎で西園寺を指した。
「根来家との交渉がしたいなら、そいつは関係ない」
すると、男は笑う。
「あはは、そうだよねえ。部下たちの報告によると、なんか計画実行の直前に現れてジャマだったから、一緒に連れてきたらしいよ? ほんと、リスクが増えるような行動は避けて欲しいのに、困った部下たちだよね」
後ろの部下たちは何も言わないが、怯えているようだった。ヘマをしたら、この主犯格らしき男に何をされるか分かったものではないのかもしれない。
「いや、俺関係ないなら逃がしてよ!」
西園寺が言う。
「ダメだよ。いま解放したら見聞きしたこと警察に言うでしょ?」
「言わないって!」
「はは、そんなの信用できないも〜ん。もう殺しちゃおうか」
男がふざけた口調で言うと、部下たちが一斉にナイフの先を西園寺に向けた。これはいよいよマズい。
「殺さないほうがいいと思うよ」
俺は言った。
「状況からして、そいつが俺と一緒に誘拐されたことがバレるのも時間の問題でしょ。だったら人質として丁重に扱わないと。金を払えば人質の命が助かるっていう保証がゆらぐと、根来家との交渉にも支障をきたすんじゃない? それにそいつ、そう見えて一応茶道の家元の息子だから、キープしとけば、根来家との交渉に失敗した時の保険になるよ」
「ふーん。なるほどねえ〜」
主犯格の男は、ニヤニヤと笑う。
「ま、それじゃあとりあえずキープしとこっか」
男が言うと、部下たちはナイフを下ろした。
「サンキュー根来〜!」
西園寺が言う。俺は西園寺のことが嫌いだし、百合子ちゃんにセクハラまがいのことをした事実を忘れるつもりはないが、さすがに殺されるのは間違っている。
「じゃあ、今から早速、賢斗くんのおうちに電話するから。余計なこと喋ったらどうなるか、賢い賢斗くんなら分かるよね?」
「はいはい」
男がゆったりとした動きでスマートフォンを耳に当てる。
「あ、どうも! 私、根来賢斗くんを誘拐した者です」
電話が繋がったらしい。男はやけに明るい口調でそう名乗った。
「今から二十四時間以内に、三億円、用意してください。さもなくば、賢斗くんの命はありません」
三億か。支払えないことはないと思うけど、こんなヤツらに払うことになってしまうのは、家族に申し訳なさすぎる。
「いいでしょう。……賢斗くん、お母さんが声聞かせてほしいって」
突然、男がスマホをこちらに向けてきた。
「もしもし母さん?」
俺はスマホに向かって呼びかけた。
「賢斗⁉︎ 大丈夫⁉︎」
スピーカーモードになったスマホから、母さんのうわずった声が聞こえてくる。
「うん、ごめん心配かけて。今は大丈夫だけど、生きて帰れる保証もないから一応言っとく。俺のコートのボタンは、高校の後輩の三吉アマネくんって子に渡してくれる? 最後に身につけてた物は、アマネくんに持っててほしくて」
俺は言った。
「何言ってんの賢斗⁉︎」
母さんが、さらに声をうわずらせる。
「大丈夫だよ。一応言っただけ。極力生きて帰れるように頑張るよ」
俺が言うと、男が再びスマホを耳に当てた。
「だそうです。賢斗くんが生きて帰れるよう、お母様もご協力よろしくお願いします。それでは、二十四時間後にまた連絡します」
電話を切った男が、こちらを見る。
「賢斗くん、コートのボタンって何?」
口調は柔らかいが、警戒しているのが分かる。俺が何か変なことを言ったのではないかと疑っているのだろう。そしてその勘は、実は正しい。
「なにって、コートのボタンはコートのボタン」
俺はとぼけてそう答えた。
「なんでそんなもん後輩に渡すの?」
「俺の形見に」
「それならもっといい物あげなよ〜、お金持ちなんだから」
「あのボタンは、俺とアマネくんにとってはすごく意味のある物なの。世間的な価値じゃないの」
そう、あのボタンは、すごく意味のある物だ。なんてったってあれは、俺が助かるための最後の希望なのだから。
幸い、外出前に執事の安藤さんには行き先がコンビニであることを告げた。俺の家からコンビニまでの道のりを捜索すれば、襲撃された時に千切れたボタンがきっと見つかるはずだ。そしてそれがアマネくんの手に渡れば、アマネくんの受信特化型対物テレパシー、つまり物の声を聞く力で、ボタンから犯行当時の様子や犯人の人数と身体的特徴、犯行に使用された車種などを聞き出してくれるだろう。俺は気を失う直前、ボタンを車の後方あたり目掛けて蹴飛ばしたから、上手くいけば、俺のボタンは車のナンバーまで見ているかもしれない。
さらに言えば、アマネくんは俺のボタンから聞き出した情報を、普通の警察官の人には教えることができない。言ったところで、魔法の存在を知らない人間には頭のおかしい子だと思われてしまうからだ。得た情報を伝えるのなら、警察の中でも、魔法に関わる事件や事故を扱う部署、魔法課。魔法課の刑事さんは全員魔法使いだから、当然探知魔法も使える。つまりアマネくんから魔法課の刑事さんにあのボタンが渡れば、俺の居場所も特定してもらえる! ……というわけだ。
アマネくんには少々大変な仕事をお願いすることになるが、そこは日和や海ちゃん、牧瀬くんたちがサポートしてくれるはず。
「まあとにかく、お金用意してくれるみたいだから。よかったね」
男はまだ少し釈然としない様子ながらも、そう言った。
「俺は? 俺はどうなんの?」
西園寺が言う。
「賢斗くんのほうが上手くいったら、キミも解放するよ。失敗したら今度はキミのおうちにお金用意してもらおうか」
「ええ〜……」
「じゃあ、見張りよろしくね」
男は部下の一人の肩をぽんと叩いて、部屋を出て行った。他の部下たちもそれについていき、残ったのは俺と西園寺、そして見張りを任された部下の男だけになった。
「なあ、お前らは……」
「余計なことを喋るな」
西園寺が何か言いかけたが、すぐに見張りの男がナイフを向けて制止した。西園寺は、しぶしぶ口をつぐむ。
そこからは、長い長い沈黙が続いた。この部屋には、時計もなければ窓もない。時間の感覚が奪われ、まるでこの膠着状態が永遠に続くかのように感じられた。しかし、確実に疲労は溜まっていく。キツく縛られた手足はジンジンと痛むし、ずっと同じ姿勢で硬い椅子に座らされていて、腰や首なんかも痛くて仕方がない。ボタンはちゃんと見つかっただろうか。スムーズにアマネくんまで渡ったとして、あとどれくらいで警察は来てくれるのだろう。きっと、あと少しのガマンだ。あと少し、あと少しガマンすれば……。
「もうガマンできない!」
俺は叫んだ。




