四次元ドミトリーで乾杯(後編)
「フィルターがあっても深追いは危険だな。過去の映像とフィルターかけた画面、両方見ながらってのはムズい」
優が言った。俺たちは、体制を立て直すため、一旦部屋に戻っていた。
「ほんま、優がおらんかったら大惨事やったで」
ミヤビがほっと息を吐いて言う。
「まあ焦らず気長に行こうや。過去の映像は今んとこ、ドアを開けば開くたんびに必ず再生されてるわけやし」
「だな〜」
俺もミヤビに同意する。さっきはマジで死ぬかと思った。ミヤビの言う通り、焦る必要はないのだ。慎重にやるに越したことはない。
「じゃあ、もう一回行ってみるね」
駿太郎がすくっと立ち上がり、ドアノブに手をかけた。あんなことがあっても怖気付かないのが駿太郎のすごいところだ。
ガチャリ。ドアが開く。
「というわけで、零治、ほんとにおめでと〜! かんぱーい!」
「ありがとみんな〜!」
駿太郎の音頭で、俺、優、ミヤビがグラスを掲げた。
が、何かおかしい。この映像、今までとは違う!
駿太郎が慌ててドアを閉めた。
「え、今の何⁉︎」
駿太郎が言う。俺は、今見た信じがたい光景を口にした。
「俺とミヤビ、ビール飲んでた……」
そう。俺たち四人がいたのは焼肉店の個室のようなところで、俺とミヤビが乾杯の際に持っていたのは、間違いなくビールジョッキだったのだ。
「見えるんは過去の映像だけちゃうんかったんかい……」
ミヤビも驚きを隠せない様子で言う。
もちろん俺は未成年であり、ビールなんて飲んだことはないわけで、これは絶対に過去の映像じゃない。第一、四人とも、なんだか顔つきが今よりだいぶ大人っぽかったような……。となれば、未来の映像ということか⁉︎
優が首を傾げる。
「零治に至ってはスーツ着てたな。おめでとうって、昇進祝いか? それとも結婚? 転職したとか?」
「わー、こわこわ! 不意打ちで俺の将来ネタバレするのやめてほしいんだけど!」
俺は慌てて優を遮った。何かしらおめでたいことがあったっぽいのは良かったけど、でもやっぱ自分が将来どうなってるかなんて、事前に知りたくねえー!
「てか俺と優はジュースだったけど、お酒飲めないのかな? 俺に至ってはまたコーラ飲んでたんだけど!」
駿太郎がけらけらと笑いながら言う。
「ははは、ビール飲めるような歳になっても乾杯の音頭は変わらず駿太郎なんやな〜」
ミヤビがそう言って笑った。
「んー、なかなか過去の零治連れてくるの難しいな〜。気を取り直してもう一度!」
駿太郎が再びドアを開く。
俺たちの目の前に広がっていたのは……。
「それじゃあいくよ? かんぱーい!」
学校の化学教室だ。俺たち四人がビーカーで乾杯をしている。
「おお……よりによって入れ替わり薬の日……」
現在のほうのミヤビが呟いた。そうだ、これ、夏休み明けの授業で実験をやって、俺たちの中身が入れ替わった時の……!
「わっ! スゲー! 俺、優になってる〜!」
「成功やな」
「えと……ミヤビ?」
「うん。そうやで〜」
優の顔をした俺が、俺の顔をしたミヤビに尋ねている。俺はふと思い出して、皆に質問した。
「えーと、たしかこの状態でキャンセルが使えるのは、俺の人格じゃなくて体のほうだったよね? つまり俺の体の中に入ってるミヤビの人格ってことだけど」
「そうだな」
優が頷く。
「じゃあ、中身がミヤビの零治を連れてくればいいわけね!」
駿太郎がそう言って、スマホを構えながら過去の映像に踏み込んだ。
「ねえかゆい! 優のここ、蚊に刺されてるよ!」
「俺の体かきむしるなよ! 右ポケットに塗り薬あるから!」
優の中の俺が、左腕を指して騒ぐと、駿太郎の中の優が慌てて言った。
「うわ〜人格優で体格駿太郎は威圧感やばいな」
「人格零治の体格優はなんかいつもよりかわいさアップだね〜」
俺の中のミヤビとミヤビの中の駿太郎が、俺たちが騒ぐのを見て話している。そこに、現在の駿太郎が飛び込む。
「つーかまーえた!」
「は⁉︎」
俺の顔をしたミヤビは、いきなり腕を掴まれてギョッとした。
「ああ、このあと一日中元に戻れない羽目になることをまだ知らない俺よ……」
現在のほうのミヤビが、半分同情するような、半分面白がっているような口調で呟く。
「そ、その節はほんとにすいませんでした!」
駿太郎が、俺の中に入ったミヤビの腕を引きながら謝った。
「……よし、これで揃ったな。零治四人分」
優が、部屋に並んだ俺と俺と俺と俺の体に入っているミヤビを見て満足げに言った。
「ふふふ、めっちゃおもろい光景やな」
ミヤビがくすくすと笑う。
「よし、じゃあいよいよやってみるか……。頑張ろうな、俺! と、ミヤビ!」
俺は俺たちに呼びかけ、ドアの前に立った。駿太郎が、過去からやってきた俺たちに呼びかける。
「じゃあ三人も、俺がドアを開けたら、キャンセルかけてね! 頼んだよ!」
「「はあ……」」
「なんやようわからんけど……」
過去の俺たちが戸惑いながらも頷くのを確認して、駿太郎がノブを握った。
「それじゃあいきまーす!」
ガチャリ、とドアが開いた。俺は手のひらをドアの向こうにむけて構える。
「というわけで、一年間お疲れ様でした〜! かんぱ〜い!」
駿太郎のかけ声がして、俺たち二〇四号室のメンバーが、ジュースの入った紙コップで乾杯している。
「お疲れ様でしたー!」
「おつかれ」
「おつかれ〜」
これは……!
「これは、ついさっきの俺たちだな」
優が俺の後ろから映像を覗き込んで言う。
「頑張れ零治!」
駿太郎がぐっとガッツポーズを作って応援してくれる。
「いくぞっ!」
連れてきた過去の俺たちが手のひらを出すのを確認し、俺も改めて過去の映像に魔法の照準を合わせる。手のひらに全神経を集中させ、目を閉じた。体じゅうの魔力が集まってきて、手のひらがじんわりと熱く感じる。
次の瞬間、周りが突然静かになった。俺はうっすらを目を開けてみた。
目の前には、いつもの寮の廊下。
「成功……かな?」
俺は呟いた。
「だな」
優がニヤッと笑う。
「イェーイ! せいこーう!」
「やったな!」
駿太郎とミヤビが両手を突き出してくる。
「イェーイ!」
俺は、俺のルームメイトたちとハイタッチした。
*
二階堂聡『先程連絡した件について続報です。
二〇四号室の藤巻くん、鮫島くん、来栖くん、佐久間くんが、寮の魔法を解除してくれました! 四人ともありがとうございます!
各自ドアを開けて、異常がないか確認をお願いします。たぶん大丈夫だと思いますが、なにかあれば二階堂に教えてください。
(この情報は、X寮のメッセージグループに入っていない寮生にも、木南のテレパシーで共有してもらっています。)』
俺たちは、X寮のグループに届いたメッセージを確認し、改めてほっと息をついた。
「ふう〜! これにて一件落着!」
俺は伸びをして言った。ちょっと疲れたけど、なんだかんだ面白かったな。過去の思い出も振り返れて、なんだかんだ一年生を締めくくる打ち上げにはちょうど良かったかもしれない。
「じゃあもう一回プチ打ち上げやり直す?」
駿太郎がそう言って紙コップにコーラを注ぐ。
「え、今からか? この騒ぎでだいぶ時間食ったから、もう言ってる間に消灯時間だぞ」
「まあまあ、乾杯だけでもやり直しとこうや」
絶対に夜更かしはしない派の優に、ミヤビがコップを持たせて言う。
「んー、まあ、乾杯くらいならいいか」
優が紙コップを受け取る。
「はい! じゃあ皆さん、コップを持って〜?」
駿太郎が言うので、俺も急いでコップを準備した。
「これ今日何回目の乾杯?」
俺が苦笑すると、優が冷静に答えてくれる。
「過去と未来の映像で見たのも全部入れたら六回目」
「やば」
ミヤビが吹き出す。駿太郎がにこっと笑ってコーラを高く掲げた。
「それでは、無事に事件を解決に導いた俺たちのチームワークと! お酒が飲める歳になってもずーっと続くであろう俺たちの友情に!」
「「「「かんぱ〜い‼︎」」」」
コーラの炭酸がシュワシュワと口の中で弾ける。
明日は三学期の終業式。この一年間いろんなことがあったけど、このアナスタシア学園高校に来て、この三人がいる二〇四号室に入って、本当に楽しかったな、と俺は心から思った。
「あーっ! ごめんコーラこぼした!」
「バカバカなにやってんだよ!」
「駿太郎、ティッシュここ!」
「服ベタベタやん着替えろよ〜」
……まあちょっと騒がしすぎる時もあるけど!
最後までお読みくださり、誠にありがとうございました!
心より感謝申し上げます。




