キミの笑顔のためだけに(後編)
翌日。一月二日。俺と平介くんは、哲太くんの家の近くの公園まで駆けつけた。俺たちが到着した時、哲太くんは、公園内のベンチにぼんやりとした様子で座っていた。
「哲太くん、来たよ。だいじょぶ?」
「……ああ、うん。わざわざありがと」
俺が声をかけると、哲太くんはゆっくりと顔を上げ、弱々しい声でそう言った。
「まあまあ、とりあえず話聞くからさあ」
平介くんが哲太くんの隣に腰かけ、肩を抱くようにしてぽんぽんと叩くので、俺も反対側の隣に腰を下ろした。
「……で? 昨日、告白したの?」
俺が言った。一月の冷たい空気が、頬をピリピリと刺す。
「……してない」
哲太くんが、絞り出すように言った。
「してない? じゃあ、失恋したっていうのは?」
平介くんが驚いた様子で尋ねる。
「……可能性が、ゼロになったの」
哲太くんはそう言うと、ぽつぽつと昨日の出来事を話し始めた。
*
……零治くんは知ってると思うけど、昨日は俺、美結ちゃんと初詣行く約束してたんだけど、その前にたまたま零治くんたちに会って、みんなで一緒に初詣行ったんだよね。で、初詣行ったあとすぐに、零治くんたちと別れて、美結ちゃんと二人でお昼ごはん食べようってことになって。美結ちゃんがグラタンが食べたいって言って、近くのファミレス入って。でも、なんかメシ食ってる間も元気ないような気がして、その前に変なヤツに絡まれたのがよっぽど怖かったのかな、と思って、食べ終わったあとに聞いてみたんだよ。
「大丈夫? 美結ちゃん」
そしたら、美結ちゃんが、うん、って頷いたあと、真面目な顔して聞いてきてさ。
「あのさ、さっきおみくじ引いた時、哲ちゃん、恋愛運とか気になるって言ってたでしょ?」
「え? あはは、うん」
「哲ちゃんはさ、好きな人いるの?」
「え」
正直、ちょっと期待しちゃったよね。そんなこと聞いてくるってことはさ、もしかして美結ちゃんも俺のこと……みたいなさ。
「……うん。いるよ」
「……そうなんだ」
そしたらまた、美結ちゃんは難しい顔して黙っちゃってさ。そんで、俺はドキドキしながらもう一回聞いてみたわけ。
「どうかした?」
そしたら、美結ちゃんがさ。
「ううん。その子と上手くいくといいね」
って。拍子抜けだよね。美結ちゃんが何考えてるか全然分かんなくてさ、どうしたものか……って思ってたら、その時、美結ちゃんが言ったの。
「……私ね、そういうの、全然キョーミないんだ」
突然だったから、俺は思わず、「へ?」ってマヌケな返事しちゃって。そしたら美結ちゃんが話し始めて。
「恋愛とかさ。興味ないの。なのに、映画もマンガも歌も恋愛のことばっか。おみくじにも恋愛の欄があってさ。みんながみんな恋愛したいわけじゃないのに」
そんで、あはは、おみくじに文句言ったって仕方ないよねー、なんて笑って。その笑顔がなんか悲しそうな感じでさ、俺ももう泣きそうになっちゃったんだよね。もちろん脈なしって分かったのもショックだったけどさ、それ以上に、今まで美結ちゃんがそういうふうに考えてたの気付かなくて。なんか俺、無意識に失礼なこと言っちゃってなかったかなーとか、ずっと一人で悩んでたのかなーとか思ったら、なんかよく分かんないけど、泣きそうで。
で、そのあと美結ちゃんがこう言ったの。
「友達とかに『あんまりそういうのキョーミない』って言うとさ、『まあそのうち良い人現れたら、恋愛したくなるんじゃない?』って言われて。そりゃ未来のことは私もわかんないから、気が変わることはあるかもしれないけどさあ。でももし、もし一生恋愛しなかったら、それってダメなのかなあ? そんなに恋愛しないって変なこと?」
で、俺は言ったの。
「……変じゃないよ」
そう言った。え、って美結ちゃんがこっち見てくるから、俺はがしって美結ちゃんの手を握って、美結ちゃんの目を見て。
「変じゃない! 絶対変じゃないよ! 美結ちゃんは美結ちゃんのやりたいようにやりな! 俺は応援してるからさ!」
って。言ったの。そしたら美結ちゃんは安心したみたいに笑ってくれて。
「あはは、うん。ありがと〜」
つって、笑ってくれて。俺は美結ちゃんをこれ以上悩ませたりしたくないからさあ。好きな子には笑っててほしいからさあ。もう、この気持ちは諦めようって思って。……そういう、話。
*
「うぅ……。そうかあ〜……」
俺は思わず熱くなった目頭を押さえた。
そうだよなあ、もちろんそういう人もいるし、そういう人に自分のことを好きになってくれなんて、言えないよなあ……。
哲太くんが苦笑する。
「はは、なんで零治くんが泣いてんの」
「だってえ〜……」
「ふふ、でも偉かったよ〜。最後まで美結ちゃんに寄り添ってあげて! 偉かった!」
平介くんに背中をさすられて、哲太くんは、うん、とだけ答えた。平介くんが言う。
「哲太くんがそういう風に言ってくれてさ、きっと美結ちゃんは嬉しかったんじゃない? そこで自分の気持ち優先して、『それなら試しに俺と付き合ってみる?』とか言ってたら、絶対美結ちゃんは傷付いてたでしょ」
「あはは、そんなの言えないよお〜」
哲太くんが苦笑いする。
「ふふ、でしょ。哲太くんはそういう人だから。優しい人だよ。美結ちゃんのために自分の気持ち押し殺して、あとでこうやって一人で傷ついちゃってさあ! もー!」
平介くんが哲太くんの肩を抱き寄せて、頭を哲太くんの肩にもたせかけてそう言った。
「魔法で、変なヤツに絡まれたとこ助けたり、スマホ直してあげたりとかもさあ! 月出さんには言わないってか、言えないんだよ⁉︎ なんのアピールにもならないのに、ずっと陰ながら月出さんのために行動してて……もう……ホント! いいヤツだよ哲太くんは!」
俺も負けじと哲太くんの肩を抱いて言った。
「へへ、二人ともありがと!」
哲太くんはそう言って、俯いた。すぐに、背中がふるふると小さく震え出す。
「もお〜、泣け泣け! こういう時は好きなだけ泣こ!」
「そうそう! すぐ立ち直らなくても良いんだから。ゆっくりでいいよ」
平介くんと俺は、哲太くんの頭を撫で回したり、背中をさすったりしながらそう言った。
「うん……。うぅ……」
哲太くんは、俯いたまま、両手で顔を覆ってしばらく泣いていた。俺と平介くんは、黙って哲太くんの気持ちが落ち着くのを待った。
「どう? 落ち着いてきた?」
「うん……」
しばらくして俺が尋ねると、哲太くんは指で涙を拭って頷いた。すると、平介くんが口を開く。
「あのさ」
そう言うと平介くんは、デニム地の小ぶりのリュックサックをごそごそし始めた。
「やっぱ俺たちは運動部だから。気分転換には体動かすのが一番かなーと思って。……持ってきた」
そう言ってリュックサックから出てきたのは、はねつき用の羽子板と羽根だった。
「おおっ。いいね!」
俺が言う。
「まあ気が乗らないなら無理にとは言わないけどさ。気晴らしに、どう?」
「……やる」
哲太くんが立ち上がった。
「よし、やろう!」
哲太くんのことだ。今すぐは無理でも、きっとまた自分の力で立ち上がって、俺たちにあの眩しい笑顔を見せてくれることだろう。その日まで俺と平介くんは、友達として精いっぱい、哲太くんを支えるのみだ。
「なーにが『一途に想い続ければ実る。』だよ! 神様の嘘つきーっ!」
哲太くんはそう叫んで、思いっきり羽根をついた。
その日俺たちは、高校生にもなって、日が暮れるまで、ただひたすらに全力ではねつきをした。




