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第27話 キミの笑顔のためだけに(前編)

 ……五、四、三、二、一。

 時計の秒針が天井を指した。

「ハッピーニューイヤー! 今年もよろしくね〜零治(れいじ)! お父さん!」

母さんがにこにこと楽しげに言う。同時に、テレビからも賑やかに新年を祝う声が聞こえてきた。

「うん。よろしく〜」

「よろしく」

母さんと一緒にこたつを囲んでいる俺と父さんが答える。

 すると、こたつの上に置いてあったスマホの通知音が鳴った。


メッセージグループ:X寮204号室(4人)

くるすしゅんたろう『あけおめー! ことよろー!』

佐久間ミヤビ『あけましておめでとう〜!』


 一月一日。俺たちは冬休み中ということもあり、寮ではなく、それぞれの帰省先で新年を迎えた。

 俺もすぐに、『あけましておめでとう! 今年もよろしく!』と返信した。優(ゆう)からの返信はまだない。優の性格からして、たぶん今の時間は通知を切って寝ているのだろう。


 他にもいくつかの知り合いからの新年の挨拶に返事をしていると、また新しくメッセージが届いた。


入江(いりえ)愛友香(あゆか)『れいじ、あけおめ〜!』

『今年もアミと3人で一緒に初詣(はつもうで)行く??』


 幼馴染(おさななじみ)のアユからだ。俺とアユとアミの三人で近所の神社に初詣に行くのは、もはや毎年の恒例行事になっていた。明日(というかもう日付が変わったから今日)の十時にいつもの場所に集合で、と約束を取り付けて、スマホをこたつに置く。

 

 ふと顔を上げると、にやにやした表情の母さんと目が合った。

「……ん、なに?」

俺が聞くと、母さんが答える。

「いやあ、友達でしょ? 転校ってだけでも心配だったのに、しかも魔法学校に行くなんて大丈夫かなあと思ってたけど、友達も出来てるみたいでよかったなあって」

「あはは、うん。学校の友達からも連絡きたよ。今やりとりしてたのはアユだけど」


 すると、父さんが口を挟む。

「アユちゃんか。今年もアユちゃんとアミちゃんと三人で初詣行くの?」

「うん。まあアミは年越し待ってる間にソファで寝ちゃったらしくて、アユと勝手に約束しちゃったけど、たぶんアミも来ると思うよ」

「学校離れてもアユちゃんとアミちゃんは仲良くしてくれていいね〜」

母さんが言うと、父さんがくすっと笑った。

「でも、もし彼氏とかができたら、一緒に行ってくれなくなるんじゃない?」

「ふふ、まあそれはたしかに」

俺は苦笑して頷いた。俺に彼女ができる予定は今のところないので、そうなったらかなり寂しい。


「さ、俺もう寝よっと! 明日寝坊したらマズイし! おやすみ!」

俺は立ち上がって、二人に声をかけた。

「おやすみ〜」

父さんが応えてくれる。

「零治、初夢なに見たか覚えといてねー!」

「できたらー!」

俺は母さんに返事をして、自分の部屋へと向かった。


   *


 翌朝。無事寝坊せずに起きられた俺は、父さんが奮発して買ってきてくれた、ちょっと豪勢なおせちを食べてから、家を出る支度(したく)を整えた。

「リンちゃ〜ん♡ 行ってくるね〜! かわいいかわいい〜♡」

 いつも通り、愛犬のリンちゃんの頭を撫でてから、出発。集合場所は、バスに乗って約五分のところだ。


 目当てのバス停で降りて腕時計を確認すると、集合時間の五分前だった。アユとアミも、いつも時間ぴったりか、ちょっと遅れてくるくらいなので、ちょうどいい時間だろう。

 そう思ったその時、ポケットの中のスマホが震えた。急いで通知を確認する。


入江愛友香『早く来い』


 え、やば、珍しく先に着いてる。とはいえ、なんか怒りすぎじゃね? スタンプもなにもなしの命令形って。俺なんかしたか?

 ちょっとビクビクしつつも、小走りで集合場所まで向かった。


 あ、いた。長い黒髪を下ろして、グレーのコートを羽織っているのがアユ、ショートボブで、赤いチェックのコートを着ているのがアミだろう。そばには、ツインテールで、ピンクのコートを着た同い年くらいの女の子と、不良風の派手な男子三人組が立っている。知り合いにでも会ったのだろうか。


 そう思いつつ近づいていくと、不良風の三人の大きな声が聞こえてきた。

「おーい、聞こえてんの〜?」

「一緒に遊びに行こうってば〜!」

「おいさっきから無視してんじゃねーよブス!」


 は⁉︎ 俺は飛び上がるほどびっくりして、慌てて不良たちとアユたちの間に割って入った。

「おいっ! 何やってんだよっ!」

不良たちは、俺を見ると、にちゃあっと意地悪そうに口角を上げる。

「誰こいつ〜」

「急に出てきて何?」

「マジうけるんだけど」


 俺はここぞとばかりに身長一七八センチを存分に活かし、三人を見下ろして威圧した。

「あ? 何やってんだって聞いてんだよ」

 すると、三人は負けじと俺を睨(ね)めあげてくる。

「は?」

「お前に用ねえんだよ」

「マジでムカついた。お前殴っていい?」


「こんなとこで俺のこと殴れば、お前ら捕まるぞ」

俺は言った。

「はは、殴ったらおまわりが来る前に逃げるし」

「『許して下さい』って土下座して、その女の子たち俺らに譲ってくれたらお前のことは見逃してあげるけどなあ?」

三人がゲラゲラと笑う。マジで胸糞が悪い。どうやったらこんな気持ちの悪い行動ができるのか、本気で理解に苦しむ。


「そんなことするわけねえだろ」

俺は三人を睨みつけた。

「ははっ、カッコつけちゃって、正義の味方気取りかよ! だったら分かったよ殴ってやるよ! 歯ぁ食いしばれ!」

 一人が俺の胸ぐらを掴んできた。最初にすぐ引けばよかったのに、虚勢を張って俺に言い返してしまったものだから、コイツらも引くに引けなくなってしまったのだろう。バカだ。


「おいなに撮ってんだよ!」

一人が、ツインテールの女の子のスマホを手で払い落とした。俺がボコられそうなところを証拠に収めてくれようとしたらしい。申し訳ない!

「三人は逃げろ!」

俺は後ろのアユたちに声をかけた。とりあえず俺はもうボコられます。最悪の新年スタート。せめてアユたち三人だけは逃がそう。こんな時、いい感じの魔法が使えたらな……。


 その時。

「おい何してる!」

声がした方を見ると、制服を着た警察官の男の人が走ってくるところだった。

「うわっ、おまわり来(く)んの早(はや)っ!」

 誰かが通報してくれたのかもしれない。警察官が、俺の隣に立つ。これで助かった〜、と、思ったのも束(つか)の間(ま)。


「おまわりっつってもジジイ一人じゃん」

「おまわりって拳銃持ってんの? 俺触りたい!」

不良たちはヘラヘラと笑いながら言う。その変なプライドを捨ててもう謝っちまえよ! バカだろ!


「俺たちに一人で勝てると思ってんのかよっ!」

俺を殴ろうとしていたヤツが、今度は警察官に殴りかかった。

「うっ!」

悲痛な声が上がる。……が、声の主は、殴りかかった不良の方(ほう)だった。

 俺は、見てしまった。不良の拳(こぶし)が警察官に当たる前に、まるで透明なガラスにぶつかったように止まったところを。


「……え?」

 不良が不思議そうな顔でもう一度拳を突き出すが、やはり、どん、と警察官に当たる直前で止まってしまう。後ろに立っているアユたちからは、俺や警察官の背中に隠れて、この奇妙な現象が見えていないようだ。しかし、俺は確信した。この警察官の人、魔法使いだ。


「さて、署までご同行願えますかね?」

警察官の男性が余裕たっぷりの微笑みでそう言った。不良たち三人が慌てて駆け出して行く。

「あっ、おい、待て!」

警察官が三人を追って走り出す。その時見えた、警察官の黒地のスニーカーの、靴紐とソール部分の眩しい黄色が、やけに目に焼き付いた。


「あの……」

 危険が去って、アユが口を開きかけると、ツインテールの女の子が、待って、と慌ててアユの手首を掴んだ。その子が、アユに小さな声で耳打ちするのが、少しだけ聞こえてしまった。

「こういうのって、助けてくれた人もグルってこともあるって……」

警戒してしまうのももっともだ。俺もそういう話をなにかで聞いたことがあった。すると、アユが説明してくれる。


「ああ、大丈夫。私たちの友達だから。覚えてないかな? ほら、私たちとおんなじ中学だった、藤巻(ふじまき)零治(れいじ)」

アユがそう言って手で俺を示した。同じ中学……?


「あ、もしかして月出(ひたち)さん?」

俺が言うと、月出(ひたち)さんは微妙な表情で頷いた。

「あ、えっと……ありがとうございました」

 たぶん覚えられてないな。まあ無理もない。中一のとき同じクラスだったけど、ほとんど接点はなかったし、俺もアユに言われるまで気が付かなかった。


「ありがと零治」

「ありがと」

アユとアミが言う。アユの手は、わずかに震えているようだった。アミの目は、うるうると潤んでいるようだった。

「いや……ごめん。俺もっと早く来ればよかったな。ごめん。ケガとかはない?」

うん、と三人が頷く。

「はあ……ごめんな」

俺はもう一度謝った。アユが言う。

「ううん、ありがと。あのね、たまたまミユちゃんとばったり会って話してたら、あの人たちにナンパされて。怖かったから無視しようとしたら、逆上してきて」

「そっかそっか……。一旦、気分落ち着くまでどっかで休むか? ほら、そこのNバーガーでなんか飲む?」


 俺が近くのファストフード店を指してそう言った時、背後で聞いたことのある声がした。

「お待たせ!」

「あ! 遅いよ!」

月出(ひたち)さんが言う。月出さんがやっとほっとしたような表情をするのを見て、俺は視線の先を振り返ってみた。

「え⁉︎」

そこには、超見慣れた顔が立っていた。


「哲太(てった)くんじゃん!」

「あけおめ! 零治くん!」

哲太くんがニカっといつもの元気な笑顔を俺に向ける。

「あけおめ……って、え? 月出さんと哲太くん知り合い?」

「うん! 美結(みゆ)ちゃんは俺の幼馴染!」


 ああーっ! そうだ、哲太くんが片想い中の幼馴染の女の子の名前が、たしか美結(みゆ)ちゃん! そういえば、月出さんの下の名前も『美結』だった! 名字の方を聞いていれば気づいたかもしれないが、『ミユ』という名前自体はそこまで珍しいわけじゃないから、全く想像もしていなかった! そうかそうか、月出さんが、哲太くんの……。


「あー、えっと、月出さんとは俺、中学の同級生で! えっと、いろいろあって、ちょっとお茶しないかって言ってたところだったんだけど、哲太くんたちもどう?」

俺が言うと、哲太くんが軽く背中を曲げて月出さんの顔を覗き込む。

「美結ちゃんどうする?」

「うん。私もせっかくアユちゃんとアミちゃんと久しぶりに会えたし、行きたいな」

「そっか。じゃあ行きます!」

哲太くんが、にこっと満面の笑みを浮かべた。それじゃあ行こう、とみんなで歩き出したその時、偶然哲太くんの黒いスニーカーが目に入った。靴紐とソールの色は、眩しいほどに明るい黄色だった。


 ……哲太くん、デキる男だ‼︎

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