第26話 “普通”ができない俺たちは今日も(前編)
「おはようございまーす!」
いつものように、遊佐先生が颯爽と教室に入ってきた。
「きりーつ、おはようございまーす、ちゃくせーき」
学級委員長である優の号令で挨拶をして、朝のホームルームが始まる。
「はい、それでは今日の連絡事項です。まず、保健委員さんはお仕事があるので、今日の昼休憩に保健室に集まって下さいとのことです。忘れないように」
遊佐先生が、教卓に置いた手帳を見ながら言う。
「それから次! これは全員に関係あることだからちゃんと聞いといてね?」
そう前置きして、先生は続ける。
「今日は、避難訓練があります。今回の訓練は、危険な魔法動物が校内に侵入した場合を想定して行います」
「え?」
俺は思わず首を傾げた。なにその訓練。
「訓練の放送が入ったら、みんなは、まずは落ち着いて教室で待機。それで安全が確保できるようであればそのままでいいですが、教室にいると危険な場合は、別の場所への避難が必要になります。今回はそういった状況を想定して、第一体育館に避難してもらいます。落ち着いて、慌てず騒がずに行動すること。みんななら分かってると思いますが、訓練だからってふざけたりは絶対しないこと。オッケー?」
先生が言うと、みんなが「はーい」と返事をする。俺は、最近席替えで近くの席になったミヤビに、こっそり尋ねた。
「え、俺そんな訓練初めてなんだけど。よくあるもんなの?」
するとミヤビは、当然といった様子でうんと頷く。
「魔法学校なら、フツーに小学校の頃からずっとあるで? 火災とか地震とか不審者とかの訓練と同じやな」
「へー」
恐るべし魔法学校。まだまだ知らないことがバンバン出てくるな……。なんて思っていると、遊佐先生がふいにこちらを向く。
「藤巻、なにか?」
「えっ、あ、いや、なんでもないです!」
俺は慌てて取り繕った。
「そ? 藤巻はこういう訓練初めてだよね。しっかり避難の流れ確認しといてね」
「はい!」
「じゃあ、一時間目は家庭科だからみんな移動だね。みなさん今日も一日頑張ってください」
遊佐先生が微笑んでそう言って、今朝のショートホームルームは終了した。
*
一時間目。隣の棟の一階にある被服教室に移動して、優、駿太郎、ミヤビとテーブルを囲んで着席した。
「はい、じゃあ今日も前回に引き続き、作業を進めていきましょう〜。針は失くさないようにちゃんと管理してね。順番に各テーブル回っていくから、分からないところあったら聞いてくださ〜い」
最近の家庭科の授業では、裁縫で手提げカバンを作っている。教えてくれるのは夏目先生。この春に大学を卒業してアナ高に赴任してきたばかりの若い男性の先生なのだが、とっても丁寧でわかりやすいので、生徒たちにも好かれている。
「あーさむさむ……」
優が呟いて、手を擦り合わせた。うちの学校はエアコンを完備しているとはいえ、さっきまで人気のなかった被服教室は寒々としている。
体育祭や文化祭といったイベントも終わり、あっという間に十二月。とっくに制服は冬服のブレザーに衣替えしているが、それでも寒くなってきたので、膝掛けを持参したり、中にカーディガンを着込んでいる人も多い。寒がりの優はもちろん両方装備の完全防寒スタイルなのだが、それでも寒いらしい。
「零治ってさ、絵はダメなのに、手先は意外と器用だよね〜。こういう裁縫とかさ」
「いや前半余計じゃない⁉︎」
俺は駿太郎にツッコミを入れた。駿太郎は、派手な柄の膝掛けを腰に巻きつけ、大きな身体を小さく屈めてまち針を刺していっている。そこに、ミシンをかけていたミヤビも口を挟む。
「ふふ、まあたしかに。魔法も始めたばっかりやのに結構飲み込みはやいし、器用は器用なんやろな。絵がヘタなだけで」
「だから一言多いって〜!」
すると、優が駿太郎の手元を覗き込んで言う。
「駿太郎、それ逆。その布、内側に折り込んで縫わないと」
「ほんとだ、あっぶな! このまま縫っちゃうとこだった。サンキュー優〜!」
駿太郎がまち針を抜いていく。
そんな感じでいつも通りゆるゆると作業をしていたその時。
ジリリリリリリリ!
非常ベルの音がけたたましく鳴り響いた。
「あ、訓練始まったかな」
俺が呟くと、すぐに校長先生の声で校内放送が入る。
「緊急連絡、緊急連絡! 本日の訓練用に用意していた魔法動物が逃走しました! 生徒の皆さんは教室の中で待機し、絶対に外へは出ないで下さい! これは訓練ではありません! 繰り返します、これは訓練ではありません! 僕が逃がしちゃいました、すいませ〜ん!」
「え⁉︎」
俺は思わず叫んだ。訓練じゃない⁉︎
教室じゅうがざわめきに包まれる。
「なにしてんですか校長せんせえ〜……」
夏目先生はそう言って恨めしそうに校内放送用のスピーカーを見上げたが、すぐに気持ちを切り替えたように俺たちのほうを振り向いた。
「はいはい落ち着いて〜! 訓練じゃなくても取るべき行動は同じ! みんなはここで待機しましょう!」
「え、待って待って、『訓練用に用意していた』ってどういうこと⁉︎ 実際に魔法動物使う予定だったの⁉︎」
俺は意味が分からず三人に尋ねた。
「うん。先生たちは実際に捕まえる練習もしないとだからな」
優が答える。
「いやいや、だからって、火災訓練の時は学校に放火したりしないでしょ!」
「不審者訓練の時は実際に不審者役の先生のこと、さすまたでつかまえたりするやろ」
「ええ〜そんなあ〜」
そんなのアリかよお〜。
「で、逃げた魔法動物って一体どんな……」
俺が言いかけたその時。
パリンパリン!
大きな音がした。続いて、台風のような猛烈な強風が吹きつけてくる。
「うわっ! わああー!」
振り返ると、グラウンドに面した窓が割れていて、そこから目をギラギラと光らせた大きな鳥が何羽も入ってきた。キーキーと甲高い鳴き声が耳をつんざく。こいつら、授業で習ったことがある! たしか、黒木先輩と一色先輩が夏の合宿で捕まえたという、ウインド系の魔法動物、デニヤランだ!
「みんな下がって!」
夏目先生が叫ぶ。今まで聞いたことのないような緊張感のある声に、俺たちは慌ててデニヤランたちから距離を取るように後ろへ下がった。
やつらがバサッ、バサッ、と大きく翼を羽ばたかせると、また突風が起こった。テーブルの上のプリントや生地がバラバラと宙を舞う。どうやらこいつらは、体で窓を突き破ったのではなく、この猛烈な突風で窓を割って侵入してきたらしい。
夏目先生が両手を重ねてデニヤランの方に向ける。ヒュッ、ヒュッ、と音がして、二羽のデニヤランが床に落ちた。夏目先生はウインド使い。おそらく両手の間から勢いよく空気を発射して、デニヤランを撃ち落としたのだろう。めちゃくちゃ強力な空気砲みたいな感じだ。
俺も先生を援護しようと、群れの中の一羽を目掛けてキャンセルを発動した。魔法が使えなくなったそいつは、夏目先生のウインドに抗えず、飛ばされて外へと出て行ってくれた。
優が手を伸ばす。飛んでいた一羽が突然床に落ちた。グラビティで重力を操作されているのだろう。
駿太郎も、タイムを使って一瞬にしてデニヤランに近づき、一羽を捕まえた。
他のクラスメイトたちも、それぞれの魔法でデニヤランの襲撃に対抗する。教室じゅうに、炎や水、強風、稲光などが飛び交う。
「俺も、新技試してみよかな」
ミヤビが真剣な顔でそう言った。集中力を高めるように、ふう、と大きく息を吐くと、両手をデニヤランの群れに向けた。そっと目を閉じる。
次の瞬間。一羽のデニヤランがぴぴっと鳴いて、静かに床に降り立った。続いてもう一羽。さらにもう一羽。デニヤランの群れは次々と大人しくなっていき、あっという間に全てのデニヤランが床に降り立った。中には目を閉じて、すやすやと寝ているらしきヤツまでいる。
「え、すごいすごい! 何やったの?」
俺が尋ねると、ミヤビはにやっと笑って言う。
「テレパシーで、アイツらがリラックスするような音聞かせてみた。仲間の鳴き声とか、ゆったりした音楽とか」
「おおー! 最近練習してたもんな! 自分の声以外をテレパシーで送るの」
「ふふ、そうそう」
ミヤビがほっとしたように微笑んだ。練習での成功率はだいたい五十パーくらいだったと思うが、ここぞという場面で成功させてきたのは、流石と言うべきだろう。
「みんな大丈夫? ケガした人いない?」
夏目先生がみんなに呼びかける。幸い、先生やみんなの魔法、そしてミヤビの大活躍で、怪我人は出ずに済んだみたいだ。先生が粉々に割れた窓ガラスの破片に手をかざし、さっと窓枠の方に手を動かすと、あっという間に窓が元通りに戻った。見事な修復魔法だ。
「はあ〜、びっくりした〜」
俺は安堵のため息をついた。しかし、ほっとしたのも束の間。
グオオオオオー‼︎
地響きのような恐ろしい唸り声が響き渡り、俺は慌てて窓の外を見た。
「なんだよあれ……」
グラウンドには、巨大な、赤いドラゴンがいた。漫画とかアニメとかではよく見る、爬虫類みたいなゴツゴツした肌をして、背中から大きな翼を生やした竜だ。たぶん、五メーターくらいはある。
「はあ⁉︎ ドラゴン⁉︎ なにあれ⁉︎ なに⁉︎」
「落ち着け零治」
「とはいえ俺もあんなん初めて見たわ」
「俺も!」
俺たちが窓から顔を覗かせて外の様子を伺っていると、再び校長の声で放送が入る。
「連絡します! グラウンドに、ドラゴンが現れました! 僕が魔法で絵本から出しちゃったやつです! 危険ですので、生徒の皆さんは引き続き教室に避難しておいてください! 担当の先生方は、至急グラウンドに集合をお願いします!」




