28話 決勝戦、開始する
「……さて、いよいよ試合開始だな。じゃあ、いってくるぜ」
そう言って、関係者席の三人に声をかける。
「ハイン、気をつけてね。僕には上手く言えないけれど……それでも、ハキンスさんが凄い人っていうのは分かるから」
「師匠……どうか、後武運を」
「え、えへへ……ハインさま……どうか、ご無事で……」
口々に言う三人の言葉に頷き、剣を手に取り立ち上がる。
「……あれ?ハイン、そっちの剣で良いの?ハキンスさんとの本気の試合なら、タースさんに打って貰った剣の方が良いんじゃ……」
怪訝そうにそう言ったイスタハに言葉を返す。
「いや、こっちで良い。むしろ、こっちでなきゃ駄目だ。でなきゃ、ゼカーノじゃねぇけれども、俺も……試合ってことを忘れちまいそうだからな」
そう言って先程までの試合で使っていた剣を手に持って言う。
……確かに、本気でハキンスに挑むならタースの剣を手に向かうのが正しい。
だが、今回はあくまで模擬試合なのだ。殺るか殺られるかの真剣勝負ならともかく、混合試合でこの剣を持って挑んでしまえば、自分に歯止めが利く自信がない。
(……命を懸けての戦いは、あの一回限りで勘弁してもらいたいからな)
また、かつてハキンスに傷つけられた顔の部分が疼く様な感触に襲われた。その気持ちを振り払うように、ぶるぶると顔を振り、努めて明るく三人に声をかける。
「ま、何にせよこれで、泣いても笑っても最後の試合だ。それじゃ、行ってくるぜ」
そう言って三人に背を向け、決勝のステージへと向かった。
「……それでは、決勝を始めます!闘士クラス特級、ハキンス=ビーグ!勇者クラス上級、ハイン=ディアン!」
どことなく審判のテンションも高いように思える。いよいよ、ハキンスとの試合が始まる。ふと、ステージに上がるハキンスを見てとある変化に気付いた。
「……おい、見てみろよ、ハキンスの奴……あれ、準決勝までと違う装備だよな」
「あぁ。……あれ、さっきまでの練習用グローブじゃないよな」
「マジかよ。何で準決勝まで練習グローブだったのに、急にどうしたんだ?」
会場の観客も口々にざわついている。無理もない。かく言う自分も内心驚いていた。
練習用のグローブとは違い、薄く手に密着する皮のグローブに鋭い爪が付いている。これがハキンスの本来の武器ということか。
「……お前は、その武器で良いのか?察するに、お前も普段は違う武器を使っているのだろう」
ハキンスが自分の剣を見て言う。酒場で会った時の事を覚えていたのか。または、たかだか数試合を見ただけでそれに気付いたというのか。
「……良く見てますね、先輩。でも……俺はこのままで大丈夫です」
一瞬悩んだが、やはりこのままで試合に臨む事にする。理由としてはイスタハに言ったように試合という事を忘れてしまう恐れもあったがそれに加え、おそらく武器の点ではこちらが圧倒的に有利になってしまうからだ。
ハキンスの武器もそれなりのものだとは思うが、タースの打ってくれた剣は別格である。
純粋な腕を競うのなら、武器の性能には頼りたくない。何より、可能な限り対等な条件でハキンスと戦ってみたかったのだ。
「そうか……。それならそれで構わん。なら、始めるとしようか」
そう言ってハキンスが構える。それを見て自分も剣をしっかりと構え直す。
「それでは……はじめっ!」
審判の声が会場に響いた。
(……参ったな。思った以上に隙が無ぇ。うかつに仕掛けたら、返り討ちで瞬時にやられちまいそうだ)
開始と同時に構えているが、どうにもハキンスに隙が見当たらない。正直、突破口を切り開こうにもきっかけが掴めないのである。
(……隊士の、しかもこの時点でこれだけの実力かよ。こりゃ、その後に聞いた結果も納得ってもんだな)
「どうした。……来ないなら、こちらから行くぞ」
言うと同時、ハキンスがこちらに仕掛けてきた。
「……っ!」
……早い。そして、一撃が重い。今までの相手とは段違いである。
正直、過去の二十五年で数々の強敵や魔物と戦ったが、間違いなくハキンスはその中でも上位に入るだろう。
(……マジかよ。この頃からこれだけ強かったのかよ!少しでも気を抜いたら、一撃で終わっちまうぞ、これ)
迫り来るハキンスの攻撃を剣で弾きながら、再びハキンスと距離を取る。剣と拳によるリーチの優位さはかけらも感じられない。それだけハキンスの攻撃が早く重いのだ。
(こいつは……マズいな。全盛期の自分ならいざ知らず、今の自分じゃまともにくらえば下手すりゃ一発で終わりだぞ)
ハキンスの連撃をどうにか受けきり、一定の距離を保つ。
「……流石ですね、先輩。正直、もう少し余裕を持って戦えるかと思っていましたよ」
自分がそう言うと、ハキンスが表情を一切崩さずにこちらを見据えて言う。
「……その言葉、そっくりそのままお前に返そう。期待以上のようだ。仕留めるつもりで仕掛けていたのだがな。成る程、ゼカーノでは相手にならないのもこれなら合点がいくというものだ」
言うと同時に、再びハキンスがこちらに拳を構える。
……違う。先程までの牽制程度の攻撃ではなく、間違いなく必殺の一撃が来る。
「……お前なら、加減せずに放っても大丈夫だろう。信じているぞ、ハイン」
ハキンスのその言葉には返事を返さず、目の前のハキンスの一挙手一投足を一瞬も見逃すまいと剣を構える。
「疾く翔けよ。『隼』」
ハキンスが一言呟くと同時に、拳を放つ。
次の瞬間、自分の体は衝撃と共に宙へと浮き上がった。




