32.変態では無いと呟いた
宜しくお願いいたします。
身体がドロドロと輪郭を無くしている感覚でふとロアは目を覚ました。
視界に入ったのは薄らとどこからか光の射す暗闇だった。
身体を動かす前に状況を判断しようと視線を動かし、周囲に満ちる特徴ある魔力から直ぐに察した。
(攫われましたか)
しかし自身に施してある守護魔法で深層には届かず、どこかで首謀者の元へ引き込む脈から放り出されたという所だろう。
実際身体の一部が未だ脈に溶けて再構築が終わっていない。
意識が戻った事で急速に形を戻していく感覚はあまりなれるものでは無い。何より本人の意志を無視して行われた為に色々と荒く、横になっていても時折揺れる視界はその具合の悪さを表している。
(ただ、おかげで魔力は満ちましたね)
肉体という壁を通さずに直接脈の中で魔力を自身に変換して取り込み、形を戻したのだろう。何度も繰り返した事と似た作業だ。無意識に行っていたらしい。
溶けだした自身を意志を持って引きずり戻して銀緑の燐光を放って先の無い身体の部分を構築していく。
肉体が安定すれば普通の人の様に血の通う身体だが、現在は幽体や精霊に近い存在と肉を持った身体との境に居てあまりに不安定だった。
引きずり戻す自身に混ざる澱んだ魔力に眉間が寄る。
「コレはまた、面倒な」
そう零して構築された身体に混ざる余計なものを繋がる脈の中引きずろうとする者に、自身と偽装しつつ渡し代わりに自分を取り戻していく。
ようやく燐光が止み、身体が全て戻ったロアは上体を起こすと背を丸めるように俯き瞼を閉じて額に揃えた指先を当てて自身を精査する。
(……削れてはいないみたいですね。損失も軽微。ちゃんと守護が働いたようです)
ゆるりと瞼を上げため息を零す。
それから周囲を見て更にため息を零した。
(中層……でも深層に近い。迷宮の大きさにもよりますが、魔力の濃さとしては二十階ではきかないですね。結界を仕掛けて置いた筈なのですが)
どうやって部屋から抜きだされたのか。
殆ど意識を失いかけながらだったが確かにかけた筈なのだ。
久しぶりに随分と明瞭な頭で思考を巡らせて、ある事に気付いてため息を零す。
「鍵……」
ポツリと思わず零してしまった。
外界と遮断する結界はかなり繊細だ。特に部屋に掛けていた物は持続型。故に、基本宿に入って一番最初に設定条件を決めていく。ロアは基本的に結界の縁に当たる部分の物は同じように置くようにしている。位置をずらすと結界の設定もそれに合わせなくてはならないからだ。
鍵をしめるのも同様で、普段なら閉めたとて設定を直ぐに弄る程度は簡単で呼吸するのと同じように変更して敷くことが出来る。
しかし今回、変更したか定かでは無い。普段、意識せずにしているので、確かにかかったが設定を変更していないか、もしくはしたとしてもキッチリと合わずに綻びやほつれが出来た可能性は否定しきれなかった。
単に装えない姿を見せたく無くてとった行動が油断になるとは、と暗い天井を仰ぐ。
(だとしても抵抗が無さ過ぎる気も……まぁ、今はそれよりも)
ロアはため息を何とかのみ込み周囲を見回した。
肉体を取り戻すと同時に自身にかけた隠蔽術式で周囲から姿は隠れているが、さりとて直ぐ近くに魔力の濃い何かが居るのが分かる。つまるところ魔物だろう。
動かない状態であれば見つからないが、一定上の大きな動作で動けば見つかるだろう。
現在服は無いし、収納魔法のかかったポーチも無い。服を一から構築するのがどれだけ面倒か、と思いつつ、同時に一度は接続を切った脈に直ぐに繋いでは相手に場所を知られてしまうと、出来ないなと首を横に振る。
(さて、困りましたね)
苦笑を浮かべて、そろりと慎重に気付かれないように動いて、迷宮の壁に背を預ける。
戻ったばかりで実はそこまで身体を自由に動かせるわけでは無い。
(やろうと思えば帰れますが)
ここに来た時同様、脈を使って帰る事も最悪出来る。しかし安全かと問われれば服と同様に全力で否定できる。
大体戻るにしても、ココの位置と宿の位置を脈の流れ側から把握していない。
本来、脈を使っての移動はもっと繊細にしなければならないのだ。
今回使った事で、守護もはがれている。また使うにはかけ直さなくてはならないが、媒体はポーチの中だ。
(ええと、こういうのを……)
「ジリ貧というのでしたか?」
誰にともなく零す。最近ギルドで聞いた言い回しだが合っているのだろうか、とのんきに考えながら。
「ポンコロ際?」
幾つかの絶体絶命の際の言い方を聞いたのを並べてみる。
首をポンと落とされコロリと転がる真際だと言う意味だと聞いた。もっと短くしてポン際とも言うとも言われたか、とぼんやりと考えつつ、慎重に魔力循環をして身体を慣らしていく。
いささか乱暴に攫われた為に、身体の感覚の戻りが悪いと困ったと思いながらもあまり追い詰められた雰囲気は出していなかった。
その気配は酷く薄く、臭いも消え、居ると分かっていなければ周囲からは見つける事が出来ない程で、こうして居る間も目の前を魔物が数匹連れ立って通り過ぎて行った。
(うーん、思ったよりも魔力濃度が低い。いえ、深層と比べるのが間違いですね)
起きた時に思い描いた想定よりもずっと手間取っていてロアはつい眉間を寄せた。
周囲に敵影が無い事を確認して膝を抱き込み身体を隠す。本来は足を投げ出してより空気に含まれる魔力に身体を晒した方が治りが早いと分かっているのだが、動揺しそうになる自身を落ち着けるのに丸まった。
暫くそうしていると、迷宮自体が僅かに震えはじめる。どこに明かりがあるのかは見えないが仄暗く見通せた通路が、僅かに明度を増した。
(気づいたみたいですね)
自分を攫おうとしていた者が標的が居ない事に気付き、迷宮の基になっている脈を揺らしたのだろう。
一気に迷宮内の魔力量が増える。
(コレは……考え無しなのかどうなのか)
ある程度想定していたものよりもあまりに過剰な変化に、ロアは顔を厳しく顰めた。
無理矢理脈から放出される魔力が、周囲に変化をもたらし背中を預けている壁の中にまで浸透していく。恐らくそう時間もかからずどこか流れやすい場所では迷宮内の構造変化も起こりだすだろう。
(まぁ好都合ではありますが)
急激に使ってしまってはバレるので、増える魔力を少しずつ拝借していき、溜めていく。そろりとそろりと動き、周囲の迷宮壁の脆い場所や、たった今変化する為に固着設定から外れた場所などを探して素材として回収する。見つけた罠や、魔物から幾つか素材を回収して、錬金術を使い簡素なローブを生成する。
「裸にローブ……」
自分の姿を客観的に言葉にして苦い顔をする。
前ならあまり気にしなかったのだが、ギルドで聞いた話にあった季節柄の変態に居る格好と同じ言葉で表現できる状況に、周囲に視線を流した。
まだ手足にしびれは残るが、先ほどどうよう魔法を使えばこの辺りの魔物なら種類を選べば討伐出来る。素材を回収して、簡素でも良いから服を一式そろえよう、と脱出よりも先の喫緊の課題を掲げる。
(夜になる前に帰れるでしょうか)
心配性の二人が騒ぎそうだと苦笑を零して、慎重に自分の存在を隠しながら迷宮の薄暗い通路を歩き出した。
ありがとうございました。




