29.不安が近くで足音を立てている
宜しくお願いいたします。
その日、ロアはキリシェやユアンとともに、教会へと向かっていた。
キリシェは両親の葬儀以来久々だと笑うが、僅かにその顔に陰りがあるのはまだその事実を乗り越えられていないからだろう。肩身の魔機装具を腕と脚に移植したが、まだ完璧に馴染んでいない程度の時間しか経っていないから仕方ないのかもしれない。
僅かに落ち込む気持ちを隠すように、僅かに上を見上げていう。
「尖塔の窓清掃、ね」
「この時期が一番、掃除に適しているとか」
「まぁ、日中涼しい時期だからな。他だと日差しに熱されて、日中は熱くてまず上がれねぇ」
「そうなんですね」
向かいながら話しつつ、ロアは注意深く周囲に気を配っていた。
さりげなくしているつもりでも、より気配に敏感な二人が気づかない訳がなく
「何を警戒してんだ?」
そう問われてしまった。
キリシェがついて来た理由でもあった。
ロアはにこりと笑みで、何でも無いと答えつつも、話すべきか悩んでいた。
(こういう時のマニュアルがありません)
人形になら話せるだろうが、今は傍に居ない。候補は直ぐ傍に居るが、まだなっていないのだから言えるわけもない。
大体、この感覚が外の人に感じられない事はこれまで周囲を観察して来て分かっていた。
(どうやら薬師という存在自体ほとんど忘れ去られているみたいですし)
下手に情報を口にすれば外では精霊が好きに動くから気を付けろ、と言われていた。
うっかりミトに名乗ってしまった後に思い出して青ざめたが、それから口にしていないので大丈夫だと思いたい。
しかしもしかしたら、あの時近くに精霊から話がどこかに伝わったのかも知れない。
数日前から明らかに人の営みの中に紛れていてはいけない気配を感じて、ロアは顔を曇らせていた。
世の中には神と呼ばれる存在がいる。
世界の調和というか調律というか、均衡を整えている存在だ。生き物の祈りを聞き、生き物の心から湧く澱みを少なくしたり浄化する役割を担っている。
が中にはそんな役割を放棄して、与えられた力を自身の快楽に使うようになってしまう存在も居る。
祈ってくれる相手を無くした紙などが多い。
そういった神は人や生き物を唆して、世界の均衡を崩し、大地を汚染させる事すらする。それで自分への祈りを忘れた存在達の困る姿を笑うのだ。例えその先に破滅が待っていても構わないと。
そういう存在も薬師を求める、と聞いている。
より被害を広めるのに、とても便利な存在だから。そして薬師は神たちの役割を手助けする存在でもあるからだ。
今まで守られていた場所に居たロアは、実際に会った事は無い。しかしそれらの居る感覚を覚えさせられた。
ロアは古都の中に暫く前から時折澱みの残り香を感じている。
染み付いている様子は無いので、そこまで長居はしていないようだ。
ただでさえ魔力の運用が厳しい中、防衛すらまともに出来ていない状況で、そういう存在に捕らわれたく無いと慎重になってしまうのは仕方ないだろう。
(堕神本体では無く、せめて使徒だと助かるですけど)
残り香の濃さにもしかすると本人か、よっぽど汚染された人かもしれないと顔を曇らせる。
「―――ん、ロアさん」
「あ、はい」
つい思考に沈んでいた意識を前に向けるのと、ローブの上から額を抑えらえるの同時だった。
「外灯、ぶつかります」
目の前には外套の支柱が立っていて、あと半歩踏み出せば思い切りぶつかっていた。
通りの端、とはいえ壁からは離れた位置に置かれている外灯を見上げて、ロアは苦笑を零す。
「ありがとうございます」
そのまま見上げればキリシェが小さく頷く。ローブの背中を掴んで止めていたユアンにも礼を言って、僅かに俯いたロアは苦笑を漏らし考え事は後にしようと意識を切り替えた。
「さて、お掃除今日中に終わらせる為に頑張りましょう」
そう言って一度身体を退いてから、足の向きを変えて歩き出した。
天窓から外に出ると僅かについた足場を利用して、窓を上がっていく。
吹く風は冷たいが日差しは痛い。
半分ほどの窓とついでに雨樋の掃除を終えて、半周をまわった所で昼休憩を挟んだ。
街を見下ろして食べつつ普段は見る事の無い街の感想を話している間、ロアはキリシェの魔義装をチラ見していた。
先ほど教会に来た時、この教会に一応はいる存在がイライラと寝転がりつつ漂っていたのに、急に跳ね起きてキリシェに近づいたのだ。
しかし本人に興味は無い様で、ずっと魔義装具の部分を見ていた。
どう聞こうか迷いに迷った末に、食べ終わった後の休憩でロアは口を開いた。
「御両親はどんな方だったのですか?」
急な質問にキリシェは驚いてロアは見て、それから気まずそうに視線を逸らした。
「うーーーん、どう言えば良いんだろ。そうだな、すっげぇお人好し、かな?」
そう言ったきり他には何も言わずに街を見下ろして、それからすぐに立ち上がった。
「さ、続きやっちまおうぜ」
「あ、はい」
何も言わずに立ち上がるユアンと、それを追いかける形で身体を起こしたロアは、それ以上を問いかけなかった。
軽く唇を噛みしめて泣きそうに瞳を揺らしたキリシェに質問を重ねるのを躊躇って。
(キリシェさんに巫女の役割を頼めるか、……駄目なら覚悟を決めるしか無いでしょうか)
もう一度街を見下ろし、壁の外に広がる砂漠を見る。遠くに僅かに見える緑の縁が最近勢いを増して遠ざかっているのに、この辺りの人は気づいているのか。このままただ弱っていき、やがて消えるのも節理の一つだ。
しかし、けれど……。とロアの頭の中で可能性を巡る言葉が巡る。
誰かの亡くなるのは祖母しか知らない。だが誰にも知られずに亡くなるのは、消えるのは、あまりに哀しい。
祖母を最後まで護り見送った人形の崩れていく姿が忘れられない。
ここまでこの街を愛したのだから、消えるにしてもせめて街の中で。もしくは街の誰かに見送られて、……そう願ってしまう。
(自分がそうありたいから)
未だ独りのロアは自分の最後に、守護者を重ねているのを理解しつつ、瞳を陰らせ街から顔をそむける。
不穏な香りが強くなってきている。もしかしたら自分は住処も祖母のような護衛も見つけられずに、何かに囚われ消えるのかも、と抱いた不安を一つ頭を振って散らし、作業の続きへと戻った。
ありがとうございました。




