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28.追うモノたち

宜しくお願いいたします。

 更に寒さが厳しくなって来た頃、雪が落ち着いた。

 もっとも雪が落ち着いて来てからの方が寒さ自体は厳しくなるらしい。


 実際、窓を閉め忘れて朝起きた時に前髪が軽く凍っている程度には冷える。


 相変らず朝の祈りを欠かさないロアは、濡れた身体が端から凍るのも祈っている最中は意にも介さないが、終わった後は乾かすのに少ない魔力を使うようになった。


「もったいない」


 思わず零すのは、それだけ日々の魔力運用がかつかつだからだ。

 流れを整理し始めてからはロアの存在に気付く者が多く、夜の妨害も厳しくなってきていた。


 それに対抗する方法ある。しようと思えば、直ぐ傍に都合の良い候補もいる。


(分かっていますけど)

 

 もぞりとベッドの中に戻って、目を瞑る。もう少しして朝陽が戻ってきたら、この怠さもましになると言い聞かせて。

 子供の様に丸くなって頭まで上掛けの中に潜り、ロアはやはり踏み切れない解決策から目をそむけた。

 その理由を自らでは理解していなかった。




 古都の外、外壁の影で朝陽から逃げた黒い靄は集まっていた。


 普段はそのままどこかの魔脈に潜むか、地脈に揺蕩うかしているが、日々多くなる同胞に引き寄せられて大きくなってしまったために、直ぐには脈に流れる事が出来なくなっていた。

 故に影からはみ出た部分が光に消化されてしまう事もある。


 それらに意思や思考は殆ど無い。ただ求める欲求のままに動いているだけだ。

 

 かつて薬師を求め、手に入れられなかったままに循環に還る事になったモノたちの無念や執着。

 ただでさえ薬師は少ないのに、ここ最近発現すら稀になった。現在存在が確認されているのは両指の数で足りるほどだ。

 更にその弟子は半分ほどに一人いるかいないか。拠点を決めていない薬師が次に出るなど、何十年、それどころか何百年先か分からない。


 その稀少さに欲を募らせるのは影ばかりでは無い。


「ふむ、コレも使えるか?」


 バサリと背中の翼を鳴らせ、その場に現れたのは一人の幼い少年だった。

 もっとも魔力内包量をうかがい知れるものなら、上位竜に匹敵するその多さに腰を抜かしただろうが。


 意思の無い黒い靄は、力を求めて少年に群がり喰いつこうとして、一瞬その姿を覆い尽くしたものの数秒後には小さな掌に纏めて丸められた。。

 最後の方にズルリと地中から抜け出た部分を鑑みればかなりの量を丸めた少年は、しかし全く重さを感じた様子も無く手の中で闇をこねくり回していた。


「ここに居る、ロアの名は何と言うのかの。うっかりで流してくれている粗忽者だと助かるが。そうで無いなら、どうやって吐かせるか。いまだ決めていないと風らの噂で聞こえているが、さて本当か怪しいな。危険性は聞いているだろうに、長く置かない奴などいるのか? よっぽど暢気なのか。決まっていないなら楽に攫えるだろうが。ッチ、こやつら結界で阻まれて、姿すら碌に捉えておらぬ。使えぬな」


 ブツブツと言いながら、闇を更に小さく丸めると艶やかな唇を開き押し込むように飲み込んでしまう。

 特に変わった様子も無くゴクリと喉を鳴らし、マズイ、と一言漏らすと、折りたたんでいた翼をバサリと一度広げ、自らの身体を覆うように下ろした。


「さて、どうやって入り込むか。やけに整った場所がちょくちょくあるから、外に出てるようだしその時に捕まえるか」


 最期まで独り言を絶やさぬまま、まるで卵のように身体を包むと同時にその姿はそこから忽然と消えていた。





 一方、王都からかなり遠い、狐族の領主が納める街でミトがため息とともに空を見上げていた。


「めんどくせぇ」


 ぼんやりと呟いた言葉ののどかさと、眼下に広がる惨状はまったく一致していなかった。


 半ば強制的に連れて来られる事はこれまでも何度かあった。

 その度に住処を変えていたのだが、今回は王都に少しばかり長居し過ぎた。王都など人の集まる場所に長いするのは得策では無いとしりつつも、ついつい長居してしまったのは自分の判断で後悔は無いが、非常に面倒くさい。


「おい、魔無し」


 背後からの声に振り返れば、そこそこの距離がある場所から黄色の尻尾の狐族が呼んで来る。

 視線を向ければ怯えたように一歩下がった。


「セイルシュ様がお呼びだ」

「テメェで来いって言え」

「なっ!?」


 絶句した相手は、次の瞬間には不敬だとか身の程を弁えろだとか言っているが、軽くミトが見返して一歩踏み出せば、情けない悲鳴を上げて走っていく。

 睨んですらいねぇのに、とついぼやきつつ、崖の端に腰掛ける。


(実験、ねぇ……。ここまで被害だして、さてどうするんだか)


 念のために契約書を交わし、ギルド本部に送っておいて良かったとホッとする。

 ロアから貰っていた水薬が無ければ、危うい時もあった。こんな職についておいてなんだが、本当に珍しく死を身近に感じた瞬間だった。


 いざという時の言い訳の為に記録映像を撮る魔道具が胸元のボタンに仕込まれている。

 

 ロアからそれだと魔力の流れで魔法使いに見つかりますよ、と言われ隠蔽の付与が更に施された為か現状全く気付かれていない。

 内容を写し取った記録石は既に二桁に及ぶ。


「何かへまして潰れねぇかな」


 被害を受けるのはいつでも力を持たない民だ。

 また一人、危ないから村の防護柵から出るな、といいつけてあったというのにこっそり出ようとした商人らしき影が、逃げ惑っている。

 既に荷も馬もいない。


 舌打ちして、崖から飛びおりて、救助に行く。


 視界に入る範囲で間に合う程度での救助が依頼の内容だが、現状見つけたものは全て助けている。

 助けられなくても別に依頼の失敗にはならないが、見過ごすのはどんなに面倒でも出来なかった。

 恐らく後で言いがかりも入るだろう事は予想に難くないのもある。


 一応一族の端っこに名前があるが、さりとて一族の一員と思った事も無い。

 しかし領主筋の血筋な為か、こうしていつも面倒な事に呼び出される。


 どんなに逃げても呼び出しがかかるその情報網を別の事に使えと、何度も思い上申したが、お前は黙って従って居ろと聞いて貰えないので、基本的に逃げている。


 これで誰かの従者にでもなれば、主人が居るからと断れるが、いままで従者になっても良いと思えた相手がいなかった。

 自分の性格は自分で分かっている。従えないと思う相手に従いでもしたら、何かの拍子にうっかり斬り殺しそうだ。

 

 脳裏に浮かんだ相手に軽く舌打ちして、駆け寄った商人の襟首をひっつかんで後ろへ引きずり、代わりに身を乗り出して魔物を切り伏せる。


「ひっ、ぁ、ぁあああ」

「出て来るのが見えなかったが、どこの村だ?」

「ひぃぃぃぃ」

「おい」


 すごめばようやく村の名前を言う。

 ココからでは見えない場所だ。良くここまで逃げおおせたものだと肩を竦め、近くの村へと魔物を切り倒しながら男を肩に俵担ぎして走る。

 その間にもう食糧が無いのだと、お願いだから仕入れにそして届けるまでの護衛を、と涙ながらに懇願して来るが、依頼の二重受けは出来ない。

 仕入れだと結界を出る事になって、気付かれるという理由もある。

 

 防護柵の中に駆け込み、そこにいた一応の防衛の見張りの村人の足元に、ここで落ち着くまで匿ってやれと商人を放り捨てて、持ち場に帰る為に走り出す。


 とりあえずこの騒ぎが落ち着くまでは帰れない。

 

 見つかって逃げようとしたのだが、忌々しい事に産まれた時に刻まれた血族の証が、上位の血族の命令に徹底的には抗えない。

 同時に向こうも、ミトの意思の抵抗でなんでも好き勝手にとも出来ない。

 忌々しそうに睨みつけて、我らに従えと言う彼らを鼻で笑い、契約書を交わさせるミトは、彼らにとって目の上のたん瘤とも、使い勝手の悪い道具だとも思うが、無視できない戦力であることも事実で、こうして付き纏う。


 魔力重視の戦闘に特化している狐族の彼らは、魔力耐性特化の戦場にめっぽう弱いという弱点がある。 

 それを補うのがミトという存在だ。


 現在、広がる光景はそんな相手に格好の実験場だと、魔力耐性を抜くために開発した術式を次々試している事で出来上がった惨状だ。

 さて、味方と言っていいのか分からないが、一応ミトが所属している側の被害はどれほどになったのか。

 絶対の自信があると魔術紙(スクロール)片手に、従者とともに向かった奴は、起動したのかしなかったのかは分からないがアッサリと踏みつぶされてどっかの染みになった。

 

(相変わらず自分が死ぬと考えねぇ奴ばっかだ)


 同族が何をしようと助けるつもりは無く、ただ見下ろして、ミトが動くのはこの被害の渦中にある民たちが危機に陥った時だけだ。

 付いてこいと何度も言われてるが、契約外だと断る事が既に二桁に及ぶ。

 手に負えないなら最初から手を出さなければ良いのに。

 

 視界の端で防御壁から半身を乗り出して効果を試し、弱い魔獣に当たり成果があったと喜んで躍り出て強い個体に殴り飛ばされている姿を見てため息を零す。

 何か焦りながら従者と護衛が気絶したのか息絶えたのか分からない身体を引きずって戻っていく様子は滑稽ですらある。

 

 ミトが全力で出れば、この騒動も二日もせずに終わったのに、今ではもう少し手間取る程度には酷くなっている。

 契約を交わした以上、ミトが手を出す事はない。一度でも手を出せば、次々と言われる事は目に見えている。


 そろそろ部下にでも無理矢理突っ込ませるようになりそうだ。かつて一度そういう事があった。

 内容を少し間違えたな、と顔を顰めつつ手を出せない事にイライラとしながら、ジッと眼下の惨状を眺める。

 他領に被害が行かないように張られた広範囲の結界の光は視界の端に見えるが、この勢いで魔物が増えて行けば後数日ももたない気がした。

 外に出れない為に共食いが発生して、やけに強い個体が発現しているのもちらほら見える。


(戦いてぇ)


 うずりとする疼きも、下手に出れば押し付けられる為堪える。

 

 上は自らの力で抑えようと躍起になっているが、既に自分たちの手に余る状況なのだろう。

 被害ばかりが積み重なっているように見える。魔力耐性を抜ける術式は結局、そこそこの奴にだけという感じだった。

 上級迷宮に出る魔物にはまず通用しないだろう。


 背中から呼ばれたくない名前で呼ばれて、振り返れば血縁上の父親がふんぞり返って立っていた。

 

「お前にこの状況を解消する栄誉を与えよう」

「契約とは別料金になるぞ」

「なんだと!?」


 憤る相手を冷たく見据えるミトに、意見の変更の余地がないと見て取り、何とか父親は続けて怒鳴るのを堪えた。


「この惨状を見て何とも思わないのか?」

「他領に救援でも頼めばいい。ギルドにもな。直ぐに解決するぞ」

「そんな不名誉な事出来るかっ!!」


 つい怒鳴り、直ぐに侍従に耳打ちされて何とか咳ばらいをして、留まるが機嫌が悪いのは額に浮かぶ血管からもうかがい知れた。


「だから最初に、解決してやるって言ったのに。結局、ざまぁ無いな」

「このっ」


 殴りかかろうとして、しかし殴り合いでの力量差を知っている相手は留まる。

 過去に数度それで殴り返されて気絶している間に、ミトに逃げられて血族中の笑いものにされているのだ。これ以上同じ過ちを犯せない、と。


「では、どうしたら出る?」

「新しい契約を」

「これ以上求めると言うのか? がめついな」

「はっ」


 父親を鼻で笑ったミトは言外に「好きに人を使おうとするアンタらに言われたくねぇな」と込めて、また視線を崖の下に向ける。

 伝わったかは興味はない。

 ただ下に見られたとでも取られるかも知れないが構わない。


 このままの状態で範囲内にある村は、あと何日持つのか。

 先ほど商人を放り込んだ村も既に食べ物が尽きたようで、お腹が空いたと泣く子供の声が響いていた。防御に立つ人も、槍に縋るように立っていた。明日には座り込んで見張りをするようになるかもしれない。

 防御柵もいつまでもつのか。子供の声が柵に施された遮音を超えて響けば、あっという間に魔物たちに蹂躙されるだろう。

 流石に村ごとを守るのは厳しい。


 興味が失せたと態度で示され、何度呼びかけてももう振り返らないミトに、父親はついに折れこういった。


「分かった、契約をかわそう」


 その声にミトはゆっくりと振り向く。


「いいぜ。交渉と行こうじゃねぇか」


 ニヤリと笑うその顔に父親は苦虫を噛んだ顔をする。

 これまでは何とか抑えつけて来れたが、ここで一族の証の解除などと言われたら、また一族中から笑われる。


「契約には領主様や長にも同席してもらう」

「ああ、構わない」


 既に笑みを消したミトが踏み出すと、まるで怯えるように父親含め周囲に居た者たちがその分だけ身体を退く。

 ミトの纏う強者の気配に、基本的には魔術研究ばかりで引きこもっている奴らは本能的に怯えてしまう。特に今はミトも押し込めているとはいえ、苛立ちを感じているので尚更だ。

 怯えないのは一族の長と王や他の領主ともやり合っている領主、それと一応ある領軍の団長位だ。


「ほら、さっさと案内しろよ」


 そう何の感情も無いような態度でいうミトの余裕さに、奥歯を噛みしめて唸るように答えた。


「こっちだ」


 早足で歩く周囲に、ゆったりとした様子で追いつき後を追いながら、ミトは再び空を見上げる。


(今度こそ、追いかけられるな)


 追いかけようとした矢先に血族に捕まって追いかけられなかった相手を思い浮かべ、逃がさねぇと視線を鋭くする。

 その剣呑な気配に周囲は、なるべく息を潜めながら、それでも怯えていると態度に出さないと虚勢を張っていると分かり過ぎる態度でミトを先導した。

ありがとうございました。

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