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25.辛いと感じる事すら甘えと教わった

宜しくお願い致します。

 ユアンが提案して、ロアがあっさりと頷いた事で、一緒の宿に決まった。

 宿を取った後に、ギルドで移動の手続きを終え、昼を摂ってから共に壁外へと出る。


「今日は森に行くまでの間にあるものの採取だけにしましょうか」

「ん、じゃあ、近づくのは俺が」

「大丈夫です。私が警戒しますので。どうぞ採取を気兼ねなく」

「この辺りで採れるもののご教授、お願いしても良いですか? 依頼料はいくらにしましょうか」

「いいぜ。ロアさんから貰うなんて出来ねーよ」


 キリシェに張り合うように言うユアンに、くすりと微笑んでロアは整備された通りから抜け出て、軽い会話を交わしながら腰丈の草むらへと分け入った。

 余裕を装っているが、こうして自らが都度仕留めて採取行動をしないといけない程度には、枯渇していた。

 魔力も回復よりも使う方が多く、実は貧血の症状も出ている。


 しかしそれを表に出す事は無く、ロアはひたすら薬草を摘み、棘を抜き、蔦を巻き取り、石を拾う。

 

(属性の整った河が近くにあれば良かったのですけれど)


 採取したもので出来る物を脳裏に思い浮かべては、足りないものを探しに移動する。


「そろそろお昼ですが、どうしますか?」


 ユアンから声をかけられて、ふと顔を上げれば既に太陽が高い位置にあった。


「そうですね、休憩にしましょうか」


 にこりと笑いかけ頷く。

 そうしながらも脳裏では最悪は、自らが祭祀の真似事をしないといけないかとため息を零す。

 まだ新興の神しか留まっていないこの地は、非常に属性が不安定だ。その極端に偏った属性を何とかかつてのように整えている存在が消える前に、安定出来る場所に移してあげたい。


 しかし街中の様子を見るに、多くの地脈、空脈、気脈、といった物が酷い有様で、今移動させたら逆に負担をかけて消滅を速めてしまいかねない。


 零れ落ちそうになるため息を胸の裡に隠して、外面上は非常に穏やかな笑みを浮かべたままロアは適当な場所を選んで休んで昼食を三人で摂る。

 そんな憂鬱を抱えるロアに、二人は気づくことは出来なかった。


 その日は一日採取に明け暮れ、街へと戻った。


「明日は休みますので、お昼ごろまで寝てると思います」

「分かりました。お昼、お誘いしても良いですか」

「はい。ドアを叩いて下さい」


 そう告げてユアンと部屋の前で分かれ、部屋に入ったロアはドアを閉め、結界を張った途端、その場に座り込んだ。


 貧血と魔力の枯渇が深刻だった。

 今日の戦闘は、基本二人に任せてはいたものの、時折魔法を使っていた。

 

 本来数日はゆっくり休んで回復に努めるほどの魔力枯渇状態において、その数度ですらかなりの負担になっていた。

 残数の心許ないポーションを使うのは憚られるが、少し特殊な魔力を持っているロアは回復が通常の人よりも遅い。早める方法もあるが、ここまでになってしまうと現状は難しい。

 またその魔力のせいもあって、通常の魔法を使うのにも他人よりもロスが多い故に、状態は深刻の一途をたどっていく。内臓に損傷が出ていないのが不思議なほどだ。それでも各部に出ている機能不全を、誰かが居る時には装った笑顔で隠せるのは、叩き込まれた外面のおかげだろう。


 呼吸をする事すら苦しいと感じながら、這うようにベッドに縋り登るとのそりと寝巻に着替える。


 そのまま寝てしまいたかったが、幼いころから数百年教え込まれた習慣はどんなに辛くとも無意識に行動をなぞらせる。


 それでも前のボタンをしめている途中で意識が途絶え、脱いだものをしまう余裕などある筈も無く、更に上掛けの中に潜り込む事すら出来ずに倒れ込んだ。


 寝ていてすらその全身が魔力枯渇と貧血故の低体温で青ざめ、傍目にも分かる程にハッキリと震えていた。

 

 まるで死ぬ寸前のような浅くそれでいてとろい呼吸。

 

 今にも消えそうなロアを手に入れようとする、この地のまだ新しい存在が制御していない眷属はしかし結界に阻まれて入れない。それでも機会を増やす為に、黒い靄は張られた結界に取りつき中の魔素濃度を低め、彼の回復を阻む。


 その現状をロアは知りつつも、対抗策を取らない。というよりも取ると言う思考が無い。

 それは自らの存在の在り方を教え込まれた所為だった。


 夢も見ない眠りの中、溺れるような苦しさの直中にあって、それでもロアは自らの僅かな力をこの地の維持へと差し向ける者へ祈っていた。

 自らがそういう存在であるが為に。





 泥沼から這い出るように目を醒ましたのは、早朝の事。

 習慣はそうは消えず、ロアは常に一度この時間に目を醒ます。そして周囲にロアの事を知らない者がいない、という条件が合いさえすればやる事は決まっている。


 ベッドから降りた足は床にはつかず浮いていた。寝巻を落とし、一糸まとわぬ姿になると黙祷し、季節的にまだ薄暗い中、ロアは僅かに回復した魔力を使いこの地の脈から水を湧きあがらせ頭から被る。

 ロアの足の爪先から滴った雫は床に落ちる前に、溶けるように脈へと消えていく。


 時季的にその水は凍る一歩手前の温度だ。それでもロアは震える事も無く、禊を続けた。


 暫くして床に降りる頃には脈との繋がりは消えている。ロアは寝巻を改めて着込むと、今度は上掛けに潜り込む。

 カタカタとその身体が震えていた。


「おやすみなさい」


 誰に向けた物か、再び意識を失うようにして眠り込んだロアの唇が本人の意識なくそう動いた。続く短い名は、音にもならずに消えていった。

 ロアの不調の代償のようにほんの僅かだけ、繋いだ脈と繋がるこの土地の魔力の流れが整えられていた。



 数度繰り返されるノックの音に、ロアが意識を浮上させたのは正午直前だった。


 ぼんやりと瞼を上げて暫く、昨晩の会話を思い出したロアはその顔色の悪さすら意思で整えて、微笑みを張り付ける。


「開いていますから、どうぞ」


 結界を僅かに操作して対象が入れるように変える。朝陽が世界に差し込んで来た辺りで、黒い靄は光から逃げるように消えている事も把握している。


 努めて穏やかな声で告げれば、ユアンと何故かキリシェも一緒に入って来た。

 そして二人して寝起きのロアに顔を赤らめる。


 ロアにしてみれば、常に誰かに見られて育って来たので寝起きを見られる事に抵抗は無かった。


「すみません。寝過ごしてしまいました。支度をしますので下の食堂で待っていて貰えますか?」


 首を傾げると柔らかい茶色の髪が頬にかかり、本人の自覚無く寝起きの怠惰な艶を更に引き立てた。

 正面から向けられた二人は、必死に頷くとまるで焦るように部屋を後にした。


 二人が去り、結界を元に戻したロアは途端青ざめた顔で、震える指先に顔を埋め、深いため息を零す。


 言葉にしなくてもしんどいという心情が伝わって来るそれを、誰に見せる事も無くロアは数秒そうして固まった後に身支度を整える為に立ち上がった。

 部屋を出る前に数度深呼吸をして俯き、顔を上げる。そこには既に普段のロアがいて、その身体の中の惨状を誰に漏らす事も無い。


「常に余裕を持って、乱れなく、平静に」


 言い聞かされた言葉を自分に言い聞かせるように呟いてから、結界を解除して部屋を出る。

 ローブの奥に隠された髪の先端が、圧倒的に足りない魔力の為に装えず、僅かに黒を残していたのを知る事が出来る者はこの場には誰もいなかった。

ありがとうございました。

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