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24.花開くその時を待ちかねる

宜しくお願いいたします

 連日の作業に流石に戦闘用ポーションのスットクが心元無くなり、仕入れの為にもとギルドに顔を出したロアは、ついでに素材回収出来る依頼は無いかと端から順に掲示されている木札の文字を読んでいた。

 常設依頼の薬草採取や冬でも成る木の実や、一部の迷宮産の果物、などを確認していく。


 休みに入る前に神殿に赴いた際に、神殿長の講和がたまたま催されていて端で聞いていたのだが、肝心の対象がまったく興味無さそうにしていたのが興味深かった。

 同時に神殿長なのに神殿の加護と全く紐付いていない事から、日々の業務も恐らくは真面目にやっていない方なのだろうという印象を抱いた。

 

(あれでは移設の儀式をお願い出来ないですね。けれど少なくとも神殿に加護を与えている、という事はあそこに留まるだけの対象者が居る可能性が高いのですけれど……)


 文字を追いながらも頭の中では、直面している問題の打開策を巡らせる。


(職員の方は殆ど同じ程の信仰しか無かったですし。特別気に入られている方がいる様子もお見せでは無かったですし)


 緩く編んだ髪から零れた数束が、下の方を読もうと屈んだ動作に合わせてローブの隙間から零れ頬を擽る。それを耳へかけつつ、最後まで一通り確認した後、振り返るとキリシェが待っていた。


 昨日、街の外に行くので声を掛けたら、一緒に行ってくれると即決してくれたのだ。


「決まったか?」

「ええ。常設依頼の薬草採取の物を主に巡りたいのですが、構いませんか?」

「てーと、外の森がメインか。ああ、問題ねぇぜ」


 頷くキリシェと共に、最近の寒さの為に都度閉じられている重い扉へと向かう。

 それにキリシェが手を伸ばした時、外からそれが開けられた。


 大抵の冒険者が道を譲るのを拒むのに対し、キリシェとロアはあっさりと脇へと避けた。

 

 入って来たのは若い青年で、身長は平均よりも少し高い程度。ロアとキリシェでは見下ろす高さだ。


 頭からすっぽりとローブを羽織っているが、青年だと直ぐに分かる程度の厚さの物であり、浮き上がる体型からも推測出来た。

 覗く顎のラインや緩やかに覗く首筋も若さを見せるので、青年から成年期だと何となく分かる。


 チラリとソレを確認しつつ、ロアは外に出るにあたっての話をキリシェとすすめていた。


「具合に変化はありますか? 短くても数か月はかかると聞きましたが」

「定着には慣れが必要だからな。動きに問題は無いぜ。付け替えたとはいえ前からだし、俺は他よりも断然早いから。今までも問題無かっただろ?」

「今まで一緒に行った迷宮の中は通年温度が変わりませんが、今日は外なので。寒さにより鈍くなったりは?」

「あー、戦闘中は問題ねぇ」

「それ以外で問題が?」

「流石に氷山系の迷宮に行くとな、接続部が凍傷になりかかる。まぁ、都度それようの薬塗るんだけどな」

「ヒートポーションとかですか?」

「それに粘性持たせた軟膏みたいなやつ。ええと、コレコレ」


 何故か扉を開けた状態で足を止めてしまった青年に、仕方なく横に向かい一人分だけ開けられた場所を更に開けて通り抜けようとした。

 

「まっ」


 小さく叫ぶように聞こえた声に、ロアが足を止める。

 ゆっくりとギルドから一歩出ていた脚を引き、振り返ると自分を見上げて来る青年の瞳とかち合った。

 一瞬警戒したキリシェに、肩上に手をあげて落ち着くように無言で伝えつつ、ローブの頭を外してそっとゆるりと微笑んだ。

 普段よりも随分と甘やかなそれに、向けられた青年だけでなく、目を引くロアの姿を視線で追っていた者たちの口からも感嘆のため息が零れた。


「お久しぶりです。お仕事ですか?」

「い、いいえ。休職しまして、仮のギルド員になって、その……」


 ローブから覗く首元が赤く染まるのを見つつ、ロアは僅かに首を傾げた。

 その動きで青年は口を閉ざす。

 ロアがチラリとキリシェを振り向けば、どうぞお好きにとにかりと笑って返された。

 向き直ったロアを青年はローブ越しにも分かるほどに期待に満ちた視線で見上げていた。

 ロアは相手を落ち着かせるゆったりとした口調で話す。


「よろしければ、どこかのお店にでも行って、お話、しましょうか。 お時間、大丈夫ですか?」

「は、はい!」


 こくこくと数度も続けて頷く姿にまた微笑み、ロアはローブを被り直す。

 そしてキリシェを振り返り


「すみません、急なのですが」

「構わねぇって。俺はロアさんについていく」

「良いのですか?」

「ああ。今日はロアさんといる日って決めたからな」

「そうですか。ではお言葉に甘えますね。では、行きましょう」


 ロアの誘いに青年は頷き、二人を追いかける形で入ったばかりのギルドを出た。


 少し離れた場所にある喫茶店に入り、奥まった席に三人で座る。

 頼んだ飲み物がそれぞれの前に置かれるまで、青年は注文以外では口を開かずじっとロアを見ていた。


 店員が離れると、ロアの視線に促されて青年がフードを落とした。


「改めて、お久しぶりです。ユアン君。元気そうで安心しました」

「は、ぃ。その、お久しぶりです」


 柔らかい声に僅かに声を上ずらせつつ、ユアンは頷いた。


 そんなユアンにまた一つ笑みを向け、ロアは隣のキリシェに視線を向けた。

 そしてキリシェとユアンに互いの紹介を済ませてから、ユアンに視線を向ける。


 ロアの視線を貰ったユアンは、眉尻を下げて僅かに目を潤ませた。そこにあるのは飢求していた物を与えられ満ち足りた者の瞳。

 それは信者が信仰対象に向けるものに良く似ていた。


 ユアンは膝の上で拳をギュッと握って、温められた店内の所為ばかりでなく、身体の内側から熱を持つのを感じていた。

 緊張して震えそうになるのを、深呼吸を密かに繰り返しておさえこむ。


「あの、ロア様。ぜひ旅の供に(わたくし)を置いて下さいませんか?」

「ふむ……」


 ロアは顎に手を添えて僅かに俯く。

 その考える様に、ユアンは心臓が弾けそうなほどに高鳴るのを感じていた。殆ど動かない表情は種族特有の物だが、それでも青ざめたり、頬が染まる。ユアンにおいてそれはロアに対してだけの反応だった。


 ゆっくりと上げられる視線。

 しっかりと自分を確かめる瞳。


 その目が自分のそれと合わさって、ゆるりと緩む。


 その瞬間の充溢感を何と言えばいいのだろうか。自分がこの目の前の貴人の所有物になったと錯覚しそうになるほど、受け入れられたという全能感。

 これが欲しかった、と無意識の本能が飢求していた物を与えられた事に歓喜する。


 それなのに、こんなに受け入れてくれている、その筈なのに、返答はユアンにとっては酷くそっけないものだった。


「では、暫く一緒に行動してみましょうか。宿はもうお決まりですか?」

「……はい。いえ、まだ」


 確約を貰えなかった事に肩から力が抜ける。腰からも力が抜け、暫くは立ち上がれそうに無かった。

 直ぐに受け入れられると、再会をことのほか喜んでくれて、それであっさりと職員とギルド員という間にあった境界を消した今なら、かつてその横に立っていた男と同じ場所に立てると、そう思ったのに。


 束の間与えられたと勘違いした本能が、僅かに与えられたためにもっともっとと貪欲になる。


「頑張ります」


 いつの間にか注文していた軽食を摘まみながら、ポソリと呟く。


 きっと認めて貰う。認めて貰えるまで、ついていく。そう決心してユアンがいつの間にか落としていた視線を上げると、そんな胸の内の決意すらくみ取ってくれたように、柔らかい印象の瞳が微笑んだ。

 まるで褒められたようなそれに頬に熱が上がる。


(間違ってない)


 そう確信して、ユアンは机の下で拳を握りしめた。

 いつか手の届く位置に行く。その瞬間を思えば、こうして瞳が逢う度に脳裏にポタリと落とされる甘い何かがより馴染み、深くしみ込んでいく気がした。


 既に自分の色にすらなりつつあるそれが、根を張りユアンを掴み、ユアン自身の感情すら取り込み育まれ、時折過剰なほどに注がれる甘い雫に歓喜し震えながら花開くのは、案外近いのかもしれない。

ありがとうございました。

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