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20.状況は常に変わるもの

宜しくお願いいたします。

 軽く雪を払ってやりつつ倒れた人物をロアはつぶさに観察する。

 使い込まれた防具に、獲物は槍のようだ。うつ伏せに倒れた腰の裏にあるナイフは予備だろう。

 短い髪は汚れているが柔らかそうだ。手甲やグローブはかなり品質が良い。上級の冒険者の雰囲気をうかがわせるが、だとしたらこんな所で倒れ居るのはおかしい。

 ロアと同程度の身長はありそうだ。


「ぅぅ……」


 微かな呻き声と同時に


グギュルルルルルル


盛大な音が鳴り響いた。


「保存食ですが、食べますか?」


 ロアがポーチから干し肉と携帯の固形食料を取り出すと、腕の力だけでガバリと起きたその人はひったくるようにして手を伸ばした。

 それぞれ一口で食べてしまう姿に、ロアは追加を差し出した。水もコップに注いで差し出し、胡坐をかいたその人の前に焚火を用意しつつ、食料を順次差し出した。


「その、すまない。助かった」


 ようやく人心地ついたその人は、胡坐をかいた膝の前に拳をついて頭を下げた。焚火で周囲の雪が溶け、ぬかるむがソレを気にした様子もない。


「おや、もう良いんですか?」


 問いかけるロアは、焚火にかざしていた鍋で炒めていたモノを示す。

 ゴクリと涎を飲み込む様子に微笑んで、自分も一緒に昼にすると告げてパンも取り出した。


 そのまま流れで昼食を一緒に食べたロアは、その場を片づけて立ち上がる。自分には魔道具のシートを敷いていたので汚れていない。バサリと一つ振れば泥が落ちて殆ど綺麗な状態に戻った。一応浄化も掛けてからしまった後、最後に忘れ物が無い事を確認して


「それでは」


と立ち去ろうとして、呼び止められた。

 自己紹介をさりげなく避けていたロアに、名乗らせても貰えなかった行き倒れは酷く困惑した様子ながらも目に力を込めて


「支払える金は無いが、目的地までの護衛として付き添おう」

「お断りします」


言った言葉を瞬時の躊躇いも無く断られて目を瞠った。


「な、あ、お、俺はこれでも(オー)ランクの冒険者だぞ!」

「素晴らしい。上級冒険者なのですね。頑張ってください、では」

「あ、ああ。ありがと……って、違う! 待ってくれっ」


 人数が一気に少なくなる上級の資格に素直に感心して微笑めば、素直に照れる様子は僅かながらにも好感を抱かせた。

 あっさりと背を向けたロアを追いかけて隣を歩き出した、元行き倒れは必死にロアの顔を覗き込もうとする。


「俺は」

「これ以上、あなたに恵む食料はありません」

「い、いらねぇよっ! しかし恩は返させて貰わなけりゃ」

「志はもっともですが」


 足を止めたロアは僅かに自分よりも背の低い相手が振り返るのをみつつ、呆れたように告げた。


「こんな場所で行き倒れる状態の人に頼る事は出来ません」

「んぐっ」


 変な音を立てて言い返そうとしていた言葉を呑み込んだ相手は、しょんぼりと肩を落とした。

 恐らくかなり若い。まだ八十代くらいだろう。

 目を細めてロアは相手を探る。起きてからしている僅かな軋む音と、独特の魔力の流れ、臭い。


「で、でも、アンタみたいな身綺麗な奴が一人旅だとアブねぇよ。だから、な、な? 貴族の倅か商人かは知らないが、護衛は必要だって。この時季は少ないとは言え、盗賊とかに狙われたら大変だろ!?」


 僅かに躊躇いながらも必死に言い募るのを聞き流しつつ、その動きと声に混ざるノイズをロアは聞き取っていた。


 金をつぎ込めば幾らでも強化できるが、その分メンテナンスに常に金がかかる。

 この砂漠の国では迷宮から取れる鉱物と資源の関係で他国よりも安いとはいえ、天井知らずの金額がかかる。


 魔力線を生体と繋げた魔機手、魔機脚、などとよばれる一種の魔道義手や義足。この国では自ら腕や足を落として付ける者すらいるらしい。


「明らかに慣れていない様子に、生体とのバランスも悪い。付け替えてどれくらいですか? おそらく支払いが出来なくて食べ物も変えない状況では?」


 ロアの問いかけに返す言葉も無く頭を掻いて俯いた相手は、やがて顔を上げて苦笑を零した。


「すまない。確かにそうだ。付け替えだけで資金が底をつくとは思わなくてな。街に行けば換金できる素材も溜まったんだが、俺は身体も殆どが魔機に換えていて空腹に気づかなかったんだ」

「……生体機能のある身体の再現が出来たのですか?」

「死に掛けの子どもを思う親が無理矢理交換したんだ。おかげで常に死に掛けだ。男女の区別も無くなったしな」

「いえ、女性でしょう」


 ロアが断言すれば相手は目を見開いて動きを止めた。

 殆ど機械の身体に換えられて、育つのに合わせて換えられていた身体は金属の光沢はあれど、生身の柔らかさも温かみも無い。

 実際、知人や家族も性別は無い相手としと付き合っていた。だが一応、元の性別としての性器や機能は辛うじて残っている。使われた事は無いが。

 より戦いやすいようにと交換されて来た身体は、殆ど頑強な男と同等のものになっていて、外見からも首から上すら半分は人工皮膚を張っているとはいえ、機械なのだ。

 息子が欲しかったという親の意向で、殆ど男の外見でもある。がっしりした顎に、太い首筋などのどこを見て、目の前の相手が女と断じたのか分からなかった。


 驚愕を持ってみて来る視線から、疑問を察したロアはため息を零した。


「生体部分の魔力の流れが女性のものです。その、隠していたなら申し訳ありません。お名前も知らないのでばらす事もありません」


 そう一つ頭を下げ、回答にまた驚いて固まる相手の脇を通りすぎる。


「いや、待ってくれ。え、それで男女の違いとかあるのか?」

「当り前じゃないですか。どうやってギルドカードが性別を判断してると思ってるんですか」

「そりゃ、謎の技術だろ」


 現在の世界において、ギルドカードを作り出す魔道具の仕組みは謎となっている。研究者もいるが、分かっている事は殆ど無い。

 混乱しながらも慌てて横について行きながら、女性は戸惑った声を出した。


「どこに行くんだ?」

「古都です」

「俺の拠点もそこだ。一緒に行く。……案内も出来る。つけば換金してちゃんと食料代も色つけて払う。なぁ」


 ロアは暫く考え込んで前を向いたまま無言で居たのだが、その間に女性はどんどんと自分から条件を出していく。

 

 ロアとしてはメンテナンスを必要とする機械の身体を持つ者は、使い勝手が悪いと言う判断だった。

 自分が作り出せるものならまだしも、他の国に出ると途端にメンテナンスが大変になるような身体を持つ者では、連れていけない。

 結構な可能性を持つ存在だけに惜しいが、食事の間に観察した限りでは彼女の両手足の馴染んでいない魔機械は恐らく彼女の両親のものだろう。機械に馴染んでいる魔力が、明らかに濃い血縁者のもの二つなのだから。故に馴染んでいないながらもかなりの精度で動かせているのだろう。

 先ほど話していたのも過去形であることを考えれば、推測はつく。


 護衛は欲しいが、彼女では難しい。しかし古都へ向かう丘の手前である事に気付き、足を止めた。

 どうやら手に入れていた地図の情報は少し古かったようだ、と目を細めて先を見つめる。


「護衛」


 急に足を止めたロアに、途中からは無言で突いて来ていた女性は不安そうに視線を向けた。

 食事の時に僅かに警戒心を薄れるように暗示をかけたのが、どうやら孤独に不安になっていた相手に思いの外深くかかってしまったようだと、ロアは苦笑を浮かべた。


「お願いします。案内も」

「いいのか!?」


 途端目をキラキラさせて前のめりに聞いて来る女性に、フードを外し顔を見せて微笑みかけた。


「ロア、と申します。暫く、よろしくお願いしますね」

「あ、おお。いや、はい。コチラこそ、よろしくお願い、します。えと、キリシェ、です」

「私のは癖ですから、気にせず話しやすい口調で大丈夫ですよ」


 ニコリと笑ったロアに、キリシェは頬を赤く染めて何度も頷いた。


「それで」


 ロアはフードを被り直して、歩き出しながら口を開く。


「さっそくお聞きしたいのですが、この近くに新しい上級迷宮、出来てますよね?」

「お、情報早いな、ですね。ご主人様」

「……ロアで良いですよ。あと本当に話しやすい口調で」

「ん、ありがとな。ロア……さん? 様?」

「ロアで」

「じゃあ、ロア」

「それで?」

「ああ、二週間ほど前だな出来たのは」


 そうしてロアは初対面時の情けなさからは想像も出来ない程に情報通の彼女から色々と聞きだしながら古都への道を進んだ。

ありがとうございました。

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