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17.その地に住まうナニカ

予約投稿わすれてました。


宜しくお願いいたします。

 アレから変わらぬように見える日々が過ぎ、契約最終日、二人は朝から王都を北門から出て、森へと来ていた。


「ついて来て下さい」


 と言って以降、振り返る事無く先を行くロアは迷うことなくその場所に来た。

 それはミトと最初に出会った場所だった。


 あの時とは違い、既に吐く息も白く多くの木の葉が落ちている。雪は降らない地域だが、踏みつける足元でシャリシャリと霜柱が崩れる音がする。


 目の前を流れる川が更に冷気を立ち昇らせていた。


 視線を上に上げれば素材の枝があるが、実は既に無い。

 足を止めたロアにならい、数歩後ろで止まったミトは次の行動を待った。


「約束」

「……」

「しましたよね」


 徐に振り返ったロアは酷く儚い笑みを浮かべた。


「もう少しだけ詳しく」

「ええ」


 ポツリと零したミトに頷いたロアは、また川へと向かいそのまま音を立てずに川面へと入っていった。


「薬師、見習い以前の本当に新米も烏滸がましい存在ですが、それにならなくてはいけない者。ソレが私です」


 ローブの頭を外し漆黒の髪がのぞく。腰まで水へと浸かるとその場で膝をつく。

 辛うじて肩の先が見える程まで凍るような水に浸かりながら、ロアの表情には微笑みが浮かんだまま変わる事は無い。

 ゆっくりとまるで祈るように(こうべ)を下げ、組んだ両手を額に一度当てる。

 そしてまた立ち上がった。


 その間、ロアが立てる音は一つとして立たない事に、ミトは嫌な予感とも呼べるものを感じて顔を顰めた。


 立ち上がったロアがミトへと向き直り、体側に降りていた手をすっと横へと上げる。

 濡れた指先から一粒、雫が落ち、川の音に消されそうな音が一つ、何故かやけに響いて広がった。


 ゾワリと背筋を駆け上る感覚に、ミトは咄嗟に腰の剣に手をかけ動けなくなった。


 迷宮の深層でも味わった事の無い圧迫感。


 人として、生き物として圧倒される何かが、今ここに、何も見えない目の前に現れた事とを感覚よりも先に本能が感じ取っていた。


「静かに、繊細な方ですから。音を立てないで。呼吸も気配も静かに。いつもあなたがされいる事です」


 微かに囁くように言うロアの声が耳元で聞こえるように錯覚するほどに神経が勝手にとがっていく。


 一つ、二つ、瞬く。息を殺して、気配を漏らさないように、鼓動すら落として、目をこらす。

 そしてふとロアにまとわりつくものに気付いた。


 川面からゆっくりと立ち昇りロアの上半身に絡みつき、やがて伸ばした指先に集り、二粒目が落ちるのと同時にそこがせりあがる。

 まるで川面が布にでもなったかのように持ち上がり、気付けば水で出来た全身透き通った鹿がいた。


「遅くなりました。未熟な品ですが、お納めください」


 そう言ってロアがいつの間にか掌に持っていたのは、数日前ミトの目の前で作り出した魔法水薬の一つだった。

 数本を両手で差し出す。鹿は首を伸ばし口先で触れるた。

 すると咥えもしないのに消えた。

 鹿はロアを見つめ体表を騒めかせ、直ぐに落ち着く。ほんの僅かに何かが騒めくような音がしかたと思えば、


『わざわざ呼び出すとは珍しい。住処が決まったのかい?』


どこからか声がした。ミトはぐらりと身体が揺れるのを何とか踏みとどまった。声一つで揺らぐほどに圧迫されるのに、周囲の草木は微かとも揺れず、目の前の光景以外は普段と変わりなく静かだ。

 目の前の青年と鹿だけが異常だった。


「いいえ、生憎まだ見つからず」

『そうかい。近くだと助かるんだけどね。君たちは、もう殆どいないから』

「ええ、適当場所が見つかれば良いのですが」


 チラリと鹿の瞳の無い目がミトを見る。

 ミトは震えそうになる身体を気力だけで押し込めて、微動だにせずに見返した。

 それにほんの僅か、鹿は愉快そうに笑った気がした。


『あれが君の第一?』

「いえ、まだ候補でしょうか」

『早くお決め。それとも僕の所に来る?』

「申し訳ありません。私たちは少ないので誰かにつくわけにはゆきませんから」

『ああ、そうだね』


 ロアに向き直った鹿は心底残念そうな声で言う。

 そして小さく首を振ると、角の一番根元に近い枝をロアの手に当てる。


 するとポロリと最初からそこにつけていただけのようにそれが外れ、更に額を擦りつけると透明な結晶が乗っていた。


『君の住処が僕と繋がる場所であることを祈るよ。それは餞別』

「ありがとうございます」


 ニコリと笑うロアの頬は気づけば真っ白に血の気が引いていた。

 それはこの時季の川に使ったからか、それとも目の前の存在に圧倒されたからか。


「お越しいただきありがとうございました」

『君たちに呼ばれるなら大歓迎さ。またね()()。……ああ、もうそう呼べないんだっけ?』

「いえ、正式に継ぐまではどうぞそのまま。寛大なお言葉ありがとうございました」


 ゆっくりと静かに川面に崩れていく鹿へ、ロアはまた跪き祈るように頭を下げた。

 鹿はまるでロアに覆いかぶさるように包み込み、落ちていく。


『早く決めないと齧られて貪られ尽くされるよ』


 最後にそんな心配する声を残して、何かは消え、世界はまた正常を取り戻した。


 ロアはそのまま暫く顔を伏せたまま祈るような姿勢を保っていた。


 ドサリ、と座り込むミトの立てた音にゆっくりと瞼を上げたロアがザパリと音を立てて立ち上がる。

 水をかき分け、先ほどの静かさが嘘のように音を立てて縁に上がったロアは、頭の先から下まで当然のようにずぶ濡れで、何故か近づいて来るその姿を見上げたミトは意外に思った。


「私はああして薬を届けるの者です」

「アレは何だ?」

「見ていたのでは?」


 覚悟を秘めた瞳で言ったロアはそれで全てが伝わると思っていた。

 故に問いかけてきたミトにキョトリとロアは首を傾げた。見れば分かっただろうに、と。

 一方でミトは初めて遭遇した、ナニカが何か分からずに、分からないと首を傾げるロアに眉間を寄せる。

 そうしてまた一つ常識の違いが露呈された。



ありがとうございました。

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