16.未だ手探り
よろしくおねがいいたします。
直ぐに起き上がって片づけを始めようとするロアを止めようとするが、あまり外に出しておくことが出来ない物があると言われてしまった。
ミトは仕方なく己が手伝えるものを聞き、片づけに手を貸した。
そうして窓を開けて部屋の空気を入れ換え始めたところで、随分と部屋の中の空気が違っていた事に気付く。
覚えのある感覚にしばし記憶を探り、すぐに思いつく。
(迷宮の深層か。それも最上級の)
今まで潜った事のある迷宮の中でも二百を超える階層と、三日かけても歩き切らない広大な層を持ち、ドラゴンや死霊王、偽神といった敵が出て来るようなかなり深層の気配だ。
ロアは窓側の結界の一部を小さく開ける、といった事をしてゆっくりと部屋の中の気配を薄めて外へと流していく。
外に急に流せば、この辺りの魔力や霊力などの流れを乱してしまうから。
慎重に先ほどまで自分に纏わりついていた流れにのせて、希釈し部屋の中の密度を下げていく。
魔力がよく分からないと言っているミトは、それでも何かを感覚で察しているのかロアが部屋を閉ざすと同時に張っていた結界を解いて、遮音結界に張りかえるまで静かに待っていた。
片づけ終わったあとは、ローブと装備を脱ぐように促し、ベッドに押し込む事はしたが。
ロアがくすぐったそうに笑い声をあげるのを、ミトが見下ろす。
随分と幼い笑みは普段の笑みと違いくすぐったそうなものだった。
「なんだよ」
「ありがとうございます」
返された唐突な礼に意味が分からず顔を顰める。
ただ向けられる笑みにどうにも胸がざわついて、くしゃりと頭を撫でた。頬に手を滑らせ、まだ蒼い肌と冷たさに眉根を寄せる。
無意識か意識的にか瞼を下ろしてスリッと頬を摺り寄せる動作は猫のようだった。
「毎度こんなになんのか?」
先ほど倒れた時は一瞬死んでるのかと思う程に呼吸も浅くなっていた。今は蒼い程度だが、先ほどまでの土気色した顔を見れば随分と危ない事をしているのは理解出来た。
ギルドの依頼を受けるのは三日に一度、日帰りが出来るもの、と冒険者にしては随分とのんびりしたものだが、ロアが部屋に鍵をかけるのはそれよりはよっぽど頻度が高く、時には連日の時もあった。冒険者として活動した夜も籠る事があった。
「翌日には回復する程度です」
にこりと笑うが、時折やけに簡単な依頼を選んだり、動きが緩慢な時があったりすることに気づいていない訳がない。
ランクが上がっても低位の依頼も受けているのは、そういった事を隠す為かもと思い至れば、放置していた事に悔しさを覚えた。
「違います」
見上げるミトの表情に考えをよんだようにロアは声をかけた。
「興味があったからです」
ふ、と少しだけ苦しそうに吐息を漏らしてロアは貼り付けた笑みのまま、瞳だけは真摯にミトを見上げていた。
「以前お話したと思いますが、僕は祖母の家から出た事が無かったので。外に出て、街を歩く事も外の景色を見るのも、こうして誰かと話すのも、全てが興味深くて、だから」
「おい」
段々と早口になっていき、息継ぎが間に合わずに苦しそうに途切れていくのに言葉を切らないロアを止めようとミトが声を掛ける。
それに素直に一度言葉を止め、深く息を吸ったロアは直ぐにまた口を開く。
「決して誤魔化そうとだけ思って受けていたわけじゃないです」
だからといって誤魔化す気が全く無かったと言わない正直さに、ミトは零れかけたため息を呑み込んだ。
目の前の存在がどういったものか正体が全く掴めなくて、判断に困る。
所作や動作から身に沁みついた高貴さとでも言えば良いのか、気品を漂わせながらも一度だけ見た婀娜っぽさを演じられる程度には俗世を知っている、かと思えば全くそんな事は無いようで屋台での遣り取りに金貨を出すような世間知らずだ。
それでいてやたらと迷宮の素材やら魔物に詳しいのは何故なのか。育って来た環境が想像がつかない。
身分のある者ならば、と最初に壁の薄い場所に連れ込んでみたが、後からついて来る護衛も無く、壁の向こうに潜もうとするような者もいなく、何かから逃げて来たという訳でも無さそうだった。あの後、店主にも確認したが追いかけて来る者も、ロアについて聞いて来る者もいなかったというのだから、後ろに誰かいる若しくは誰かに後ろを狙われている訳でも無さそうだ。
そもそもあんな場所で水浴びしているような奴が、狙われているとも思えなかったが。
最初あえて足音を消しているのかと思えば、どうやらアレは迷宮内で敵性対象に気付かれにくくするために覚えたと、初級迷宮に潜っている時に零した。
迷宮に潜るのは一緒に潜った初心者迷宮が初めてと言っていたのに、迷宮で行動していたとは矛盾すると思うが、嘘は言っていないと繰り返されている。
そしてミトが聞いた事の無い薬師という職業。
(会話に出て来るわりに正体が掴めねぇのが、コイツの祖母さんだよな)
普段の会話でも気になる事は匂わせるのに、回答は与えられない。
判断をつけようにもどれもが曖昧で、決め手に欠ける。
これまでだったら他人になど興味を持たなかったのに、何故これほど気になるのかミトは自分の感情が分からずに顔を顰める。
「休んどけ」
もやりとする胸中を、蒼い顔をした相手にぶつける事も出来ず、結局ため息一つで呑み込んで手の甲で軽く額を叩いて背を向ける。
遅くなったが近場の迷宮にでも潜って気晴らしでもしようと。
顰めた顔のまま階段を下りていくミトと
その背を見送り天井を見上げたロアが、知らず同時に口を開いた。
「あと数日……」
続く言葉を呑み込んで、零すため息は同じ重さを持っていた。
ありがとうございました。




