15.何やら胸があったかかった
よろしくおねがいいたします。
シャワーまでも付き添い部屋に送り届けたミトが、自身も身体を流してからロアの部屋を訪れた。
ベッドから身を起こしたロアが、場所を譲ろうと立ち上がろうとするのを留め、自らは椅子に座る。足の一つが僅かに短いために座るとカタリと音がする。
じっと無言で見て来る視線にロアは困ったようにいつもの笑みを浮かべた。
それにミトのこめかみに青筋が浮かぶ。胸の前で組んだ腕に力が籠るのは、その手を解かないようにだ。
「で?」
急に問いかけられて、ロアが首を傾げる。
明らかに分かっているのに、詳細を話さずに進めようとする姿にカッとしかけたのを何とか飲み込んだ。
「採取ってのは毎度あんななのか?」
「普段は違うのは見ているでしょう。……特殊な素材は対価が必要になります。いきの良い血や肉が確実ですが、中には特定の素材、歌や詩、踊り、祈りなどの時もあります。私がもっと優秀ならコチラから差し出さずとも、魔力素材や血の数滴で貰えるのですけれど。今回は血肉だけですんで良かったです。っ……すみません、ご心配おかけしました。それにありがとうございました。周囲から集まって来る魔物を止めて頂いて助かりました。普段は中身だけでなく腕や足の数本持っていかれるので。本当に未熟で困りますよね。見苦しくてすみませんでした。次回からは一人で」
微笑んで非常に明るい声で言ったロアは、途中で叩きつけられた殺気にすまなそうに微笑んで、つき合わせた詫びを告げた。
「謝って欲しくて聞いてんじゃねぇ」
ロアが続けようとした言葉を察して遮り、イライラとミトは唸るように言う。
数日後になれば契約終了だ。
この時点でロアが採取の仕方をミトに見せた理由が分からないはずがない。
「製薬も見ますか?」
これまでは錬金や調薬の時はそう告げた後、鍵をかけてミトに見せないようにしていた行為。
そう聞くという事はいくらか今日見せられた光景に通ずる作業があるのだろう。
「黙って見てろって?」
「はい」
にこりと笑うその顔が未だ青白いのは、身体は回復しても未だ血が足りないためなのか。
「今日、採取したものは本来の製薬に必要な物、というよりもこの地の魔脈へ繋げる媒体なんです。魔脈の中から必要な要素を引き出して、製薬に使うには間借りではどうしても力が足りなくて。本当に技量がなくお恥ずかしいばかりです」
微笑んで言うその膝の上に握られた手が震えているのに、気づかれていないとでも思っているのか。
細めた瞳の奥に僅かにすがるような色があると思うのは、そう思って欲しいと思っているからか。
握り締めた拳がギリっと音を立てる。
これで止めるなら、これ以上供にいられないという無言の線引き。
超えるか超えないかを求められている。
ロアはしばらくの沈黙の後
「今日はお互い疲れたでしょう。もう休みませんか?」
と尋ねた。
契約終了まであと数日。
この時点で、この行為を見せられた理由は明らかだ。
今、この時点で報酬をと言えばロアはアッサリと渡し、明日には宿も変えるだろう。
数日、という猶予を提示され、その間に作業を見る気力と、これ以降それに付き合えるかを試されている。
必要としているからこその問いかけ。
即答出来ない己に苛立ちながら、ミトは音を立てて椅子から立ち上がり荒々しい足取りで部屋から出る。
閉まる戸の向こうから
「おやすみなさ」
穏やかな声が追いかけて来るのに、どうしてか胸が苦しくなった。
翌日の陽がすっかり昇った頃、ミトはシャワーを出て来たロアを捕まえてそのままロアの部屋へと押し入った。
冷たい雫を纏わせた髪を拭きながら、ロアは未だ不機嫌そうなミトに微笑みかける。
「検討するから、作業見せろ」
「分かりました。支度に少々お時間を頂きますね」
あっさりと頷くロアに、ミトはやはり普段よりも荒い動作で椅子に座る。ガコリと音がなるのに煩そうに眉間を寄せた。
暫くして身支度を整えたロアは部屋を施錠し、窓をしめた。
「製薬作業は酷く集中力が必要になります。あととても繊細な方が相手なので、始まったらお静かに願います。質問などは終わった後にお聞きしますね」
訝し気に眉を寄せるミトを、見た方が説明が楽ですからと先を進める。
ポーチから取り出した机の上に置いた魔灯一つだけでぼんやりと照らし出された部屋の中、ニコリと笑うロアは普段のローブ姿だ。
その事に少なからずホッとしたミトは頷いた。
ミトの現在の装備よりも更に性能の高いローブだ。そうそう危なくなる事は無いだろう、とそう思って。
「では、始めますね」
フードを外した髪の色は部屋を閉め切り、結界を張り巡らせた時から漆黒に戻っていた。
見慣れない姿にどうしても落ち着かないが、ミトは微動だにせずにロアの動きを見守った。
机の上に並べた素材と、いくつも並んだ器材。
その中には昨日採取した昨日採取した紅色の素材もあった。
最初は摺りつぶしたり、錬金術で乾燥させたり、何かの粉を量ったり、と特に変わりは無いように見えた。時折その内の幾ばくかを足元に落とすように撒く動作は理解出来なかった。
しかし暫くして気づく。
ロアの身体の周囲に仄かに何かが纏わりついているのを。
思わず身を乗り出しかけて、何とか留まったミトは目を細めて凝らす。
ロアの足元からゆるりと螺旋を描き身体を這いあがる仄かに光る何かは、ロアの作業に合わせて指先から素材や器機に流れ込み、作り出される液体や中空に瞬く魔法陣に宿る。
掌の上で固形が浮き上がり液体になったかと思えば、消えてすぐ隣の器にコロリと何かが転がる。かと思えば三角フラスコの中で液体を混ぜて、ポワリと煙が上がればその煙が流れ器に入って軟膏のような何かになる。
ジッと見つめるミトの視線の先、ロアの額には汗が滲み顎の先へと雫が伝う。落ちると途中で消えるから、魔法で何かしているのか。
やがてロアの手元には見慣れた回復薬から、見慣れない軟膏や丸薬、普段は使っているのを見ない液体薬までが並んだ。
その後に残った素材に仄かに光るものが纏わりつき、消えていく。
素材が全て消えた後に、そのまま大半は足元へと戻るように、もしくはどこかへ散っていくように消えていくのに幾らかが輝きを強めて更にロアにまとわりついた。
「……くっ」
小さく辛そうに呻いたロアは机に手を突き耐えていた。
先ほどは消えていた汗が机に落ちて染みを作る。最初は赤味を帯びた頬が段々と白く、更には青くなっていく。
呼吸が荒くなり
「ぃ゛ッ、――っぅ」
堪えられない声が増える。
やがて、何かは満足したようにぬるりと足元に消えていった。
魔灯のみが照らす中、沈黙が落ちる。
ミトは机に手を突いたまま小刻みに震えるロアを見つめていた。
と、ふっとロアの身体が沈み込む。
何とか机に乗らないように手で身体をずらしたものの、床へ頭から倒れ込みそうな身体をミトが素早く立って受け止めた。
見下ろす顔は蒼白を通り越して土気色をしていて、背筋を這いのぼる感覚を覚えながら口元に耳を近づける。
か細い呼吸が耳の毛を揺らすのを感じ、生きてはいるのを確認しベッドへとその身体を横たえた。
ブーツを脱がし、ローブを外しかけた所でロアの瞼が上がる。
ミトを認めると、見慣れない雰囲気の笑みをロアが浮かべた。
「床じゃ無い場所で目が覚めるのは初めてかもです」
「……祖母さんの所では」
「僕の身体に触れるのは僕の人形で、中身が無いから指示しないと動いてくれなかったんです」
「あ?」
「製薬の練習はお客様がいない時しか許されていなくて、だから」
どこかぼんやりとミトを見上げるロアが浮かべる笑みは酷く幼くみえた。しかし途中で言葉を切ったロアはそれ以上告げる事無く、ただただ無垢な笑みをミトに向けた。
「ありがとうございます」
手が止まったミトを見て数秒、やがて一度目を瞑って深い呼吸を何度かしたロアはゆっくりと上体を起こす。
手助けたしたミトに礼を言った時にはまたいつもの笑みを浮かべていた。
ミトが瞬きしたのに合わせたように、普段の色に戻ったロアはローブの外されたボタンや紐を直していく。
ありがとうございました。




