14.痛いのは慣れていても苦手
宜しくお願いいたします。
ちょっと流血表現入ります。苦手な方はご注意下さい。
屋敷に入り中央の扉を潜り、階段を上がると荒野の道の途中にある枯草を編んだアーチに出る。という道筋を二階層超えて、二十八階に出る。
常に上がっている紅月は、階層毎に若干その位置を変えていて、この階層は丁度真上に上がっている。
階層の景色も、少し道から離れた場所に大きな池が出来ていた。
ロアは迷わずソコに向かうと
「ミト、途中で止めないでくださいね」
と一言告げる。
ミトが訝し気に見下ろす視線の先で、ロアはローブを脱ぎ装備も脱ぎ始めた。
ギョッとするミトに
「採取に必要な格好に着替えるだけです」
と答え、ミトを見上げた。
「池の周りに近づいて来るものの相手はお願いします」
そう言って、ポーチから取り出した大きめのやけに簡素な服へと着替える。
防御力など皆無のその姿にミトは盛大に顔を顰めつつ、人の気配に寄って来ては襲って来る敵を屠っていく。
六匹ほど纏めて襲って来て流石にロアから視線を外し、倒してから振り返ってミトは息を呑む。
ソコには柔らかな雰囲気をした青年の姿は無く、漆黒の髪を解き僅かな風にも揺らす清廉な印象の青年がいた。
未だ大人へ向かう途中の華奢な身体が簡素な服の中で泳ぐ。漆黒の髪が傷一つ無い仄かに輝いてすら見える白い肌に引きたった。
ロアは多い髪を二つに分けて緩く三つ編みをする。今日は髪を求められる事は無い筈だからだ。だが要求はハッキリとしていないので、直ぐに解けるように緩くしておく。
「では、行ってきます。ポーチもお願いしますね」
僅かに振り返って微笑む姿に、呆然としつつ見送ったミトは水面に歩き出したロアの身体が僅かに震えている事に気付いてハッとする。
「お」
「コチラには来ないでください。終わったら、ココには戻りますから。慣れてますし、死にません」
不穏な言葉に伸ばそうとした手を声だけで止められて、踏み出せない己に奥歯を噛みしめつつ、ポーチを拾いあげた。
真っすぐ池の中心へ歩いていくロアにミトは盛大に顔を顰める。
そしてそっと池の方へと手を差し出して、当たる透明な壁に突き当たる。殴っても音すら立たないが先に進む事は出来ない。
盛大な舌打ちを一つして、また一つ敵影を斬り捨てる。
十数歩ロアが進んだ辺りから、向かって来る敵の数が増え始めた。仕方がないと池に背を向け、倒す事に集中していたミトは、漂って来た血臭に振り返る。
そこに見えた姿に目を見開き
「ロアっ!!」
行けないと先ほど確かめたのにも関わらず、行こうと透明な壁に突進した。
呼ばれた声に僅かに振り返ったロアは口元から血を零しながら、そっと微笑んで唇だけで
「来ちゃダメです」
と言う。
ロアがミトへと意識を逸らした事を嗜めるように、顔があお向けられ唇を広げられ
「ロッ――――っ、くそっ!!」
月から落ちて来た槍のような紅色の先が円錐状の棒に、口から真っすぐに身体を突き通された。
棒が池の底へと突き立ち、水面に大量の血が零れ落ちる。
紅月の光が煌く水面からは棘を生やした、紅色の透き通った弦が身体に巻き付き粗末な服を裂き捨てて、その身体の肉をこそげ落とし、棘の先から血を啜り、こそげた肉を咀嚼する魚が足元に集って跳ねている。その魚も紅く透き通っていた。
ロアの血肉を喰らうごとに段々と透き通っていた蔓や魚が、煌き艶を増す。
空に輝く紅月から、我慢が出来なかったように鎖が伸び、その身を宙に浮かせて更に貪る。
最初は跳ねていたロアの身体はもう痙攣する程度しか反応できなくなっていた。
近づく敵を屠りながら、ミトにはソレを眺めるしか出来なかった。
何度も先を阻む壁を蹴りつけ、時に敵を投げつけたが一向にその先へはすすめるようにならない。
喉が裂けそうなほど名前を呼び、声がかすれた頃、敵の襲撃がパタリと止む。
急に静かになった周囲にこれ以上何かあるのか、と一度見回す間に背後からザバリと音がする。
ハッとして振り返れば、ロアが水に沈んでいた。
満身創痍の姿でゆっくりとミトの元へと歩いて来る。池の水位は見た目ほど深くは無かったようで、ロアの腰辺りまでだ。
ミトの越えられない見えない境界を越え、戻って来たロアはミトが回復薬を掛けようとするのを止めた。
自己治癒か治癒魔法をかけたのか、僅かにだが回復はしているようだった。
「さ、きに、っ、取り出し、ちゃいます。他、かんしょ、ケホッしたら、また、っ取りに、こな、……きゃ、なので」
そういう間もゲホリと咳き込めば血が地面に飛び散る。声は普段のロアと違い、ヒューヒューと風を纏い聞き取り難い。
身にまとっていた衣服は既に意味をなさない状態で、晒される肌は見ずに流されたにも拘わらず赤く染まっている。
ロアは震える手でミトから受け取ったポーチから魔力干渉を封じる処理をされた袋とナイフを取り出し、ナイフを自らの腹につきたてる。
「なっ、何して」
狼狽えるミトの視線の先でナイフを地面に落として、そのまま指先に魔力を纏い腹の中に自ら手を差し込む。
「ぐ……、ぐぁ……」
そうして腹の中を探り、月が血肉の報酬に置いて行ったものを取り出しては、袋に入れていく。まとわりつくロアの血肉を吸い込みテカリを増していく素材をミトは睨みつけた。
ボタボタと零れる血の臭いが周囲に広がるのに、敵が現れないのは払った血肉の代価か。
「は、三つ、ですか」
途中気を逸らした為に、最も求めていた素材の数が想定していたよりも報酬が少ない、とロアは唇を噛んだ。
更に蔦に裂かれた傷にも手を入れ探り、ソコに残された珠や鱗や木片、蔦の一部や刃の一部に見える物などを取り出していく。そちらは十数個。他にも身体に開けられた穴や傷、覗いた骨の間に置かれた報酬を魔力を纏った指で取り出していく。
ミトが何度も薬を掛けようと動く気配を視線で止めながら、何とか全てを取り出した時には、ロアの視界は既に霞み、指先も震えて定まらない状態だった。
何とか袋の口を縛った途端に崩れ落ちたロアに、ミトは問答無用で迷宮産の薬を掛ける。
しかし一本では治りきらず、更に数本ぶっかけた。
くたりとした肢体を抱きかかえ、頬にかかる湿った黒髪をどけ何度か頬を軽く叩く。微かに「大丈夫です。ありがとうございます」と唇が動くのが見え、意識は失っていない事を確認した。
一本で金貨十数枚が飛ぶ上級のものを惜しげも無くかけた後様子を伺い、ロアの呼吸が安定したのを見てすぐさま口から飲ませる。
本来すぐさま消えるポーションの臭いが消えずに残る様子は、一月ほど前に帰って来たロアの姿そのものだった。
ロアのローブを出してやりたいが、他人のポーチは探れない。個人認証に追加されていなければ、中を探れないのだ。
仕方ないので自身が野営時に使うマントを取り出して、その身体を包む。
時間にして五分ほどだろうか、閉じていた瞼を上げたロアはそこに見えたミトの表情に困ったように微笑んだ。
「すみません」
そう掠れた声で言うロアに、謝らせたと自覚しているミトは盛大に顔を顰めた。
ゆっくりと身体を起こそうとするロアを引き留めようと一度抱く腕を強くする。しかしすぐさま自身に止める権利は無かったと力を抜いた。
ミトは未だにロアに雇われているだけなのだ。
奥歯が砕ける程噛みしめたミトにロアは困ったように微笑み、自らのポーチから着替えとともにポーションを取り出し、封を切るとミトの口に当てた。ピクリとミトの眉が跳ねる。
「何だ」
「飲んでください」
「必要なのはテメェだろ」
「もう治るのに必要分を超えて頂きました」
顔を逸らそうと頑なに唇に寄せて来る手を握る。睨み下ろせば、まるで堪えていない表情で「お願いします」とまで言われば、受け取らない訳にもいかなくて、眉間の皺を深くしながら握り込んだ手毎あおり飲み干した。
「かけて頂いたポーション代お支払いします」
「いらねぇ、余ってる奴だ」
「でも、迷宮品でした」
「いらねぇっつってんだろっ!!」
怒鳴られてロアは一つ驚いたように目を丸くして瞬いて、それからまた困ったように微笑んで
「ありがとうございます」
と言った。
もう大丈夫ですとミトの腕を放すように言い、座り直す。
手や肩を動かし動ける事を確認して、立ち上がろうとしてまだ膝に力が入らず座り込む。
仕方ないとそのままの状態でマントを外して腰元にかけ、魔法で水を頭からかぶり次に乾かして上から着替えを始める。すぐさまミトの手が伸びて、それを手助けした。
「ありがとうございます」
「……ああ」
苦虫を噛みしめたような顔でボタンを留めるミトは、ボタンを握り割らないように細心の注意を必要とした。何でも無い顔をしているロアの身体が小刻みに震えているのに気づいても、何もしてやれない事に奥歯を噛みしめる。
生きて来た中でこれほど腹の中が蠢く感情を抱えたのは初めてだった。
シャツを着たロアが今度こそ立ち上がり、下も着込み最後に戦闘用の服と装備を上着以外着込む。
僅かに身体が仄かに輝いたかと思えば黒髪が淡い茶色になり、顔も人受けの良さそうな甘い印象を受けるものへと変わる。目やまつ毛の色も変わった為か、何なのか。
ミトには目の前で見ていても、どこが変わったのが理由で印象がこれほど変わるのかは分からなかった。
最後に上着を羽織り、髪を解いて普段の縛り方に戻してローブを着込めば、見た目も動きも普段のロアに戻った。
しかしその身体からは未だ薬の臭いが漂う。
「では、三十層に行って、帰りましょうか」
「……ああ」
苦い物を呑み込んだ声でミトが答え、普段通りの足取りで歩き出したロアの後ろにつく。
それはこれまでの仲間としての横よりも、彼の守護者としても立ち位置に近かった。無意識でその位置に着いたミトは、先ほどまでよりもいっそう周囲に気を配りながら、宿までの道のりをロアを周囲に何ものも近づけないとして歩いた。
ありがとうございました。




