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箱庭世界のきぃと僕  作者: 越波
金猿明星国・砂漠奪還行編
113/116

第112話 紫紺の剣

■金猿明星国 ナハル・アル・ハリーブ市 郊外■


「だらぁッ!」


 イズナは滑るような足運びで老爺の懐に飛び込むと、右の剣を跳ね上げた。当然のように大剣でガードされるが、イズナはその動きに合わせて左のショートソードを振るった。


 老爺の死角になった腰を切る軌道で振るわれた剣は、しかし僅かに下ろされた頑丈な柄で食い止められる。


「何じゃ、わざわざ大層な鎧に着替えた割にそんなモンか」


 老爺は皺だらけの顔をつまらなさそうにしかめながら、無造作に動きの止まったイズナの胴に前蹴りを放つ。


「何度も、食らうかよッ!」


 喧嘩殺法と言うのか、老爺の戦い方は実践的な組み打ちが当たり前のように取り入れられている。得物が刃渡りの長い大剣だからと言うのもあるのだろうが、距離が密接すると蹴りや拳が弾丸のように飛んでくるのだ。


 騎鎧(キャバルリィ)を装着する前の立ち会いで抜刀を防がれたのも前蹴りだったな――とイズナは分析する。


 祭りの時も感じた事だが、この老爺は身体も柔軟で体幹に関しては異様と言える程に強い。体格はプロレスラーを彷彿とさせる頑健さであるのに、しなやかさが中国拳法かヨガの達人並みなのだ。ギャップがありすぎて意表を突かれる者も多いだろう。


 蹴りを躱しながら伸びた脚を切りつけるも、飛び退きながら片腕の力だけで振った刃は麻の衣服を軽く裂くだけで終わる。


 やや空いた間合いで大剣を正面に構えながら、老爺は苛立たしげに頭を掻いた。


「なあ、もう終わらせて構わんな?」


 その目に宿るのは、失望と怒り。


「多少その鎧で力は補っとるみたいじゃが、それだけ。切り札と言うにも烏滸(おこ)がましい」


「言ってくれるじゃねェか‥‥」


 口答えしてはみるものの、イズナもそれは十分自覚している事実だった。


 イズナの騎鎧(キャバルリィ)は、克也の使うベルゼや湖沼なつめの使っているというベルゼの同型機とは違い、天馬白月国で黒騎士達や異端審問騎士を撃退した時に鹵獲した汎用の動甲冑を改造したものだった。


 ハクやベルゼに頼み込んで少しずつ仕上げてはみたものの、自己進化するベルゼには遠く及ばないし、機能も強化装甲(パワードスーツ)として不足する筋力と知覚を補う程度しかない。


(だが、今はこれが――これだから、切り札なんだよ)


 歯を食いしばって老爺を睨みつける。


 騎鎧(キャバルリィ)の感覚に戸惑って集中出来てないなも、自覚があった。だが、イズナが望む展開には更なる集中が――祭りの際に老爺の剣技を吸収したあの時の集中が必要だ。


(やるしかねぇ)


 やれなければ、自分達は切り捨てられ、背後の彩弥は何処の誰だかわからない男の愛人にされて弄ばれる。


 決意も新たに、イズナは再び老爺の間合いに飛び込んで行った。






「む‥‥っ」


 老爺――ディエゴ・マルティネスはイズナの剣が変わったのをはっきり知覚した。


 それはディエゴにとってより好ましい、余計な物を――焦りや怒り、小細工などだ――削ぎ落とした剣だ。


(性質(たち)は良し。後は品質だわな)


 小柄なイズナの力では、ディエゴの急所を狙わないと効果がない。それは今までの騎鎧(キャバルリィ)を用いた数合でわかっていた。


 それを鑑みれば、あの祭りの夜の動きは良かった。


 相手を読み合い、噛み合った末の剣舞は、長く剣を握り続けてきたディエゴにしてもなかなか味わう事の少ない貴重な体験だった。


 しかし、あれはあくまで余興。武器も脆いサボテンだったし、それを壊さないように相当気を使って動く必要があった。


 今の得物もディエゴが秘蔵する愛剣の中では質の悪い物ではあるが、それでも全力の6割程度であれば持ちこたえられる名剣の部類に入る。


(何より頑丈じゃしな。適当に扱っても壊れんのは気が楽じゃわい)


 刃筋を気にせずとも腕力と重量で岩をも断てる豪快さ。それさえあれば、大抵の相手はねじ伏せられてしまう。


 イズナもまた、それを前に乗り越えられていない剣士だった。


(まずは、小手調べ)


 単純に上段に構えた剣を、真っ直ぐ振り下ろす。たったそれだけではあったが、ディエゴの剛剣は稲妻のような鋭さで打ち込まれる。常人ならば反応すら出来ないか、受け太刀にしくじって剣ごと頭を砕かれる。


 力で劣るイズナに受ける選択肢は最初からない。であれば、後は避け方である。


 もっともディエゴが得意とするのは、後ろに飛び退いた相手を突き殺す連続技だった。噂に聞いてはいても間近で見た荒々しさに怖じ気づいて距離を取る者は多い。


 だが大抵は足がすくんで、大して距離は取れないものだ。猛追して胴体に風穴を空けるのは容易い事だった。


 イズナが取ったのは、僅かに身体を捻っての前進。やりづらい。切り返しも出来なくはないが、大剣の刃にぴったり沿われては威力が出ない。切れ味の鋭い剣ならば撫で切りにする事も出来るが、生憎この剣の切れ味は頑丈さに傾いている分、高が知れた程度でしかない。


 仕方ないので慣れた動きで左の前蹴りを放つ。振るった縦切りの重みが右足一本にかかるが、ディエゴの丸太のような脚は軽々とこれを吸収した。


 蹴りは体の外側に避ける事で躱された。ならば背後に回るつもりと読んで左手を熊手のようにして薙ぎ払う。節くれだった堅い指先は顔に当たれば肉を裂く事も出来る凶器である。もし鎧に当たれば掴んで動きを止め、突き殺せば良いだけだ。


 だが、振るった腕は宙を掻いた。視界からイズナが消える。


(後ろか!)


 イズナの膂力でディエゴを倒す最も効率的な箇所、首を守りつつ右手の剣を背負うように振り上げる。案の定、ギリギリの所で大剣の腹を刃が斬りつける硬質な音が響いた。


「ぐぬっ!」


 同時に脇腹に鋭い切っ先が刺さる感覚を覚えて咄嗟に体を捻る。


「づぇりゃあッッ!!」


 大剣が颶風を巻いて袈裟懸けに抜き放たれた。柔軟性と体幹に優れたディエゴの肉体は捻転によって周囲360°の7割を一気に斬り伏せる。


 手応えはなかったが、宙を跳んで距離を取るイズナの紫紺の甲冑はしっかり視界に収められた。


「そぉこかァァあ!!」


 捻転の勢いを殺す為に縮められた筋肉のスプリングが砲弾の如き勢いで巌の体躯を弾き出す。


 宙にあるまま切り飛ばすのは、不可能ではないが相手は全身甲冑である。殺しきれずに吹き飛ばすのは避けたい。


 瞬時にそう判断したディエゴは今一歩深く間合いを踏み込んで全力の袈裟切りを放った。


 当然イズナも屈みながら横に跳んで逃れようとするが、それは逃げ道を己の得意な方向へ誘うディエゴの罠だった。


 袈裟切りからの横一文字。


 むしろ、この横一文字こそ身体の柔軟性に富み人並み外れた体幹を持つディエゴにとっての必殺の太刀と呼んでも過言ではない。


 軌道を切り返し、一太刀目の袈裟懸けを上回る速度で迫る刃にイズナは――己から身体を投げ出した。


「ヌッ!?」


 捉えたはずのイズナの身が、ぬるりとすり抜ける。


 不意に足に軽い衝撃があったかと思うと、振り抜いた大剣の影から紫紺の影が飛び出し、軽業師さながらに側転気味の跳躍でディエゴの背後に消えていく。


 灼熱の炎で焼かれたような痛みが右腕に走る。深い。


「剣翁流・冑太刀(かぶとだち)!!」


 不意に聞こえたイズナの声に、寒気が走る。


 ディエゴの想像が正しければ、イズナの非力さであっても文字通り頭蓋を兜ごと両断されかねない。


 反射的に頭部を庇って振りかざした左腕が、なす術なく半ばから切断されるのがはっきり知覚出来た。


 辛うじて後頭部を割られての即死を避けられたディエゴは、痛みに歯を食いしばりながら転げるようにして距離を取る。


「‥‥ッ、イズナ貴様ァ、その技‥‥流派を何処で‥‥」


「アンタのお陰だぜ、爺さん。この旅の間指導を受け続けて来たから、オレはコレでアンタの剣を会得出来た」


 そう言って、イズナは騎鎧(キャバルリィ)具足(グリーヴ)に視線をやる。


「拾ってからまだ間もねェから上手くいくかは賭けだった訳だが――確かに頂いたぜ、アンタの剣技をよ」


 言っている内容は半分も理解出来ていなかったが、そのイズナの構えを見てディエゴにはある確信があった。


「なる、ほどのぅ‥‥技術を盗む能力(skill)か、古代遺物(レリック)という訳か」


 詳しくは知らなかったが、特殊な能力(skill)古代遺物(レリック)には相手の力や物を奪う類のものも存在する、と聞いた覚えがあった。恐らく、それによってイズナはディエゴの剣術を体得したのだろう。


 だが、それがディエゴの怒りに火をつけた。


「‥‥それで、儂に勝てるつもりか」


 舐められたものだ。


 自分が生涯に渡って磨き続け鍛え続けてきた剣を、その程度の事で超えられると勘違いするとは。


 ――愚かにも程がある。


 全身から闘気を解放する。最早手加減する必要もない。この小僧は“剣翁“ディエゴ・マルティネスを侮ったのだ。死を以て償わせ、小汚い手管で盗み取った剣を封じなければならない。


「まともに立ち会えると思うなよ。首を狩って仕舞いじゃ」


 壮絶な鬼気を以て大上段に大剣を構えるディエゴに対し、イズナは――構えを解いて剣を鞘に納めた。


「‥‥観念したとでも言うつもりか」


「いや、オレの出番が終わったんでな」


 そう言って背を向ける。


「煙に巻けると思っとるのか? 甘い――」


 ディエゴの踏み込みは虚空に呑み込まれた。


 何かがいる。


 いつの間にか回り込んでいた巨大な獣に、踏み込んだ半身が食いちぎられている。


「ッッ!!」


 我に返った己の脚は、まだ砂を踏みしめてそこにある。


(‥‥幻覚‥‥いや、()()()!?)


 戦くディエゴに、イズナがからかうような声を投げかける。


「言ったろ、出し惜しみして勝てる相手じゃねェって。だから、コレが最後の奥の手だぜ」


 言って、ディエゴの背後を指差して見せる。


 恐る恐る振り返ると、砂漠の稜線の先に妙な物が見えた。


 最初は陽炎に見えたそれは、強すぎる陽の光を受けて真っ白に輝いていた。


 徐々に近付いて来るに連れて、それが見上げる程に大きな四つ脚の何かであり――先程ディエゴを殺気だけで臨死の恐怖を与えた元凶である事がわかった。


 白に輝いて見えたのは、眩いばかりの黄金の体毛。眼光は今までに相対したあらゆる生き物とも比べ物にならない程鋭い、そして美しい翡翠の玉。


「な、んじゃ‥‥この、この化け物は‥‥」


 それは遠雷の如き唸り声を挙げながらやって来た。


 狼でも狐でもない。何かの獣のようでありながら何にも似つかないそれは、魂が凍りつく程に冷たい双眸でじっとディエゴを見つめていた。


 意を決して挑みかかり、体毛一本散らす事すら叶わず八つ裂きにされる末路を幾度幻視したか。


 不意に静かになったと思った頃には周囲はとっぷりと暮れており、辺りには金色の影もなければイズナ達も姿を消していた。


「‥‥命拾い、したか。儂もまだまだ、精進が足らぬわい‥‥」


 こうして、剣翁ディエゴ・マルティネスとイズナ達の旅は終わりを告げたのだった。

あの野郎が帰ってきました(=ω=*)

何してたのか~とかイズナの技パクりは何やねんとかは、また次話にて。


その辺りの説明をしたら、次は再び克也&きぃの所のお片付けです。

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