雑踏インティファーダⅢ
7-3.雑踏インティファーダⅢ
「・・・一体どうなってるんだこれ」
左翼席の見回りに従事する平秀、鎌瀬は人ごみにもまれていた。
どこかで政治団体同士のいざこざが起こってるらしく、きれいに整列された右翼席とは対照的に左翼席はカオスな雑踏のただ中にあった。
「どこのどいつらだよ全く。右にも左にも行けやしねえ・・・こら!そこ、会場内は禁煙だ!ったく、キリがない。つくづくツイて無いな今日は」
平秀は鎌瀬をちらっと見る。
「文句ありげだな」
「お前と会ってから厄介続きだからな」
「なあ」
鎌瀬は喧噪を少し冷やかに見つめつつ、こう言う。
「お前はどうして『こんなところ』で戦ってるんだ」
「考えたこともないな」
平秀は答える。
無論嘘、だが。
「・・・疑問に思ったことくらいあるはずだろ。おかしくないか?世界は平等か?争いは無くなったか?誰が損して誰かが得をする――そんな世界が日々今この時も加速してる。俺様は・・・俺は。幼稚だって知ってるさ。ハンパだってのも。でも工場のベルトコンベアーみてーな日常の中でふと気づいた。疑問符が浮かんだ。だから動いたんだ」
鎌瀬の指が真っ直ぐ平秀の心臓を指す。
「不思議なんだ。いや、キャッツになれという意味じゃなく、この俺様を一度破った男がこの世界に何の疑問符を持たない正真正銘の犬っころか、それとも知っていながら日常に流される負け犬なのか・・・戦う理由が無い男なんじゃねーかと思うと思うと、夜も眠れない」
語る鎌瀬の眼に熱がこもる。
「答えてくれよ、お前が今ここにいる訳、戦う理由」
雑踏の中、ここだけ時が止まったようだった。
平秀は顔を上げしばらく鎌瀬を眺めるとため息をついて、歩み寄って頭をポカリ。
「痛てッ!何すんだよ!」
「何じゃねーよ、なーにポエムってんだバカかお前、仕事しろ仕事」
「グッ、貴様よくも俺様のマジモードを・・・ていうか拳にプロテクターつけてるの忘れてるのか、軽く殴っても痛いんだぞ」
「ああ・・・これか。いや忘れてない。こんなに付けてて忘れるわけないだろ」
平秀が軽く体を揺らすと、全身からガチャリと音。
拳だけではない。
肘、肩、かかとから膝。平秀の関節という関節には合金と緩衝ジェルから成るプロテクターが装備されている。
「・・・能力が能力だけにな。ちょっと加減間違えればお陀仏、そうでなくても怪我が絶えなくてね。最近じゃ病院も顔パス効くぐらいなんだぜ?必需品必需品」
無論、ただの防具ではない。
金属の硬度を持つ音速の一撃は、加減次第で骨をも砕く。
一撃必殺の武器。
「俺はこれをつけてる時は常に戦争だと思ってる。殺られる前に殺る。でなきゃ生き残れない。お前も今戦場にいるんだ。忘れるな。よそ見してると死ぬぞ」
「へーへー」
二人は騒ぎの鎮圧に戻る。
どうやら雨宮新首相の強硬姿勢に反対する宗教団体と雨宮支持派が争っているらしかった。
「まあ当然反対の連中はいるわな」
むしろ反対派が不自然なほど少ないくらいだ。
国民をも危険にさらす驚愕の内戦宣言は、不気味なほどスムーズに受け入れられた。
連日連夜、雨宮新首相のこれまでの功績や戦果を喧伝する偏向まっしぐらなメディアのせいか、長年の反体制派のテロリズムとそれを抑えられない従来の穏健政府に国民の我慢の限界が来ていたせいなのか。
どちらにせよこの思想家だらけの会場内で、声高に反戦反首相を叫ぶ団体がこの怪しげな宗教グループしかないというのも異様に思える。
「・・・おい鎌瀬」
「なんだヒラシュー」
「お前はそれ、何付けてるんだ」
「これか?俺様のファッションだ。ほっとけ」
見れば鎌瀬はレトリバーのオリーブ色の隊服の隙間から大量のシルバーアクセサリーをジャラつかせている。
日頃のV系ファッションならいざ知らず、これはちょっとダサい。
が、問題はそこではない。
「お前のそのネックレスの十字架、あいつらが掲げてるのと同じものみたいだが」
鎌瀬がつけてる逆さまの十字架は、白い衣の信者たちが掲げる旗に染め抜かれたものと全く同じだった。
鎌瀬は自身の首のものと旗を見比べる。
「ああ確かに・・・言っとくが信者じゃないぞ。流行ってるんだ最近。逆十字」
こともなげに鎌瀬は言う。
「『ペテロの十字架』ってやつだったかな。あの連中、最近でかくなってる『地母の教会』が好んで使ってるらしいが、意味はよく分からんな」
「ふーん、てっきりお前の一味かなんかかと思った」
「っせーよ、あんな奴らと一緒にすんな。戦争なんだろ?とっとと引っぺがそうぜ」
そう言う鎌瀬と平秀は、もみ合う2つの集団の狭間に身を投じる。
「はいはーい、整列しねーと追い出すぞお前ら」
平和を!暴力無き世界を!と唱える信者たち、それにケンカを売る支持派の集団。押し合いへしあいすったもんだで10分くらいの奮闘の後、ようやく事態は沈静化した。
お坊ちゃんで泥仕事に慣れない鎌瀬はその場にへたり込む。
「やれやれ、こんなにくたびれるとはな」
「・・・そうも言ってられんぞ、ほら、おいでなすった」
時計の針が、正午ちょうどを指す。
「始まるか」
同時刻、腕時計に目をやっていた犬飼も呟いた。
楽隊のファンファーレが鳴り渡ると、ざわついていた会場の注目が、一挙に中央ステージに集まった。
響く歓声、衆人環視。一斉に焚かれるフラッシュ。
その中をゆっくり壇上に歩を進めるのは、この大イベントの主役、雨宮清輝総理大臣その人だった。
端正な灰色のスーツに身を包む体躯は、威風堂々。ローマの凱旋将軍を思わせる立ち姿。
彼が壇上に上がって聴衆を見渡しているのを見て、平秀はさっきの疑問が少し晴れた気がした。
――国民は期待したくもなるのだ。この男には。
「お集まりの皆様、そして全日本国民の皆様。今日は我々にとって、記念すべき日です」
雨宮は深く落ち着いた声で、重々しく切り出す。
「長年卑劣なテロリズムによって流された血が、報われる日が来たのです。我々の家族を、兄弟を、恋人を、傷つけ殺めてきたその鬼畜の所業に、正義の鉄槌が下る日が来たのです。今日がその始まりです」
言葉を切ると、ウオーッ!という歓声とその熱気が壇上の雨宮に降り注ぐ。
「思えばこの十数年にわたって為された懐柔、穏健の政策は、我らに何の恵沢をもたらさなかったことを、我々は骨身に痛感し、失望しています。私は前線に居た。非道を働くキャッツとの戦いの日々と、多くの仲間の死を経て私が感じたもの、それは無力感でした。ドッグスが積み上げた戦果は臆病な事なかれ主義によって水泡に帰し、糠に釘打つ結果しか生まなかった。私はこの国を私に託したコスモクイーンの決定と、国民の皆様に、心より感謝しております。この国を変える指揮が取れるということを!」
聴衆の興奮のボルテージがまたも上がっていく。すり鉢状の会場から真ん中の首相に、熱気の津波が押し寄せているようだった。
「私は退きません。この命に代えても戦いに勝利し、この国と国民を守ることをお約束いたしましょう。耐え忍ぶ日々は去ったのです。外に出れない子供たちも、外で思い切り遊べる国にします。鳴り響くサイレンに目を覚まさない夜を保障いたします。愛する人と当たり前に送れる毎日を、再び取り戻しましょう!この国から悪党を一掃するためにありとあらゆる手段をとります。どうか、国民の皆様!この雨宮清輝と日本のために戦う戦士たちに、熱を!血を!汗を!お貸しいただけますよう、どうか、どうかお願い申し上げます・・・!」
雨宮が深々と頭を下げた瞬間、ボルテージが最高潮に達した。
拍手喝采、口笛の嵐、どこからか湧き上がる雨宮コール。
その中で平秀は雨宮が言った1つの言葉に心揺さぶられていた。
『愛する人と当たり前に送れる毎日』
その言葉を記憶と混ぜ合わせ、何度も反芻する。
これが手に入るなら、何だってする。何だって――
そう思った。
その時だった。
ドオオオオオン!!
地鳴りのような爆発が、壇上の後ろ、バックヤードから巻き起こった。
―次章に続く―




