4回目
目を覚ました。
四回目の人生が始まった。
分かっていたことだ。
三十歳になれば、またここへ戻ってくる。
何度も経験している。
それなのに。
……帰りたい。
妻と子供がいる、あの家に。
目を閉じ静かに涙を流す。
昨日まで、確かに二人はそこにいた。
妻の笑い声。
子供の寝顔。
抱き上げたときの、小さな身体の温かさ。
全部、覚えている。
だが、もう会えない。
どこを探しても、あの二人はいない。
俺は、ノートを開いた。
家族との思い出を書き込んだページ。
何度も読み返した。
……何でだよ。
何で、こんなことになった。
俺が日本代表になれなかったからか?
それだけで、あの幸せを奪うのか?
神様。
あんたが俺に、この人生を押しつけたんだろう。
だったら、絶対に達成してやる。
日本代表になって、人類を救って。
それで、全部終わらせてやる。
◇
それからの俺は、ひたすら練習した。
朝起きて、身体を動かす。
学校へ行く。
帰ってきたら、また練習。
食事を取って、眠る。
翌日も、その繰り返し。
遊びに誘われても、断った。
テレビも、ゲームも、ほとんど見なかった。
笑うことも、あまりなくなった。
ただ、サッカーだけを考えていた。
両親は心配していたようだが気にしていられない。
幸い、三回目の人生で身体づくりについては十分に学んでいた。
練習量を増やしても、休養は取る。
栄養も考える。
身体の成長に合わせて負荷を調整する。
同じ失敗は繰り返さない。
実家の経済状況も整え、必要な環境は用意した。
身体は、順調に成長していった。
技術も、過去の人生を上回る勢いで伸びていく。
だが、それでも足りない気がした。
もっと。
もっと上へ。
まだ足りない。
そう考え続けていた。
◇
十二歳。
俺は、再び横浜マリナーズのジュニアユースに入団した。
セレクションには問題なく合格した。
技術も身体能力も、これまでの人生で一番の状態だった。
なのに。
……疲れた。
ある日の練習後、俺はベンチに座り込んでいた。
身体の疲労ではない。
そこはきちんと管理している。
問題は、もっと別のところだった。
何をしていても楽しくない。
試合で活躍しても、嬉しくない。
練習が終われば、次の練習のことばかり考えている。
気がつけば、もう何年も心から笑っていなかった。
……。
…………。
いや、待て。
俺、何やってんだ?
この調子で、あと何年続けるつもりだ?
今回だけでも、まだ十年以上ある。
しかも、失敗したら五回目、六回目、七回目……。
下手したら、あと百年以上サッカー漬けだぞ?
……無理。
絶対に無理。
身体は大丈夫でも、精神が先に壊れるわ!
そもそも、俺はサッカーが好きだったはずだ。
ボールを蹴るのが楽しくて。
試合に勝てば嬉しくて。
仲間と馬鹿な話をするのも好きだった。
それを全部捨てて、何が残るんだ?
……ああ、もう。
クソ神様め。
人類滅亡なんてものを背負わせやがって。
でも、だからって俺まで自分を追い詰めてどうする。
妻と子供のことは、忘れない。
絶対に忘れない。
だけど。
笑うことまで、やめる必要はないよな。
でもクソ神様は絶対に許さんけどな!
俺は、大きく息を吐いた。
よし。
少し肩の力を抜こう。
どうせ長い付き合いになるんだ。
楽しくやれるところは、楽しくやらないと。
……というか、五歳から十二歳まで、ずっと暗い顔をしていたのか、俺。
周りの大人たち、絶対に心配してただろ。
ごめんなさい。
◇
そこからは、少しずつ調子を取り戻した。
練習は真面目にやる。
身体の管理も徹底する。
だが、休むときは休む。
仲間とふざけることもあれば、多少遊ぶこともあった。
……うん。
やっぱり、こっちの方が俺らしい。
それで練習の成果が落ちたかというと、そんなことはなかった。
むしろ、以前よりプレーに余裕が生まれた気さえした。
三回目で学んだ身体づくりの知識は、確実に役立っていた。
怪我を防ぎながら、必要な練習を積み重ねる。
食事も睡眠も、きちんと管理する。
その結果、俺はジュニアユースで活躍し、ユースへの昇格を勝ち取った。
ユースに上がってからも、順調だった。
二回目の人生では、何とか周囲についていくのが精いっぱいだった。
だが、今回は違う。
試合に出ることはもちろん、チームの攻撃に積極的に関われるようになった。
またも年代別日本代表にも選ばれた。
……よし。
これは、いける。
今度こそ、プロになれる。
そう期待していた。
だが、横浜マリナーズからトップチーム昇格の話は来なかった。
同期の田井中や坂本にも負けていなかったと思うのだが……
……またかよ。
さすがに、へこんだ。
だが、今回はそこで終わらなかった。
別のクラブから、声がかかったのだ。
二部のクラブだったがプロはプロだ。
◇
……プロ?
俺が?
本当に?
何度もコーチや先方のスカウトに確認した。
間違いない。
プロ契約だ。
……やった。
やったぞ。
ついに、プロサッカー選手になれた!
五歳から始めて、四回目。
もう百年近く、サッカー人生を繰り返している。
百年やってようやくプロ――ただし二部。
長かった。
本当に長かった。
俺は、契約書を握りしめた。
これで、ようやくスタートラインに立てた。
目指すのは、二部で終わる選手じゃない。
一部、そして、日本代表。
ここから這い上がってやる。
そう決意した。
◇
しかし。
プロの世界は、甘くなかった。
……いや、知ってたけどさ。
知ってたけど、想像以上だった。
まず、相手の寄せが速い。
ボールを受けた瞬間には、もう目の前に相手がいる。
高校年代では余裕を持ってできていたプレーが、まるで通用しない。
ボールを持てば奪われる。
パスを出そうとすれば、コースを消される。
判断が一瞬遅れただけで、チャンスがなくなる。
……何だよ、これ。
これがサッカーで飯を食っている人間との差なのか?
ユースでも、年代別代表でも、それなりにやれていたんだぞ?
なのに、二部でこの有様。
一部や日本代表って、どんな世界なんだよ。
もちろん、努力は続けた。
身体づくりも、練習も。
だが、出場機会はなかなか増えなかった。
たまに試合に出ても、目立った結果を残せない。
周囲の選手には、それぞれ武器があった。
圧倒的なスピード。
強烈なシュート。
競り合いの強さ。
相手を抜き去るドリブル。
そのどれも、俺にはなかった。
……また、これか。
一回目から、何度も突きつけられてきた問題。
突出した武器がない。
そして、二十三歳になった年。
クラブから、契約満了を告げられた。
……終わった。
初めてプロになれた人生。
だが、プロとして活躍することはできなかった。
他のクラブからも、契約の話は来なかった。
俺のプロサッカー選手としての生活は、数年で終わった。
◇
その後、俺はプロ時代の試合映像を何度も見返した。
何が足りなかったのか。
どうすれば、あの世界で通用したのか。
失敗した場面は、いくらでもある。
ボールを奪われた。
判断が遅れた。
相手に身体を入れられた。
……見ているだけで胃が痛い。
自分の失敗を繰り返し見るって、なかなかの拷問だな。
だが、そんな中にも、うまくいった場面はあった。
ある試合で、俺が中盤でボールを受けたときのことだ。
味方のフォワードが、相手ディフェンダーの背後へ走り出そうとしていた。
俺は、その動きが始まる前から、そこにスペースができることを予測していた。
だから、ボールを受けると同時にパスを出した。
相手の守備ラインの間を抜ける、一本のスルーパス。
味方が抜け出し、シュートを決めた。
……そうだ。
あのときは、うまくいったんだ。
他にも、似た場面がいくつかあった。
相手の動きを読んで、先にパスを出す。
味方が走り込む場所を予測する。
ボールを持つ前から、次の展開を考えておく。
それができたとき、俺のプレーは通用していた。
……あれ?
もしかして。
これが、俺の武器になるんじゃないか?
スピードでも、ドリブルでもない。
試合の流れを読むこと。
そして、味方を生かすパス。
もちろん、今はまだ安定してできるわけじゃない。
たまたま成功した場面も多い。
だが、可能性はある。
俺は、ノートを開いた。
これまでの人生で学んだこと。
練習方法。
身体づくり。
試合の記録。
そこに、新しい項目を加えた。
試合の流れを読む力。
パスの精度。
判断の速さ。
次の人生では、これを徹底的に鍛える。
また、基礎技術についてもプロのレベルと比べるとまだまだ開きがあった。
こういう明確な弱点は、どんどん潰していかないとな。
フィジカル面についても今までで最高の数値が出た。
今までで最高といってもようやくプロの平均レベルだ。
まだ伸びる余地があればいいのだが……
◇
そして、四回目の三十歳が近づいてきた。
俺は、いつものようにノートを開いた。
【ノートの最終記録】
挑戦回数:四回目
最終到達点:二部クラブとプロ契約。公式戦出場経験あり。
プロ入り:達成。
日本代表A代表:未達成。
主な敗因:プロの試合速度に対応できず、出場機会を確保できなかった。突出した武器がなく、二十代前半で契約満了。
今回の成果:初めてプロ入りを達成。高いレベルで通用するプレーと、通用しないプレーの違いを把握。
次回の方針:試合の流れを読む力とパスを重点的に鍛え、自分だけの武器を確立する。
残り挑戦回数:六回。
……。
…………。
四回目にして、ようやくプロ。
長かったなあ。
だが、まだ日本代表には遠い。
次は五回目か。
ついに折り返し地点が見えてきた。
……いや、まだ折り返しじゃないな。
五回目が終わって、ようやく半分だ。
何だよ、この長すぎる人生マラソン。
しかも、途中棄権したら人類滅亡。
どこのブラック企業だよ、クソ神様。
まあ、いい。
次は、もっと上へ行く。
プロになれることは、分かった。
なら、次はプロで活躍してやる。
そう考えているうちに、視界が白く染まり始めた。
五回目の人生が、もうすぐ始まる。
……頼むから、そろそろ何かボーナスをくれませんかね、神様。
ほかにもサッカー小説を投稿しています。
この小説とはかなり読み味が違う作品ですが、よろしければご一読ください。
この街に、プロサッカークラブを。
~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~
https://ncode.syosetu.com/n2172mu/




