3回目
三回目の人生が始まった。
始まった瞬間、頭上でガチャのスロットが回りだし、才能ガチャが始まる……なんてこともなくいつも通りだ。
はい、いつもの五歳です。
今回の方針は明確だ。
二回目と同じく、幼い頃から高いレベルの環境で練習する。
そのうえで、練習の量と強度をさらに増やす。
前回はプロに通用する武器がなかった。
ならば、誰にも負けない武器を作ればいい。
理屈は簡単だ。
実行するのが大変なだけで。
◇
実家の経済状況を改善し、個人レッスンを受け、横浜マリナーズのジュニアユースに入団する。
ここまでは前回とほぼ同じ。
違うのは、練習量だった。
チームの練習が終わっても、自主練習。
休みの日も、トレーニング。
筋力も、持久力も、技術も。
全部、前回以上を目指した。
最初は順調だった。
身体能力も伸び、試合での活躍も増えていく。
……おお。
やっぱり努力は裏切らない。
そう思っていた。
身体が悲鳴を上げ始めるまでは。
◇
中学三年生の秋。
練習試合の最中だった。
相手をかわそうと踏み込んだ瞬間、右膝に激痛が走った。
嫌な音がした。
次の瞬間、俺はピッチに倒れていた。
……あれ?
立てない。
膝が、言うことを聞かない。
病院で告げられた診断は、前十字靱帯断裂と半月板損傷。
手術が必要で、復帰までには長い時間がかかるという。
……マジか。
いや、待ってくれ。
まだ中学生だぞ?
プロになるどころか、ユースにすら上がっていない。
ここで終わり?
そんな馬鹿な。
手術を受け、リハビリに励んだ。
だが、復帰を急ぎすぎた。
焦って練習を再開し、痛みがあっても無理をした。
結果、膝の状態はさらに悪化した。
医師から、競技レベルでのサッカー復帰は難しいと告げられた。
……。
…………。
終わった。
三回目の人生、終了。
いや、人生そのものは続くんだけど。
日本代表を目指すという意味では、完全に終わってしまった。
まだ十五歳にもなっていないのに。
残り十五年以上、どうすんだよ。
◇
しばらくは、何もする気が起きなかった。
だが、落ち込んでいても時間は進む。
それに、俺には次の人生がある。
……次があるって、本当に便利な言葉だな。
便利だけど、あんまり嬉しくない。
今回の失敗を繰り返さないためには、何が必要なのか。
考えてみれば、俺は練習方法には詳しくなっていたが、身体のことは大して分かっていなかった。
筋肉。
関節。
疲労。
栄養。
睡眠。
怪我の予防。
今まで、知っているつもりになっていただけだった。
そこで、残りの人生を使って本格的に勉強することにした。
大学ではスポーツ科学を学び、資格を取り、トレーナーとして働き始めた。
現場では、選手の身体づくりや怪我からの復帰を支える仕事に携わった。
勉強すればするほど、知らないことが出てくる。
……いや、奥が深すぎるだろ、人体。
サッカーの技術を磨くだけでも大変なのに、身体の管理まで必要なのか。
プロ選手って、本当にすごいな。
栄養学も学んだ。
食事の内容だけでなく、食べる量やタイミング。
練習の負荷と休養のバランス。
成長期の身体に何が必要なのか。
自分が三回目の人生で何を間違えたのか、少しずつ見えてきた。
特に、痛みや疲労を無視して練習を続けたこと。
あれは、明らかに間違いだった。
努力することと、無茶をすることは違う。
……今さら気づくなよ、俺。
もちろん、学んだことはすべてノートに記録した。
四回目では、絶対に同じ失敗を繰り返さない。
◇
そんな生活を送っているうちに、一人の女性と出会った。
同じ職場で働く女性だった。
最初は、仕事の話をするだけの関係だった。
それが、いつの間にか一緒に食事へ行くようになり、休日にも会うようになった。
そして、付き合うことになった。
……いやあ。
人生って、何があるか分からないな。
日本代表を目指していたはずが、気づけば普通に恋愛している。
しかも、相手は俺のことを気に入ってくれているらしい。
こんな変な男のどこがいいんだろう。
まあ、聞かないでおこう。
答えが怖い。
やがて、俺たちは結婚した。
そして、子供が生まれた。
小さな手。
小さな足。
抱き上げると、驚くほど軽かった。
……かわいい。
いや、本当にかわいい。
何だ、この生き物。
反則だろ。
俺は、すっかり親馬鹿になってしまった。
仕事から帰れば子供の顔を見る。
休日には家族で出かける。
子供が初めて立った日も、初めて言葉を話した日も、全部覚えている。
サッカー選手としては失敗した人生だった。
だが、幸せだった。
心から、そう思えた。
◇
そして、三十歳の誕生日が近づいてきた。
最初から分かっていたことだ。
三十歳になれば、この人生は終わる。
また五歳に戻る。
妻とも、子供とも、別れることになる。
……分かっていた。
分かっていたはずなんだ。
それなのに、いざその日が近づいてくると、怖くて仕方がなかった。
妻が笑っている。
子供が俺の膝に乗ってくる。
いつもと変わらない日常。
それが、もうすぐ終わる。
俺だけが、そのことを知っている。
何度か、妻に話そうとした。
俺はもうすぐ、ここからいなくなるんだと。
でも、言えなかった。
そんな話をしたところで、信じてもらえるとは思えない。
何より、残り少ない時間を悲しいものにしたくなかった。
だから、いつもどおりに過ごした。
いつもどおりに笑って。
いつもどおりに冗談を言って。
子供を抱き上げて。
妻と、くだらない話をして。
ただ、それだけの毎日を大切にした。
◇
三十歳の誕生日の前日。
子供を寝かしつけたあと、俺は机に向かった。
ノートを開く。
そこには、今回学んだスポーツ医学や栄養学の知識が、びっしりと書き込まれていた。
だが、それだけではない。
妻と初めて食事に行った日のこと。
結婚式のこと。
子供が生まれた日のこと。
家族で出かけた場所。
忘れたくない思い出も、全部書いてあった。
……何やってるんだろうな、俺。
日本代表になるためのノートなのに。
こんなことまで書いて。
でも、消す気にはなれなかった。
俺は、新しいページを開いた。
【ノートの最終記録】
挑戦回数:三回目
最終到達点:プロクラブのジュニアユース所属。中学年代で重傷を負い、競技サッカーを断念。
プロ入り:失敗。
日本代表A代表:未達成。
主な敗因:過度なトレーニングと不十分な身体管理。負傷後も復帰を急ぎ、状態を悪化させた。
今回の成果:スポーツ医学、栄養学、トレーニング理論、リハビリテーションに関する知識と実務経験を獲得。
次回の方針:適切な負荷管理と休養を徹底し、怪我を防ぎながら能力を伸ばす。
残り挑戦回数:七回。
……。
…………。
七回。
まだ七回も残っている。
人類を救うためには、続けるしかない。
分かっている。
分かっているけど。
……何でだよ。
俺が何をしたっていうんだ。
何で、こんなことまで奪われなきゃいけないんだ。
隣の部屋から、子供の寝息が聞こえてくる。
俺は、そっと部屋を出た。
寝室では、妻と子供が眠っていた。
起こさないように、二人の顔を見る。
この顔を、忘れたくない。
何度人生をやり直しても。
絶対に。
俺は、心の中で誓った。
次こそ、日本代表になる。
そして。
日本代表になるまでは、もう家族を作らない。
こんな別れを、二度と経験したくないから。
やがて、視界が白く染まり始めた。
最後に見えたのは、二人の寝顔だった。
俺は、その光景を目に焼きつけた。
そして、三回目の人生が終わった。
ほかにもサッカー小説を投稿しています。
この小説とはかなり読み味が違う作品ですが、よろしければご一読ください。
この街に、プロサッカークラブを。
~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~
https://ncode.syosetu.com/n2172mu/




