1回目 その2
楽勝。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
……いや、本当に。
イケると思ったんだよな~、あの時は。
現在、二十九歳。
三十歳の誕生日まで、あとわずか。
神様から与えられた一回目の人生が、もうすぐ終わろうとしている。
で、肝心の日本代表にはなれたって?
もちろん、なれていない。
それどころか、プロサッカー選手にすらなれなかった。
……。
…………。
おかしくない?
五歳から練習したんだぞ?
前の人生で得た知識もあった。
食育を考えて好き嫌いも言わずに何でも食べた。以前よりも明らかに体格がデカく、持久力、スピードも上になった。
大人の頭で練習メニューを考え、毎日真面目に取り組んだ。本当に毎日だ。雨の日も風の日も、明らかにこれは無理って日以外はマジでやったんだ。
なのに。
それなのに、プロにすらなれない。
日本代表?
遠すぎる。
正直日本代表との距離を測るつもりだったが、遠すぎて距離が分からない。
……何がいけなかったのか。
この二十五年間を、少し振り返ってみよう。
◇
小学生の頃は、順調だった。
地域選抜に選ばれ、試合でも得点を重ねた。
中学生になっても、その勢いは続いた。
同年代の選手たちより早くから練習していたおかげで、ボールの扱いには自信があった。
周囲を見てプレーすることもできたし、試合の流れを読むこともできた。
中学では県内でも名前を知られる選手になった。
いやあ、あの頃は楽しかった。
試合に出れば活躍する。
コーチから褒められる。
周囲から期待される。
そして、何よりサッカーが楽しい。
神様の無茶振りさえなければ、最高の少年時代だったと言っていい。
ただし。
この頃から、少しずつ違和感はあった。
足が速い選手。
身体が強い選手。
俺よりもボールの扱いがうまい選手。
そんな連中が、少しずつ増えてきたのだ。
もちろん、俺だって成長していた。
練習も続けていた。
それでも、周囲との差は縮まっていく。
……まあ、そういうこともあるだろう。
その程度に考えていた。
今思えば、ずいぶん楽観的だった。
◇
中学卒業後、俺は県内でも指折りのサッカー強豪校に進学した。
全国大会にも何度も出場経験のある学校だ。
ここで活躍すれば、プロへの道も開けるはず。
そんな期待を胸に、入学した。
そして、初日の練習で思った。
……あれ?
みんな、めちゃくちゃうまくない?
まず、身体能力が違う。
足の速さ。
身体の強さ。
ジャンプ力。
持久力。
どれを取っても、俺より上の選手が普通にいる。
技術だってそうだ。
俺が何年もかけて身につけたボールコントロールを、当たり前のようにこなす。
中学までは、俺が一歩先を行っている感覚があった。
だが、ここでは違う。
俺が先に始めていた分を、周囲が追いついてきたのだ。
いや、追いついたどころか、追い越している選手もいる。
……ちょっと待て。
俺、五歳からやってるんですけど?
しかも中身はおっさんだったんですけど?
何で普通に負けてるんだ?
もちろん、努力をやめたわけじゃない。
むしろ、これまで以上に練習した。
必死だった。
何せ、俺には人類の未来が懸かっている。
部活のレギュラー争いに、人類滅亡を持ち込んでいる高校生なんて、世界中探しても俺くらいだろう。
それでも、努力は少しずつ実を結んだ。
一年生の後半には試合に出る機会が増え、二年生になる頃には何とかレギュラーの座をつかんだ。
ただし、チームの中心選手というわけではない。
攻撃の起点になれるわけでも、圧倒的な得点力があるわけでもない。
周囲と連係し、ミスを減らし、与えられた仕事をこなす。
そんな選手だった。
……地味だな。
いや、地味でもいい。
試合に出られれば、まだ可能性はある。
そう思っていた。
そして二年生の冬。
俺たちは、全国高校サッカー選手権への出場を決めた。
全国大会だ。
ついに、ここまで来た。
ここで活躍すれば、プロのスカウトの目に留まるかもしれない。
そう期待していた。
……期待していたんだ。
◇
全国大会で、俺たちは一人の選手と出会った。
松田大輔。
相手チームの三年生。
その名前は、試合前から聞いていた。
テクニックに優れ、独特のリズムで相手を抜き去る攻撃的な選手。
アンダー世代の日本代表にも選ばれ、プロ入りも決まっているらしい。
……へえ。
すごい選手がいるもんだ。
だが、俺だって全国大会に出ているんだ。
簡単には負けない。
そう思っていた。
試合が始まるまでは。
松田がボールを持った。
俺は距離を詰める。
不用意に飛び込んではいけない。
相手の身体の向き、足の運び、ボールの位置。
そういうものを見て、次の動きを予測する。
俺は、それをずっと意識して練習してきた。
だから分かった。
次は右だ。
右へ抜いてくる。
俺は先回りするように身体を動かした。
……はずだった。
「えっ?」
松田は、左にいた。
いや、違う。
右へ行くと見せかけて、ほんの一瞬で左へ切り返したのだ。
俺の身体は、完全に逆を向いている。
慌てて振り返ったときには、もう背中が見えていた。
……何だ、今の。
その後も、何度もやられた。
右へ行くと思えば左。
ドリブルで来ると思えばパス。
パスを出すと思えば、もう一人かわしている。
そして何より、ボールが足から離れない。
俺が全力で走りながら必死にコントロールしているボールを、松田はまるで散歩でもしているかのように扱っていた。
……いやいやいや。
何だ、こいつ。
俺は、必死に考えた。
次はどう動く?
どこを切ればいい?
どのタイミングで足を出せばいい?
頭では分かる。
少なくとも、何を狙っているのかは、ある程度理解できる。
だが。
身体が追いつかない。
足を出した瞬間には、もうボールがない。
予測した場所へ動こうとしても、一歩目が遅れる。
仮に読みが当たっても、相手の技術がそれを上回ってくる。
分かっているのに、止められない。
これが、一番きつかった。
結果、俺たちは敗れた。
松田には、文字どおりボッコボコにされた。
試合終了の笛が鳴ったあと、俺はしばらく動けなかった。
周囲では、仲間たちが泣いている。
悔しい。
もちろん、悔しい。
だが、それ以上に。
……何だ、この差は。
俺は、五歳から練習してきた。
前の人生の経験もあった。
サッカーの知識だって、同年代の誰よりも持っているつもりだった。
それなのに。
目の前の高校生に、何もできなかった。
いや、相手は三年生だから、一つ年上か。
……そういう問題じゃないな。
初めて、はっきりと理解した。
知識があることと、実際にプレーできることは違う。
そして、努力した時間が長ければ、必ず勝てるというわけでもない。
……これが、才能の差ってやつなのか。
人類滅亡を懸けて努力している俺が、普通にサッカーをしている高校生に負ける。
神様。
あんた、本当に人選を間違えてませんか?
◇
その後も、俺はサッカーを続けた。
三年生になってもレギュラーとして試合に出た。活躍する機会も増えた。
だが、プロから声がかかることはなかった。
高校卒業後、俺は大学へ進学した。
大学でもサッカーを続けたが、そこでさらに現実を思い知らされた。
高校時代に全国で活躍していた選手たち。
プロ入りを本気で目指している選手たち。
そんな連中が、ごろごろいる。
その中で俺は、特別目立つ選手ではなかった。
……無理だな。
大学三年の頃、俺はそう考えるようになっていた。
そして翌年、アテネオリンピックが開催された。
同年代の選手たちが、世界を相手に戦っていた。あの松田もメンバーの一人だ。
当然、俺はオリンピック代表の候補にすら入っていない。
もうほとんど諦めていたが、これが決定的だった。
今回の人生で、日本代表になるのは無理だ。
そもそも、プロになれる可能性も低いだろう。
もちろん、努力は続ける。
例の呪いがあるからな。
だが、努力の方向を変えることにした。
今回の人生で無理なら、次に生かせばいい。
何せ、俺には十回の挑戦権がある。
……十回しかない、とも言えるが。
俺は、情報収集を始めた。
Jリーグの下部組織。
ジュニアユース。
ユース。
強豪クラブの育成環境。
プロになった選手たちが、どんな道を歩んできたのか。
どんな練習をしていたのか。
どの年代で、どんな相手と戦っていたのか。
それらを調べ、ノートに書き込んでいった。
大学生の年代になるとネットも使えるようになった。今思えば技術の進歩ってすさまじいな。ファミコンからPS2にまで進化してる。
もちろん、すべてが参考になるわけではない。
プロになった選手と同じ練習をすれば、誰でもプロになれるわけじゃない。
そんなことは、今回の人生で嫌というほど分かった。
それでも、何もしないよりはいい。
失敗した理由を探す。
次に試すことを決める。
それが、今の俺にできることだった。
◇
そして、現在。
二十九歳。
俺は、机の上に置かれたノートを眺めていた。
ページは、いつの間にか膨大な量になっていた。
毎日の練習記録。
試合の反省。
身体の成長。
怪我の記録。
サッカーに関する情報。
プロ選手たちの経歴。
そして、次の人生で試したいこと。
……いやあ。
よく書いたもんだ。
普通のノートだったら、とっくに何十冊にもなっているだろう。
ちなみに膨大なページ数になっているが、開きたいページを考えるだけでそのページを開くことができる。
クソ神様め、こんなところだけ高機能にしやがって……
助かってるけど。
俺は、次の人生の方針を考えた。
今回の最大の失敗は何だったのか。
練習量が足りなかった?
いや、少なくとも同年代の中では、かなり練習した方だと思う。
努力の仕方が悪かった?
それもあるだろう。
だが、一番の問題は、もっと別のところにある気がした。
環境だ。
小学生、中学生の頃、俺は周囲よりうまかった。
だから、試合でも活躍できた。
だが、強豪高校に入った途端、その優位性は消えた。
もっと早い段階から、レベルの高い選手たちと練習していればどうだっただろう。
松田のような選手と、もっと若い頃から競い合っていれば。
自分の弱点に、もっと早く気づけたのではないか。
そう考えると、次にやるべきことが見えてきた。
強豪クラブのジュニアユースに入る。
できれば、その前の年代から、レベルの高い環境に身を置く。
あの時代にあるか分からないがサッカーの個人レッスンにも申し込みたい。
そのためには、親の協力が必要になる。
そして、金もいる。
……。
…………。
よし。
次は、実家を金持ちにしよう。
日本代表になるために、まず親の資産からって考えが中々世知辛いな……
でも、必要なんだから仕方ない。
幸い、俺には未来の知識がある。
この知識を使えば家の経済状況は何とかできると思う。
こんなこともあろうかと急成長した会社や大きく値段が上がった株などはメモしてある。
次の周回では全然違う流れになったら困るが、最初の人生とこの一回目を比べても大筋変化は無かったと思う。なのでそこは大丈夫と信じるしかない。
◇
そして、三十歳の誕生日の前日が来た。
誕生日を迎えると何が起こるのか、正直怖かった。
突然死ぬのだろうか。
それとも、またあの神様に会うのだろうか。
……どれも嫌だな。
散々クソ神様など罵倒しまくってる手前、あの神様には顔を合わせたくない。
実際に会ったら罵詈雑言しまくって天罰くらいかもしれないしな……
俺は今、自分の部屋で、一人、椅子に座っていた。
机の上には、例のノートがある。
何度も見返した。
書き忘れたことはないか。
次の人生で必要な情報は残せているか。
やり残したことは、山ほどある。
だが、もう時間がない。
俺は、新しいページを開き、最後の記録を書き込んだ。
【ノートの最終記録】
挑戦回数:一回目
最終到達点:高校サッカー全国大会出場。大学サッカーまで継続。
プロ入り:失敗。
日本代表:未達成。
主な敗因:高校年代以降、身体能力・技術面での優位性を失った。プロで通用する武器もなかった。
次回の方針:幼少期から高いレベルの育成環境に身を置く。強豪クラブの下部組織への加入を目指す。
最優先事項:実家の経済状況を改善する。
残り挑戦回数:九回。
……。
…………。
改めて見ると、ひどい結果だな。
二十五年かけて、プロにもなれなかった。
しかも、これで十回のうち一回を使ってしまった。
残り九回。
九回もある。
そう考えるべきなのか。
九回しかない。
そう考えるべきなのか。
……まあ、今さら考えても仕方ない。
次だ。
次こそ、もっと上へ行く。
そう決意した瞬間だった。
視界が、ゆっくりと白く染まり始めた。
身体の感覚が、少しずつ薄れていく。
ああ。
本当に終わるんだな。
今回の人生が。
ふと、母さんの顔が浮かんだ。
父さんの顔も。
高校時代の仲間たち。
大学で出会った友人たち。
……そうか。
次に戻ったら、また会えるのか。
いや。
同じ人たちでも、同じ人生になるとは限らない。
少しだけ、胸が痛んだ。
それでも、俺には進むしかない。
人類の未来が懸かっているのだから。
……本当に、何で俺なんだよ。
最後にそんなことを考えながら、俺の意識は途切れた。
ほかにもサッカー小説を投稿しています。
この小説とはかなり読み味が違う作品ですが、よろしければご一読ください。
この街に、プロサッカークラブを。
~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~
https://ncode.syosetu.com/n2172mu/




