1回目 その1
『お前には、サッカー日本代表になってもらう』
……はい?
目の前の存在が、何やらとんでもないことを言い出した。
いや、その前にここはどこ? あなたは誰?
気がつけば、俺は真っ白な空間に立っていた。
壁もない。天井もない。床らしきものはあるが、どこまで続いているのか分からない。
そして目の前には、人の形をした何かがいる。
顔は見えるようで見えない。
そこにいるのは分かるのだが、具体的には認識出来ないのだ。
なのに、なぜか理解できてしまう。
ああ、こいつは神様なんだ、と。
その神様がサッカーの日本代表だと……?
何を言っているんだ?
「あ、あの。……日本代表、ですか?」
『……』
「いや、俺、もういい年したおっさんなんですけど」
中学、高校とサッカー部だった。
それなりに真面目に練習していたつもりだが、特別うまかったわけじゃない。
地区大会で負けて、仲間と悔しがって、それで終わり。
そんな、ごく普通のサッカー人生だった。
社会人になってからは、ほぼ観戦がメインだ。
今から日本代表?
冗談にもほどがある。
神様は俺の質問には答えずに続ける。
『心配するな。五歳からやり直させてやる。
時間を戻す。今の記憶のまま五歳の頃にな』
おお。
おおお?
これは、もしかして。
人生やり直し系のWeb小説みたいな展開か?
めっちゃ期待してしまうぞ。
まぁ心配するな、と言われてもめちゃくちゃ心配だけど。
でも五歳からやり直せるなら、話は違ってくる。
現役のときはそんなに深く考えずにプレーしていたが、引退後もサッカー観戦は続けている。動画配信サイトでは解説系動画もよく見て無駄に知識も身についている、はずだ。
子供の頃から本気で練習すれば、ひょっとすると……。
『ただし、条件がある』
ですよね。
そんなうまい話があるわけないですよね。
『三十歳になるまでに、サッカー日本代表のA代表に選ばれれば成功だ』
「三十歳まで……」
まあ、分からなくもない。
日本代表になるなら、それまでにならないとなれないだろう。
三十歳を越えて代表に初選出された選手なんていない気がするし。
『失敗した場合、再び五歳に戻る』
「……え?」
まさかループ系なのか?
『挑戦できるのは十回までだ』
「十回?」
『十回とも失敗した場合、人類を滅亡させる』
「…………」
はぁ?
え、人類を、なんで?
なんで俺のサッカー人生に人類の命運が懸かっているんだ!
「人類、滅亡、ですか?」
『……』
「……何で?」
『……』
神様は答えてくれない。
ただ、この無言の回答がその言葉の重みを俺に実感させた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 何で俺なんですか!? もっと適任者がいるでしょう!」
『……』
いやいや、どう考えてもリスクに釣り合わない。何で俺が日本代表になれるかどうかで人類滅亡が決まるんだよ!
「それって拒否は出来るんですか?」
『……』
また無視。拒否権なしってことか……。
ん? 拒否出来ないってことは何か特典でもあるんだろうか?
こうチート能力とか。だとしたら話は変わってくる。
『お前が思っているような特別な才能は与えない』
「えっ」
『身体能力も、サッカーの才能も、元のお前のままだ』
「ちょっと待ってください!」
『記憶は引き継げる。それと、これを渡しておこう』
神様が何かを差し出した。
一冊のノートだった。
どこからどう見ても、ごく普通の大学ノートである。
「……ノート?」
『何ページでも書ける。次の人生にも持ち越せる。これまでの経験を記録しておくといい』
「いや、そうじゃなくて!」
ノートはありがたい。
ありがたいけど!
足が速くなるとか!
シュートが絶対入るとか!
そういうのはないんですか!?
『……』
「せめて身体能力をプロ並みに!」
『……』
「じゃあ、サッカーの才能だけでも!」
『……』
「ちょっとくらいサービスしてくれても!」
『……』
フル無視。
こいつ、話が通じねえ!
『では、始めるぞ』
「待って! まだ心の準備が!」
視界が真っ白になった。
◇
「……ん?」
目を覚ますと、見覚えのある天井があった。
古い木目の天井。
小さな蛍光灯。
壁に貼られた、色あせた動物のポスター。
……何だ、ここ。
いや。
知っている。
知っているぞ。
ここは、俺が子供の頃に住んでいた家だ。
慌てて身体を起こした。
布団がやたらと大きい。
手が小さい。
足も短い。
「……マジかよ」
声が高い。
子供の頃ってこんな声だったんだな。
慌てて部屋の隅にあった鏡をのぞき込んだ。
そこに映っていたのは、丸い顔をした小さな男の子。
五歳の俺だった。
「うわ……」
本当に戻ってる。
いや、待て。
夢かもしれない。
そうだ。
こんなこと、現実に起こるわけがない。
頬をつねってみた。
「いたっ!」
痛い。
普通に痛い。
……夢でも痛いことはあるらしいが。
とにかく、確認だ。
まずは──
「ステータス!」
……反応なし。
他にも思いつく限りの手段を試してみるが何も反応なし。
説明通りその手の機能は無いようだ。
俺は部屋を飛び出した。
こんな家だったな、と思いつつリビングに向かう。
「あら、起きたの?」
台所から女性が顔を出した。
俺は、その場で固まった。
母さんだ。
間違いない。
ただし、若い。
「……若いね」
「え?」
しまった。
五歳児が言う台詞じゃない。
「ふふっ、何言ってるの?
早く朝ごはん食べなさい」
母さんってこんな感じだったな。
改めて時間が戻ったことを実感する。
懐かしい。
でも、本当に戻ったということは、日本代表に入らないと人類滅亡というのも本当なんだろう……。
◇
俺は、いろいろと確認した。
テレビ。
新聞。
カレンダー。
どれを見ても、時代は昭和六十二年。
一九八七年だった。
……昭和かよ。
いや、知ってたけど。
ファミコンが現役だ。
スマホもインターネットもない。
不便すぎる。
この時代の人は何をして時間をつぶしていたんだ?
まぁ五歳に暇つぶしも何もないが。
しかし。
本当に人類が滅亡するのだろうか。
そもそも、どうして俺が日本代表にならなきゃいけないんだ?
人生をやり直せるなら、もっと楽しいことに使ってもいいんじゃないか?
未来の知識を使って、お金持ちになるとか。
株を買うとか。
競馬で大儲けするとか。
そもそも日本代表になれって言われても何をどうしたら良いんだろうか?
ちょっと考えを整理したい、今日はもう疲れた。
サッカーの練習をするにしても明日からにしよう。
……そう思った瞬間だった。
「……っ!」
胸の奥が、ぞわりと冷えた。
息が詰まる。
理由の分からない恐怖が、全身を駆け巡った。
頭の中に、イメージが浮かぶ。
人類滅亡。
俺がサボったら、人類が滅亡する。
俺が日本代表になれなければ、父さんも母さんも、友達も、世界中の人たちも、みんな死ぬ。
そんな考えが、頭から離れなくなった。
「……う、うわ……」
何だ、これ。
怖い。
ものすごく怖い。
心臓がばくばく鳴っている。
俺は慌てて立ち上がった。
「……練習しよう、練習するしかない」
その瞬間、恐怖が少し和らいだ。
……。
…………。
神様。
これ、何ですか?
チート能力はくれないのに、こんなものだけ付けたんですか?
いや、これ、完全に呪いですよね!?
その後、何度か今日は休もう、少しくらいサボってもいいだろう、どうせ十回もあるんだし。
そう考えるたびに、あの恐怖が襲ってくることが分かった。
努力強制の呪いだ。
ただし、普通に休息を取る分には何も起きない。
身体を壊さないために休む。
疲れを抜く。
そういう理由なら問題ないらしい。
要するに、必要な休息は許されるが、単なる怠けは許されない。
……何だよ、この仕様。
誰が設定したんだ。
神様だろうな。
こうでもしないと、人類滅亡なんて知らん、サッカー日本代表なんて忘れて楽しんでやろうってなるもんな……。
となると神様の目的は何なんだろう?
俺が四苦八苦するところを見て楽しむためだろうか?
性格わるっ。
くそっ。
こうして俺は、否応なくサッカーに打ち込むことになった。
◇
とはいえ、実際に練習を始めてみると、いろいろ問題があった。
まず、身体が動かない。
「よっ!」
庭でボールを蹴る。
思い描いたのは、テレビで見た日本代表の華麗なキック。
しかし、実際に飛んだボールは、ぽてぽてと数メートル転がっただけだった。
「……弱っ」
もう一度。
「えいっ!」
ぽてぽて。
「……」
いや、分かっていた。
五歳児なんだから、当然だ。
だが、頭の中ではもっと強く蹴れるつもりなのだ。
身体がまったく追いついてこない。
走っても遅い。
すぐに疲れる。
片足立ちすら、思ったほど安定しない。
……本当に普通の五歳児だ。
神様、そこは嘘をついていなかったらしい。
余計なところだけ律儀だな!
運動能力は分かった。
ではテクニックはどうか?
試しに、ボールをリフティングしてみた。
一回。
二回。
三回。
ぽとっ。
「……三回か」
数回蹴っただけだが、感触は悪くない。
続かない理由はテクニックよりもボールを上げ続ける筋力がないからと感じた。
俺の足がボールの重さに負けているのだ。
思ったよりもコントロールは出来ていた気がする。
つまり感覚みたいなものはある程度残っているのかもしれない。
今は三回でも、もう少しやれば増えるだろう。
俺には、かつてサッカーをしていた経験がある。観戦やゲームで鍛えた頭脳がある。
ただ闇雲にボールを蹴るだけじゃない。
目的を持って練習できる。
これは大きい。
……はずだ。
俺は毎日、ボールを蹴った。
走った。
身体を動かした。
ご飯も好き嫌い言わず何でも食べた。
母親からは突然の行動の変化にビックリされたが……。
もちろん、五歳児の身体なので無理はできない。
それでも、同じ年齢の子供たちよりは、ずっと真面目に意識を持って練習した。
何せ、こっちには人類の未来が懸かっている。
公園で遊んでいる子供たちを見ながら、俺は思った。
いいなあ、お前ら。
何も考えずに遊べて。
俺なんか、今日の練習メニューを考えながらブランコに乗ってるんだぞ。
五歳児の生活じゃねえよ。
◇
さて、練習について困ったことがある。
一九八七年にはサッカーに関する情報がほとんど無いのだ。いや、あるんだけどネット社会の令和に比べると無いようなものだ。
何しろまだキャプテン◯が連載中だ。まだ日本にプロリーグが無いし、スポーツと言えば野球って状態だ。サッカーが普及していないのだ。
普及していないのならば日本代表になるチャンスは逆に多いのでは? とも思うが、俺はこの後の歴史を知っている。
今のところ、俺の知っている歴史と大きく違ってはいない。
この先、サッカーブームが来て競技人口が増えれば、競争も激しくなる。
クソが。
参考文書としてキャプテン◯は……ならないな。超面白いけど。
ドライブシュートだけ練習しまくったら出来るようになるかもしれないが、キーパーを吹っ飛ばす程の能力は身につかないだろう……。
また、ある日、図書館に連れて行って貰ったが、数冊しかサッカーの本は無かった。
そのサッカーの本も令和の知識を持っている俺からすると眉唾ものだ。役に立たない。
というわけで頼りになるのは今の自分の頭の中にある練習方法だけだ。
過去に実際やっていた練習と動画配信サイトで見た練習方法を思いつく限りノートに書いておく。
一心不乱にノートに何かを書き込む息子を見て母親から心配されたのは内緒だ。
練習方法を思いつく限り書き終えると、この一回目はどんな方針で進めていこうか考える。
目的を持って適切な目標を立てていくのが大事だからな。
が、こうやったら日本代表になれる、みたいな情報は当然ない。
なので今回は自分に出来る限りの努力をし、日本代表との距離を測るという方針にした。
まぁこの一回で何もかも上手くいって日本代表になれたらそれで良いんだが……。
それに少しだけワクワクしている。
自分にどれだけ可能性があるのか、令和の知識でどこまで成長出来るのか……。
◇
そして、少し時間が過ぎた。
七歳になった俺は、地元の少年サッカーチームに入った。そう、キャプテン翼ブームで少年サッカーチームがそこかしこに出来てきた時代なのだ。
そこで、ちょっとした事件が起きた。
俺が、めちゃくちゃうまかったのである。
当たり前だ、周囲の子どもたちはサッカーなんてやったことがない。
そんな中に五歳からトレーニングを重ね、テクニックもあり、同年代よりも体がしっかりしている俺が入団したのだ。
そりゃ話題になるだろう。
入団後にコーチ陣がギラギラした目でこっちを見ていた。
正直コーチ陣の指導も俺からすると怪しいもんだった。平成に入ったとはいえまだまだ昭和の匂いが色濃く残る時代だ。体罰まではいかないが、怒鳴るなんて当たり前だ。
だが、俺はコーチ陣に反抗したりはしない。従順に従っているフリをする。周りの子にも教えてあげる。いい子を演じて試合では重宝してもらわないといけないからだ。コーチに気に入られてないと地域選抜とかにも選ばれないかもしれないしな。
人類滅亡のプレッシャーは、相変わらずある。
だが、それとは別に、サッカーが楽しかった。
自分の思いどおりにプレーできる。
相手の動きが分かる。
次に何が起こるのか、何となく予想できる。
そして、ゴールを決められる。
……最高じゃないか。
帰り道、母さんが俺の手を握った。
小さな手を包む、温かい手。
俺は、少しだけ空を見上げた。
神様。
あんたのやり方は、正直どうかと思う。
いや、本当にどうかと思う。
でも。
もう一度、こうして幼少期から人生を体験出来ることに関しては、少しだけ感謝してもいいかもしれない。
……人類滅亡さえなければな!
それから二年。
九歳になった俺に、コーチから地域選抜に選ばれたという連絡があった。
狙い通り。
思わず、口元が緩む。
……あれ? これ、意外と楽勝なんじゃないか?
ほかにもサッカー小説を投稿しています。
この小説とはかなり読み味が違う作品ですが、よろしければご一読ください。
この街に、プロサッカークラブを。
~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~
https://ncode.syosetu.com/n2172mu/




