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10回ループするまでにサッカー日本代表にならないと人類滅亡ってそりゃないよ  作者: いとやん


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14/19

10回目 第6話 二つの頂点

 センターバック。


 十回目の人生にして、初めて本格的に挑戦するポジション。


 九回の人生で磨いてきた技術を生かせる、新しい可能性。


 そして、俺が日本代表になるための新しい道。


 あの日、ノートに『センターバック』と書き込んでから、俺のサッカー人生は大きく変わった。


 まず、練習内容が変わった。


 それまでは、パスやトラップ、ドリブルといった攻撃の技術を中心に磨いてきた。


 もちろん、今でもそれらの練習は欠かしていない。


 だが、そこに新しい練習が大量に加わったのだ。


 一対一の守備。


 空中戦。


 守備ラインの統率。


 相手FWとの駆け引き。


 そして、フィジカル強化。


 やることが多い。


 とにかく多い。


 九回も人生をやり直してきた俺だが、これほど覚えることが多いのは久しぶりだった。


 特に大変だったのが、守備の基本だ。


 攻撃的MFだった俺は、相手の守備をどう崩すかについては嫌というほど研究してきた。


 だが、自分が守る側になると、話は別だった。


 相手の動きを読めても、身体がついてこない。


 コースを消したつもりでも、簡単に抜かれる。


 空中戦に至っては、先輩たちに何度も吹き飛ばされた。


「おい! 身体を当てるのが遅い!」


「はい!」


「そこで飛び込むな!」


「はい!」


「相手だけ見てるんじゃない! ボールも見ろ!」


「はい!」


 監督の怒鳴り声が、毎日のようにグラウンドに響いた。


 ……いや。


 これ、俺だけ怒られすぎじゃないか?


 ほかの選手にも指導はしている。


 しているんだけど。


 俺に対する注文だけ、明らかに多い。


 監督。


 期待してくれているのは分かります。


 分かりますけど、もう少し優しくしてもらえませんかね?


 俺の精神年齢、二百歳を超えてるんですよ?


 老人を超えて仙人の境地でもおかしくない年齢だ。


 まあ、見た目は高校一年生、精神年齢もまだ中学生くらいなんだけどな。


     ◇


 ただ、守備の練習を重ねるうちに、一つ気づいたことがあった。


 俺は、相手のFWが何をしたいのか、かなり正確に予測できる。


 当然といえば当然だ。


 九回の人生で、俺はずっと攻撃する側だった。


 相手DFのどこを狙えば抜けるのか。


 どう動けばマークを外せるのか。


 どのタイミングで裏へ走ればパスを受けられるのか。


 そういうことばかり考えてきた。


 だから、相手FWの動きを見ていると、次に何をしたいのかが分かることがある。


 もちろん、分かるだけでは駄目だ。


 分かっていても、止められない相手はいる。


 松田大輔が、まさにそうだった。


 だが、相手の狙いを先回りして消すことはできる。


 味方の立ち位置を調整すれば、相手に危険なパスを出させないこともできる。


 俺は、少しずつ守備の面白さを理解し始めていた。


「右、もう少し絞って!」


「おう!」


「ボランチ、そこ空けるな!」


「分かった!」


 最初は、先輩たちに指示を出すことにも遠慮があった。

 

 いや、嘘だ。全く遠慮なんてしていない。

 

 今更俺は一年だからなんて考えは最初からなかった。

 

 先輩だろうが何だろうが後ろからずけずけと指示をする。

 

 この辺も監督が評価してくれているところな気がする。


 俺にいきなり守備の指示を出されて、面白くない先輩もいるだろう。


 だが、青森田中の先輩たちは違った。


「おい、もっと早く言え!」


「はい!」


「お前が見えてるなら、遠慮せず全部言え!」


「分かりました!」


 ありがたいことに、俺の指示を積極的に受け入れてくれた。

 

 俺の指示の意図、有効性に気が付いてくれているからだろう。

 

 勝つため、この意識が徹底されているので本当にいいチームだ。


 もちろん、間違っていれば容赦なく指摘される。

 

 しかし指示しなかった場合はもっと容赦なく罵倒された。

 

 ありがてぇありがてぇ。


 また、俺の起用でベンチに下がることになった先輩は、守備の細かい技術を何度も教えてくれた。


 正直、最初は少し気まずかった。


 自分のポジションを奪った一年生に、普通はここまで親切にできないだろう。


 ある日、思い切って聞いてみた。


「先輩、俺にそこまで教えてくれていいんですか?」


「何が?」


「いや、俺が試合に出てるせいで、先輩は……」


「ああ、そんなことか」


 先輩は笑った。


「俺はお前からポジションを取り返すつもりだぞ」


「えっ」


「だから、お前も手を抜くなよ。全国で勝つには、お前の力も必要なんだから」


 ……格好いい。


 何だ、この人。


 格好よすぎるだろ。


 俺なんて、九回の人生で何度ライバルの不幸を願ったことか。


 いや、もちろん実際に何かしたわけじゃないぞ。


 ちょっと試合前に腹を壊してくれないかな、と考えた程度だ。


 ……反省しよう。


 俺も、少しはこの先輩を見習うべきだ。


 そんな仲間たちに支えられながら、俺はセンターバックとして成長していった。


     ◇


 高校一年の夏。


 青森田中高校は、インターハイに出場した。


 全国の強豪が集まる大会。


 俺にとっても、センターバックとして初めて挑む大きな全国大会だった。


 そして、そこで俺は思いがけない注目を集めることになる。


『青森田中に異色の一年生センターバック』


『最後尾から攻撃を操る新しい司令塔』


『攻撃的MFから転向した注目の新星』


『中学MVPの挫折と挑戦』


 サッカー雑誌に、そんな見出しが並び始めたのだ。


 ……。


 おお。


 新しい司令塔。


 いい響きじゃないか。


 しかも、最後尾から攻撃を操る、だって?


 分かってるねえ、記者さん。


 なかなか見る目があるじゃないか。


 俺は、雑誌を何度も読み返した。


 そして、記事の載っているページに付箋を貼った。


 ……いや。


 別に浮かれてるわけじゃないぞ?


 自分のプレーがどう評価されているのか、客観的に確認するためだ。


 研究だよ、研究。


 その雑誌を寮の机に置いていたところ、同級生に見つかった。


「お前、自分の記事に付箋貼ってるのか?」


「研究資料だ」


「しかも、ここに赤線引いてるぞ」


「重要な部分だからな」


「『全国屈指のパスセンス』ってところだけ?」


「……重要だろ?」


 同級生は、腹を抱えて笑い始めた。


 失礼なやつだ。


 こっちは真面目に研究しているというのに。


 ちなみに、その雑誌は今も大切に保管している。


 研究資料だからな。


 何度でも言うぞ。


 研究資料だ。


 ただ、注目される一方で、俺自身の課題もはっきりしていた。


 パスや試合の組み立てでは、全国の強豪相手にも十分に通用する。

 

 十分通用というか、高校レベルを余裕で超えていると自負している。


 何しろ200年くらいやってるからな!


 だが、守備ではまだ不安定だった。


 相手の動きを読んで先回りできても、身体のぶつけかたを間違えると負ける。


 空中戦でも、体格のいいFWに苦戦した。


 全国には、うまいやつが山ほどいる。


 俺たちは勝ち進んだものの、優勝には届かなかった。


 悔しかった。


 でも、それ以上に、まだ伸びる余地があることが嬉しかった。


 九回の人生では、同じポジションで自分の限界を押し上げることばかり考えていた。


 今は違う。


 毎日のように、新しい発見がある。


 センターバックというポジションが、俺に新しい景色を見せてくれていた。


     ◇


 その年の秋。


 青森田中は、高円宮杯にも出場した。


 高校のサッカー部とクラブのユースチームが、同じ舞台で日本一を争う大会だ。


 当然、横浜マリナーズU18も出場していた。


 そして、そこには神誠一郎がいる。


 ジュニアユース時代、俺がサッカーを教えた天才。


 俺がマリナーズを去るとき、いつか代表で一緒にプレーしようと約束した友人だ。


 あいつとは、今でも連絡を取っている。


 マリナーズの関係者の連絡先は、ほとんど着信拒否にしているけどな。


 神だけは別だ。


 あいつに罪はない。


 悪いのは、俺をユースに昇格させなかった大人たちである。


 ……まあ、今となっては青森田中に来てよかったと思っているけど。


 それとこれとは話が別だ。


 恨みは恨み。


 感謝は感謝。


 そこはきっちり分けて考えるのが、大人というものだ。


 高円宮杯では、俺たちも順調に勝ち進んだ。


 マリナーズと当たる可能性もあった。


 しかし。


 対戦する前に、PK戦で敗れた。


 ……PK戦。


 これが、どうにも難しい。


 俺は九回の人生で、PK戦を何度も経験している。


 成功したこともある。


 失敗したこともある。


 だが、どれだけ経験を積んでも、絶対に勝てる方法なんてない。


 試合を支配していても、最後は負けることがある。


 その悔しさを、改めて味わうことになった。


 結局、その年は全国タイトルを獲得できなかった。


 だが、チームの手応えは確実に大きくなっていた。


 そして、俺自身も。


 センターバックとしての成長を、はっきりと感じていた。


     ◇


 高校二年生。


 ここから、青森田中高校の快進撃が始まった。


 一年間で、俺の身体は大きく変わっていた。


 筋力がついた。


 当たり負けする場面が減った。


 空中戦でも、以前ほど簡単には競り負けなくなった。


 もちろん、急に身体能力が化け物じみたわけではない。


 そんな都合のいい才能があるなら、九回も人生をやり直していない。


 ただ、相手の動きを予測して、先に有利な位置を取る。


 身体をぶつけるタイミングを工夫する。


 無理にボールを奪いに行かず、相手の選択肢を減らす。


 そういった積み重ねで、守備の安定感は大きく向上した。


 そして、俺の最大の武器である視野とパス。


 これも、センターバックとして磨き続けた。


 相手が前からプレスをかけてくれば、その背後を狙う。


 引いて守ってくれば、味方を動かして相手の守備を揺さぶる。


 無理に攻める必要がなければ、ボールを保持して相手を走らせる。


 守備のときは、味方の配置を整えて危険な場所を消す。


 攻撃のときは、相手の配置を崩して危険な場所を作る。


 それが、俺の仕事になっていた。


「おい! 右、空いてるぞ!」


「分かってる!」


「ボランチ、もう少し前!」


「おう!」


「そこは無理するな! 一回戻せ!」


 いつの間にか、俺の声がグラウンドに響くのが当たり前になっていた。


 監督も、以前ほど細かく指示を出さなくなった。


 いや。


 俺へのダメ出しは相変わらず多かったけど。


「今の判断は悪くない」


「ありがとうございます!」


「だが、その前の守備は遅い」


「はい!」


「もっと早く準備できただろ」


「はい!」


 ……。


 褒めたと思ったら、すぐこれだ。


 監督。


 もうちょっとアメを増やしてくれてもいいですよ。


     ◇


 その年の夏。


 青森田中高校は、インターハイで全国制覇を果たした。


 決勝戦。


 相手は、攻撃力を売りにする関東の強豪校だった。


 前半から何度も攻め込まれたが、俺たちは守備ラインを崩さなかった。


 俺は、相手のエースFWに自由を与えないよう、味方へ指示を出し続けた。


 そして後半。


 相手が前がかりになった瞬間、俺のロングパスから決勝点が生まれた。


 一対〇。


 試合終了の笛が鳴った瞬間、チームメイトたちが俺に飛びついてきた。


「やったぞ!!」


「全国優勝だ!!」


「お前のパス、最高だった!!」


 俺も、思い切り叫んだ。


「よっしゃあああ!!」


 嬉しかった。


 素直に、嬉しかった。


 九回の人生で、何度も全国大会を経験してきた。


 それでも、優勝の喜びが薄れることはない。


 むしろ、今回は特別だった。


 自分が初めて挑戦したポジションで、日本一になったのだから。


 表彰式のあと、監督が俺の肩を叩いた。


「よくやったな」


「ありがとうございます!」


「ただ、最後の競り合いは危なかったぞ」


 ……。


 やっぱりか。


 そこは今日くらい忘れてくれてもいいんじゃないか?


 全国優勝したんですよ?


 でも、監督は笑っていた。


 俺も、つられて笑った。


 このおっさんのことが、少しずつ分かってきた気がする。


     ◇


 秋の高円宮杯。


 青森田中は、再び優勝を目指して大会に臨んだ。


 インターハイ王者として、当然、注目も集まっていた。


 そして、今年も横浜マリナーズU18が出場していた。


 神誠一郎は、すでにユース年代を代表する選手になっていた。


 俺も、あいつの試合映像を何度か見ていた。


 中学時代からうまかったが、さらにとんでもない選手になっている。


 トラップ。


 ドリブル。


 シュート。


 どれも、一段と磨かれていた。


 特に厄介なのが、最初のタッチだ。


 ボールを受けた瞬間、相手DFが届かない場所へ置く。


 それだけで、次のプレーが圧倒的に有利になる。


 俺が中学時代に教えたことも、きっちり身についている。


 ……いや。


 身につきすぎだろ。


 教えた本人よりうまくなるって、どういうことだ。


 まあ、そういう才能だからこそ、神は神なんだけど。


 名前だけは、今でも少し引っかかる。


 クソ神様とは無関係だと分かっているんだけどな。


 それでも、あの名前を聞くと、一瞬だけ警戒してしまう。


 ……完全に風評被害だ。


 神、すまん。


 お前は何も悪くない。


 さて。


 そんな神のいるマリナーズと、今度こそ対戦できるかと思っていたのだが。


 またしても、俺たちはPK戦で敗れた。


 しかも、マリナーズと対戦する前に。


 ……おい。


 ちょっと待て。


 二年連続だぞ?


 何でだよ!!


 試合内容では、決して負けていなかった。


 それでも、勝てなかった。


 PK戦で敗退が決まったあと、俺はしばらくピッチから動けなかった。


 悔しい。


 本当に悔しい。


 だが、これもサッカーだ。


 勝てるはずの試合に負けることもある。


 どれだけ準備しても、思いどおりにならないことがある。


 九回の人生で、嫌というほど学んできたことだった。


 ただ。


 来年こそは。


 絶対に、最後まで勝ち残ってやる。


 そう心に決めた。


     ◇


 冬。


 全国高校サッカー選手権。


 青森田中高校は、再び全国の頂点に立った。


 インターハイに続く、全国制覇。


 高校二冠である。


 学校は大騒ぎになった。


 地元の新聞にも、大きく取り上げられた。


 青森田中の名前は、全国のサッカーファンに知られるようになった。


 そして、俺自身も。


『高校年代最高峰のセンターバック』


『攻撃を組み立てる守備の司令塔』


『青森田中の二冠を支えた異色のDF』


 そんな記事が増えていた。


 プロクラブのスカウトが、試合を見に来るようにもなった。


 中には、練習を見学したいというクラブもあったらしい。


 ……。


 いいね。


 実にいい。


 九回の人生で、俺は何度もプロ入りを目指してきた。


 プロになれた人生もあった。


 なれなかった人生もあった。


 だが、今回は高校二年生の時点で、これだけ注目されている。


 それも、これまでとはまったく違うポジションで。


 確実に、前へ進んでいる。


 ただし。


 俺の目標は、ここじゃない。


 高校二冠。


 全国屈指のセンターバック。


 プロクラブからの注目。


 どれも嬉しい。


 どれも、これまでの努力が報われた証拠だ。


 だが、俺が目指しているのは日本代表A代表だ。


 高校で日本一になっただけでは、届かない。


 プロになっただけでも、届かない。


 九回の人生で、そのことは十分すぎるほど分かっている。


 だからこそ、浮かれている暇はない。


 ……まあ。


 優勝した日の夜くらいは、浮かれてもいいと思うけどな。


 俺だって人間だ。


 しかも、人類の未来を背負わされている人間だ。


 少しくらい、ご褒美があってもいいだろう。


     ◇


 そのころ。


 横浜マリナーズU18も、着実に強くなっていた。


 いや。


 着実に、なんて言葉では足りないかもしれない。


 神誠一郎を中心にした攻撃陣は、ユース年代で圧倒的な力を見せていた。

 

 神を中心に石河、田井中など後に日本代表に選ばれるメンバーが脇を固めている隙の無い布陣だ。


 クラブユースの全国大会で優勝。


 リーグ戦でも、強豪を次々と撃破。


 神は得点を量産し、サッカー雑誌でも頻繁に取り上げられるようになっていた。


 そして、ついに。


 神誠一郎が、U-17日本代表に選ばれた。


 その知らせを聞いたとき、俺は思わず声を上げた。


「おおっ! やったじゃないか!」


 すぐに、神へ電話をかけた。


「お前、代表に選ばれたんだって?」


『うん! 昨日、連絡が来たんだ』


「すごいじゃないか! おめでとう!」


『ありがとう!』


 電話の向こうから、神の嬉しそうな声が聞こえてきた。


 俺も、心から嬉しかった。


 何しろ、あいつが本格的にサッカーを始めたころから知っている。


 最初は、技術こそ未熟だったが、とんでもない才能を持っていた。


 それが、たった数年で年代別日本代表だ。


 しかも、まだまだ成長している。


 ……。


 いやあ。


 本当にすごいやつだ。


 俺がサッカーを教えた選手が、日本代表になる。


 これ、なかなか感慨深いものがあるな。


『でも、まだまだだよ』


 神が言った。


『俺、もっと上を目指したいんだ』


「いいじゃないか。目指せよ」


『うん。それに、いつか一緒に代表でプレーしたいし』


 その言葉に、俺は少しだけ黙った。


 中学三年のとき。


 マリナーズを去る俺に、神は一緒にクラブを辞めると言った。


 だが、俺はそれを止めた。


 お前はマリナーズに残れ。


 そして、いつか日本代表で一緒にプレーしよう。


 そう約束した。


 あいつは、今でも覚えているんだな。


「そうだな。俺もそのつもりだ」


『絶対だよ!』


「ああ。絶対だ」


 電話を切ったあと、俺はしばらく天井を見上げていた。


 神誠一郎。


 本当に、いいやつだ。


 サッカーの才能だけじゃない。


 性格までいい。


 何だよ。


 欠点はないのか、あいつには。


 ……いや。


 一つあったな。


 名前だ。


 神という名字だけは、どうにも信用しきれない。


 もちろん、本人には何の責任もないんだけど。


 それにしても。


 悔しくないと言えば、嘘になる。


 神は、もう日の丸を背負っている。


 俺は、今回の人生では年代別代表にはまだ呼ばれていない。


 もちろん、年代別代表とA代表は違う。


 俺の最終目標は、あくまでA代表だ。


 だが、年代別代表に選ばれるということは、それだけ将来を期待されている証拠でもある。


 神は、確実にその道を進んでいる。


 俺も負けていられない。


 ……いや。


 別に、神に負けたくないだけじゃないぞ。


 俺は、あいつと一緒に代表でプレーしたいんだ。


 そのためにも、まずは自分が上へ行かなければならない。


     ◇


 高校三年生。


 青森田中高校は、全国屈指の強豪として新しいシーズンを迎えた。


 前年のインターハイ王者。


 高校選手権王者。


 そして、主力の多くが残っている。


 当然、周囲からの期待も大きかった。


 俺自身も、今ではチームの中心選手になっていた。


 守備ラインを統率し、後方から攻撃を組み立てる。


 相手の攻撃を予測して、危険な場所を消す。


 必要なら、正確なロングパスで一気にチャンスを作る。


 九回の人生で磨いた攻撃の技術と、高校で身につけた守備の能力。


 その二つが、ようやく一つになり始めていた。


 雑誌では、俺のことを『新時代のセンターバック』と呼ぶ記事も出ていた。


 ……新時代。


 いいねえ。


 何しろ、俺は本当に未来のサッカーを知っているからな。


 令和の時代には、センターバックにも高い足元の技術が求められるようになる。


 もちろん、今の時代にも優秀なパスを出すDFはいる。


 だが、俺のように最後尾から攻撃全体を組み立てる選手は、まだ珍しい。


 そのせいか、試合後に記者から質問されることも増えた。


「どうしてセンターバックなのに、そんなにパスがうまいんですか?」


「もともと攻撃的MFだったので」


「相手の動きを読むのが得意なのは、なぜですか?」


「ずっと相手の動きを研究してきたので」


「高校生とは思えない落ち着きがありますね」


「ありがとうございます」


 ……。


 そりゃそうだろ。


 精神年齢、二百歳超えてるからな。


 とは言えない。


 絶対に言えない。


 言った瞬間、サッカー選手ではなく別の意味で注目されてしまう。


 下手をすれば、病院に連れていかれる。


 危ない危ない。


 秘密は墓場まで持っていこう。


 ……いや。


 十回目の人生で墓場に入ったら、人類が終わるんだった。


 やっぱり墓場には、まだ入りたくないな。


     ◇


 夏。


 青森田中高校は、インターハイで連覇を達成した。


 二年連続の全国制覇。


 前年以上に安定した戦いぶりだった。


 俺たちの守備は、全国でもトップクラスの評価を受けるようになっていた。


 失点が少ない。


 ボールを奪ったあとの攻撃が速い。


 そして、相手のプレスを受けても、簡単には崩れない。


 何より、チーム全体が同じ考えで動けるようになっていた。


 俺が指示を出す前に、味方が動くことも増えた。


 それが嬉しかった。


 俺一人が頑張っているわけじゃない。


 みんなが、同じ景色を見ている。


 それこそ、監督が目指していたサッカーなのかもしれない。


 優勝後、監督が俺に言った。


「お前、ようやく一人前のセンターバックになってきたな」


「ありがとうございます!」


「だが、まだ完成したわけじゃないぞ」


「分かってます!」


 ……。


 もう慣れた。


 完全に慣れたぞ。


 このおっさんが素直に褒めてくれないのは、もはや仕様だ。


 ツンデレ監督、三年目。


 俺は、ついに攻略方法を身につけたのである。


 ……まあ。


 攻略したところで、練習が楽になるわけじゃないんだけどな。


     ◇


 一方、横浜マリナーズU18も、さらに強くなっていた。


 神誠一郎は、U-17代表に続いて、上の年代の代表活動にも参加するようになっていた。


 さらに、ユース所属ながらトップチームの試合にも出ている。


 そして、ユースチームでも中心選手として活躍していた。


 クラブユース選手権で優勝。


 各大会でも勝ち進み、タイトルを重ねている。


 サッカー雑誌では、こんな特集が組まれていた。


『高校最強・青森田中高校』


『ユース最強・横浜マリナーズU18』


 二つのチームが、同じページで紹介されている。


 その記事を見たとき、俺は思わず笑ってしまった。


 青森田中。


 横浜マリナーズ。


 まさか、この二つのチームが、こんな形で比較されることになるとはな。


 しかも、記事には俺と神の写真まで並んでいた。


『かつて同じジュニアユースでプレーした二人』


『最後尾の司令塔と、天才アタッカー』


『高校年代最強を決める直接対決は実現するのか』


 ……。


 いいじゃないか。


 なかなか面白い記事だ。


 ただし、一つだけ言わせてほしい。


 神が天才なのは認める。


 あいつは本当に天才だ。


 でも。


 俺だって、少しくらい天才扱いしてくれてもいいんじゃないか?


 九回の人生を費やして、ようやくここまで来たんだぞ。


 ……。


 いや。


 冷静に考えたら、それは天才じゃないな。


 むしろ、ものすごく努力した凡人だ。


 うん。


 それでいい。


 俺は、九回分の努力で天才に挑む。


 それだけのことだ。


     ◇


 秋。


 高円宮杯が始まった。


 高校の強豪と、クラブユースの強豪。


 全国のトップチームが、日本一を目指して戦う大会。


 青森田中は、前年の高校二冠王者として臨む。


 そして、横浜マリナーズU18は、クラブユースの王者として臨んでいた。


 大会前から、両チームの対戦を期待する声は多かった。


 高校最強と、ユース最強。


 どちらが本当に強いのか。


 そんな話題が、サッカー雑誌や新聞でも取り上げられていた。


 俺としても、興味はあった。


 神とは、中学三年のとき以来、同じピッチに立っていない。

 

 そもそも電話をたまにするだけで会ってすらいない。


 あいつがどれほど成長したのか。


 実際にピッチで確かめてみたい。


 それに、俺自身も大きく変わった。


 神が知っている俺は、攻撃的MFだ。


 十番を背負い、前線で攻撃を組み立てる選手。


 今の俺は、センターバック。


 最後尾から、チーム全体を動かす選手だ。


 もちろん、神も俺の転向を知っている。


 雑誌にも載っているし、電話でも話しているからな。


 だが、知っていることと、実際に対戦することは違う。


 俺の守備が、神に通用するのか。


 神の攻撃を、俺が止められるのか。


 正直、楽しみだった。


 そして。


 俺には、もう一つ楽しみがある。


 横浜マリナーズ。


 あのクラブを、公式戦で倒す機会だ。


 ……。


 ふふふ。


 ついに来たか。


 いやあ、長かった。


 中学三年でユース昇格を拒否されてから、もう三年近くになる。


 俺を必要ないと言った人たちに、今の俺を見せてやりたい。


 そして、できれば。


 試合後に、ものすごく悔しそうな顔をしてほしい。

 

 目にもの見せてやるぜぇ。


 ……。


 うん。


 我ながら、器が小さい。


 精神年齢は二百歳を超えているのに、器の大きさは小学生並みだ。


 だが、仕方ない。


 恨みというものは、そう簡単には消えないのだ。


 もっとも。


 俺の本当の目標は、マリナーズを倒すことじゃない。


 日本代表A代表に選ばれること。


 そのためには、神のような選手を相手にしても、堂々と戦えるようにならなければならない。


 高校年代で最強を名乗るなら、避けては通れない相手だ。


     ◇


 青森田中は、高円宮杯を順調に勝ち進んだ。


 初戦。


 二回戦。


 準々決勝。


 強豪相手にも、俺たちは自分たちのサッカーを貫いた。


 守備を固めるだけではない。


 相手の攻撃を防ぎ、そこから試合を組み立てる。


 時にはロングパス一本でチャンスを作り、時には短いパスをつないで相手を崩す。


 俺たちのサッカーは、全国の強豪相手にも通用していた。


 そして、準決勝。


 相手は、昨年もユースの大会で準優勝していたユースチームだった。


 厳しい試合になった。


 前半は、互いに決定機を作れない。


 後半も、相手の堅い守備に苦しんだ。


 だが、残り十分。


 俺は、相手のプレスが一瞬緩んだところを見逃さなかった。


 ボランチへ縦パス。


 そこから右サイドへ展開。


 さらに、中央へ折り返す。


 最後は、FWが押し込んだ。


 一対〇。


 そのまま試合終了。


 青森田中高校、高円宮杯決勝進出。


 俺たちは、ついに決勝の舞台へたどり着いた。


 そして。


 もう一方の準決勝。


 横浜マリナーズU18が、三対一で勝利したという知らせが入った。


 神誠一郎が、二得点。


 またしても、あいつが試合を決めたらしい。


 ……やるじゃないか。


 神。


 俺も、ちゃんと勝ったぞ。


 ようやく、対戦できるな。


     ◇


 その夜。


 宿舎の部屋で休んでいると、携帯電話が鳴った。


 画面には、見慣れた名前。


 神誠一郎。


 俺は、すぐに電話に出た。


「よう、神」


『お疲れ! 決勝進出おめでとう!』


「お前もな。二得点したんだって?」


『うん。今日は調子よかったよ』


「相変わらずだな、お前は」


『ようやく対戦できるね』


 神の声が、少し弾んでいた。


 俺も、自然と笑みがこぼれる。


「そうだな。ずいぶん待たせた」


『ずっと楽しみにしてたんだ』


「俺もだよ」


『手加減しないからね』


「当たり前だろ。こっちも全力でいくぞ」


『うん!』


 神は、少し間を置いてから言った。


『でも、何だか不思議だね』


「何が?」


『昔は、同じチームでプレーしてたのに』


「ああ」


『今度は、敵同士なんだね』


 確かに、そうだ。


 中学時代。


 俺は、神にサッカーを教えた。


 一緒に練習して。


 一緒に試合に出て。


 一緒に勝利を喜んだ。


 それが今では、別々のチームの中心選手だ。


 神は、マリナーズで天才アタッカーとして成長した。


 俺は、青森田中でセンターバックとして新しい道を見つけた。


 まったく違う場所で、まったく違う成長を遂げた。


 そして、ようやく同じピッチで向かい合う。


「まあ、敵同士って言っても、試合の間だけだろ」


『そうだね』


「試合が終わったら、また普通に話せばいい」


『うん!』


「ただし、試合は俺たちが勝つからな」


『それはどうかな?』


「お、言うようになったじゃないか」


『俺だって成長してるんだから』


「知ってるよ。楽しみにしてる」


『うん。じゃあ、決勝で!』


「ああ。決勝でな」


 電話が切れた。


 俺は、携帯電話を机に置いた。


 神誠一郎。


 俺がサッカーを教えた、初めての天才。


 そして、今では年代別日本代表に選ばれる選手だ。


 あいつは、確実に上へ進んでいる。


 俺も、負けていられない。


 神を止める。


 マリナーズに勝つ。


 高円宮杯で優勝する。


 どれも、今の俺にとって大切な目標だ。


 だが、その先にあるものを忘れてはいけない。


 日本代表A代表。


 九回の人生で、どうしても届かなかった場所。


 そこへ行くために、俺はここにいる。


 だからこそ。


 この試合は、絶対に負けられない。


 それにしても。


 横浜マリナーズ、か。


 ふふふ。


 ついに、この日が来たな。


 俺をユースに昇格させなかったこと。


 後悔させてやる。


 神には悪いが、試合は俺たちが勝つ。


 そして、マリナーズの関係者たちには、思い切り悔しがってもらおう。


 ……神も悔しがってもいいぞ。


 試合なんだから、それは仕方ない。


 ただし、試合が終わったら、また一緒に飯でも食おう。


 昔みたいにな。


 高校最強、青森田中高校。


 ユース最強、横浜マリナーズU18。


 二つの頂点が、ついにぶつかる。


 そして、その中心には。


 九回分の努力を背負ったセンターバックと。


 天性の才能を持つアタッカーがいる。


 さあ。


 決着をつけようじゃないか。


 どちらが、この世代で一番強いのか。

小説での高円宮杯は昔のトーナメント方式を採用している設定です


ほかにもサッカー小説を投稿しています。

この小説とはかなり読み味が違う作品ですが、よろしければご一読ください。


この街に、プロサッカークラブを。

~選手の能力が見えるIT社長、県6部からプロを目指す~


https://ncode.syosetu.com/n2172mu/

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