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第十七話 始まりの道標

資料室の扉が閉まる音が、静かな空間に響いた。


 俺は思わず周囲を見回した。


 壁一面に並ぶ資料棚。


 古い紙の資料から、最新の電子端末まで、さまざまな記録が保管されている。


 ここには、2054年の新大阪駅に関する膨大な記録が眠っている。


 ……はずだった。


「さて」


 未来の俺が端末を操作しながら言った。


「どこから調べる?」


「それを今から考えるんじゃないのか?」


「お前も考えろ」


「未来の俺がいるなら、俺いらなくない?」


「それは違う」


 未来の俺は画面から目を離さずに答えた。


「俺は未来の情報を知っている」


「うん」


「だが、お前は未来を知らない」


「うん」


「だからこそ、お前にしか気づけないこともある」


「……なんか急に真面目だな」


「真面目な話だからな」


 確かにそうかもしれない。


 未来の俺は、2054年を知っている。


 この時代の新大阪駅も。


 ここに存在する鉄道路線も。


 今まで起きた出来事も。


 けれど俺は、何も知らない。


 だからこそ。


 俺にとっては当たり前ではないことが、この時代の人間にとっては当たり前になっている可能性がある。


「つまり」


 俺は資料棚を見渡した。


「俺が変なところを見つける役?」


「簡単に言えばそうだ」


「雑だな」


「分かりやすいだろう」


 未来の俺は、ほんの少しだけ笑った。


 ……やっぱり変な感じだ。


 自分と同じ人間が、自分の目の前にいる。


 しかも、俺より何十年も歳を取った未来の姿。


 少し前までなら、こんな状況を想像すらしなかった。


「とりあえず」


 俺はポケットから端末を取り出した。


「あの路線について調べよう」


 画面に、あのロードマップを表示する。


 新大阪を中心に広がる無数の線。


 完成した路線。


 計画された路線。


 そして、実現しなかった路線。


 その中に。


 一本だけ。


 名前のない線が存在していた。


「……これだ」


 俺は画面を拡大する。


 新大阪から伸びる細い線。


 路線名はない。


 駅名もない。


 計画番号もない。


 ただ、そこに描かれているだけだった。


「まずは検索してみる」


 未来の俺が言った。


「路線の位置から、過去の計画資料を探す」


「名前がないのに?」


「名前がないなら、名前以外から探せばいい」


「なるほど」


 端末の画面に大量の資料が表示された。


 新大阪周辺再開発計画。


 高速鉄道整備構想。


 都市交通ネットワーク。


 地下構造変更計画。


 未来の俺は、次々と資料を開いていく。


 俺も別の端末を使い、資料を確認する。


 しかし。


「……ないな」


 一時間ほど経った頃、俺は椅子にもたれかかった。


「何が?」


「全部」


 画面には、検索結果が並んでいる。


 けれど、あの線に関する記録は一つもなかった。


「路線図に描かれてるんだぞ?」


「ああ」


「なのに記録がないって、おかしいだろ」


「おかしい」


「もっと否定しろよ」


「おかしいものはおかしい」


 未来の俺は淡々としている。


 俺はため息をついた。


 調べても。


 調べても。


 何も出てこない。


 そもそも、本当に鉄道路線なのか。


 地図上では確かに路線のように描かれている。


 しかし、それ以外の情報が存在しない。


「なあ」


「なんだ」


「これ、ロードマップに描かれてるってだけで、本当に路線なのか?」


 未来の俺の手が止まった。


「どういう意味だ?」


「例えば……道路とか」


「線路の記号になっている」


「地下道とか」


「構造が違う」


「じゃあ……」


 俺は言葉を止めた。


 確かに。


 あの線は、明らかに鉄道路線として描かれている。


 だからこそ、不自然だった。


「やっぱり、路線なんだよな」


「ああ」


「じゃあなんで、名前がない?」


 答えは返ってこなかった。


 しばらくの間。


 資料室には、端末を操作する音だけが響いていた。


 ふと。


 俺は資料棚の奥に目を向けた。


「……あれ?」


「どうした」


「これ、何の資料?」


 一番下の棚。


 他の資料とは少し違う、古びたファイルが並んでいた。


 未来の俺も近づいてくる。


「旧資料か」


「旧資料?」


「電子化されなかった記録だ」


「なんで?」


「重要性が低いと判断されたものや、分類できなかった資料は、そのまま保管されていることがある」


「分類できなかった?」


 俺はその言葉に引っかかった。


 分類できなかった資料。


 それは。


 名前のない路線と少し似ている気がした。


「見てもいい?」


「構わない」


 俺は一冊のファイルを取り出した。


 表紙には、


『新大阪駅周辺交通計画 資料集』


と書かれている。


「普通じゃん」


「中身が普通とは限らない」


「未来の俺、今日ずっとそれっぽいこと言ってるな」


「そうか?」


「自覚ないのが一番怖い」


 ファイルを開く。


 中には古い地図や計画書が挟まれていた。


 現在の新大阪とはまったく違う姿。


 まだ完成していない施設。


 計画だけで終わった路線。


 実現しなかった駅。


「すご……」


 思わず声が出た。


 ここには。


 未来になる可能性があったものが、いくつも残されていた。


「これ、全部実現しなかったの?」


「大半はな」


「もったいないな」


「未来は選択の積み重ねだ」


「また出た」


「何が?」


「哲学」


 未来の俺は無視した。


 俺は資料を一枚ずつ確認していく。


 地図。


 計画書。


 構造図。


 路線案。


 しかし。


「……ん?」


 ページをめくる手が止まった。


 一枚の紙。


 他の資料と比べると、明らかに情報が少ない。


 白い紙の中央に。


 簡単な地図が描かれていた。


「これ」


 未来の俺が近づいてくる。


「何かあったか?」


「……分からない」


 地図には新大阪周辺の簡略図が描かれている。


 いくつかの路線。


 いくつかの駅。


 そして。


「……待って」


 俺は紙を持ち上げた。


「この線」


 未来の俺の表情が変わった。


 そこには。


 ロードマップで見つけたものと同じような一本の線が描かれていた。


「同じだ」


「……いや」


 未来の俺が紙を受け取る。


「完全には同じじゃない」


「え?」


「見ろ」


 彼が指差した場所。


 線の始まり。


 ロードマップでは新大阪から始まっている。


 しかし、この古い資料では。


 線の始まりに、小さな印が付いていた。


「これ、何?」


「記号だな」


「読める?」


「……分からない」


「未来の俺でも?」


「だから未来の俺を万能だと思うな」


「いや便利キャラだったから」


「誰がだ」


 俺たちは紙を覗き込んだ。


 小さな記号。


 矢印のようにも見える。


 何かの文字にも見える。


 けれど、はっきりとは分からない。


「これが路線名?」


「違うと思う」


「じゃあ何だ?」


 未来の俺はしばらく考えていた。


 そして。


「……道標」


「え?」


「昔の地図には、目的地までの方向を示すための印があった」


「道標?」


「ああ」


 未来の俺は地図を見つめた。


「ただ、これは目的地を示していない」


「じゃあ?」


「始まりを示している」


 俺はもう一度、地図を見る。


 一本の線。


 そして、その始まりに残された記号。


「始まり……」


「この路線を調べるなら」


 未来の俺はゆっくりと言った。


「まず、この印が何を意味するのかを知る必要がある」


 俺は小さく頷いた。


 名前のない路線。


 何も分からなかった。


 どこへ向かうのか。


 なぜ存在するのか。


 誰が計画したのか。


 しかし。


 今、初めて。


 進むべき方向が見えた気がした。


「これが……最初の手がかり」


「いや」


 未来の俺は首を振った。


「手がかりではない」


「え?」


「これは、もっと単純なものだ」


 彼は紙に残された小さな記号を指差した。


「俺たちが進むべき方向を示している」


 その言葉を聞いた瞬間。


 俺は理解した。


 答えはまだ遠い。


 名前のない路線の正体も。


 記録が存在しない理由も。


 何ひとつ分かっていない。


 それでも。


 闇の中を歩き続けるだけだった俺たちに。


 初めて。


 小さな光が見えた。


「……道標」


 俺が呟く。


「ああ」


「始まりの」


 未来の俺は静かに頷いた。


「ここからだ」


 資料室の窓はない。


 時間がどれほど経ったのかも分からない。


 2054年。


 未来の新大阪。


 その片隅に残された一枚の古い資料。


 そこには。


 誰にも名前を与えられなかった一本の線と。


 その始まりを示す、小さな記号が残されていた。


 俺はその記号を見つめる。


 まだ意味は分からない。


 けれど。


 分からないからこそ。


 調べる。


 進む。


 そしていつか。


 この路線の正体へ辿り着く。


 2026年の俺と。


 2054年の俺。


 二人の時間が交差したこの場所から。


 新しい謎解きが、今。


 本当の意味で始まった。

第二章、第十七話まで来ました!!


今回のタイトルは、


「始まりの道標」


です。


第十六話で見つかった「名前のない路線」。


路線図には確かに存在しているのに、路線名も駅名も計画番号もない。


そして今回、その謎を解くための最初の手がかりが見つかりました。


一枚の古い資料。


そこに残されていた、謎の記号。


まだ、この記号が何を意味しているのかは分かりません。


ですが、何も分からなかった状態から、少しだけ前へ進むことができました。


だからこそ今回のタイトルは、


「始まりの道標」


です。


そして第二章では、第一章とは少し違い、2026年の主人公と2054年の主人公が一緒に謎を追っていきます。


未来の自分と一緒に未来の謎を解く。


……改めて考えると、なかなか不思議な状況ですね笑


果たして、あの記号は何を示しているのか。


そして、「名前のない路線」はどこへ向かっているのか。


二人の調査は、まだ始まったばかりです。


次回、第十八話。


新たな手がかりを求めて、物語はさらに進みます。


ぜひ次回もお楽しみに!!

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