第26話:落書きの風刺、潰えた権威の断末魔
慶応3年(1867年)江戸の日本橋、そして京都の三条大橋。
朝霧が晴れるとともに、町のど真ん中に見慣れぬ大きな看板が立てられているのを、通行人たちは怪訝そうな顔で見上げた。
そこには、達筆でありながら、どこか毒を含んだ狂歌が書き連ねられていた。
『 雲の上 威張りし六人 腹くだし
銭の重みに 腰も折れけり 』
『 国を売り 民を泣かせて 積む徳が
今は病室 薬漬けなり 』
往来を行き交う町人たちが、看板を読み上げてはクスクスと笑い声を漏らす。
板倉、稲葉、酒井、そして容保、蒔田、松平康正。幕府の中枢を担い、つい先週まで「畏怖されるべき権力者」だった六人が、龍馬の仕掛けた経済制裁という現実に耐えきれず、揃って病院に担ぎ込まれたという醜聞を、見事に風刺した内容だった。
「ひどいことを書くもんよ……」と笑いながら言う魚屋の横で、瓦版売りがさらに煽る。
「おい聞いたか! あの六人、うわ言で『海援隊の手形が』『米が届かない』と泣き叫んでおるそうやぞ! 武士の意地もへったくれもあったもんじゃねえ!」
その言葉に、通行人たちは腹を抱えて笑った。
もはや誰も、彼らを恐れてはいない。
絶対的だと思っていた権威が、実は「銭の多寡」だけで簡単に崩れ去る弱い人間だったという事実。
それを民衆は、狂歌を通じて共有し、嘲笑に変えていた。
街角の看板は、徳川幕府という巨大な神輿が、完全に傾いたことを告げるサインだった。
(これで、この国に幕府を悼む奴は一人もいなくなったな)
俺は雑踏の中で、看板を面白そうに眺める町人の姿を背に歩き出した。
権威とは、崇められているうちは神だが、笑われた瞬間にただの役立たずになる。
六人が病室でいくら回復を願っても、もう世間の目には「過去の遺物」として刻印されてしまったのだ。
さあ、あとは最後に残った「主」に、引導を渡すだけだ。
株式会社・日本、その設立の準備は完璧に整った。




