第25話:街角の狂歌、瓦解する徳川の神話
その朝、江戸・日本橋と京都・四条大橋のたもとに、ひっそりと、しかし異様な存在感を放つ巨大な看板が立てられた。
通行人たちが足を止め、その墨書きを読み上げるたびに、街には忍び笑いと、やがて大きなどよめきが広がっていった。
そこには、かつての支配者たちへの痛烈な皮肉が、狂歌として刻まれていた。
『 武士の 意地も名誉も 損益で
消えて儚き 徳川の夢 』
『 幕府去り 龍馬の作る 世の海に
浮かぶも沈むも 株次第なり 』
看板を目にした町人たちは、最初は戸惑っていた。
しかし、病院に担ぎ込まれた重臣たちの噂と、海援隊が提示する新しい時代の仕組みを知る者たちにとって、それはこの上ない「真理」として受け入れられた。
「……なるほどな。刀じゃなくて、算盤に負けたってことか」
浪人が看板を指さして笑う。
かつて徳川家康が作り上げた「武士の世」という巨大な夢。
それが、坂本龍馬という一人の男が持ち込んだ「経済合理性」という名の嵐によって、いとも簡単に計算式へと変えられてしまった。
看板は、単なる落書きではない。
これは龍馬から、倒れた重臣たちへの「最後の引導」だった。
(これで決定打や)
俺は離れた場所から、看板の前に群がる町人たちを眺めていた。
人々はもう、倒れた老中や容保を恐れてはいない。
看板を読み、笑い、そして「これからはどんな商売が始まるのか」と、希望に満ちた目で未来を語り合っている。
徳川の権威は、もはや歴史の教本の中でしか生きられない遺物となった。
街角の狂歌が笑い声に変わるたび、俺が創り上げた『株式会社・日本』の株価は、目に見えぬところで確実に上昇している。




