第24話:診断書に記された「敗北」
江戸と京、二つの街の病院に分かれて入院していた幕府の重臣六人。
彼らを診察した医師たちは、一様に眉間に深い皺を寄せ、重苦しい表情で顔を見合わせていた。
脈を取り、顔色を診て、瞳孔を確認したものの、どこにも目立った外傷はない。
診察を終えた名医が、廊下で控えていた側近たちに告げた診断は、あまりにも無情なものだった。
「……過労、および極度の神経衰弱にございます」
その言葉に、側近たちは絶句した。
「過労……? 殿たちは、ただ政務を執っておられただけでは……」
「いいえ」
医師は首を横に振った。
「これは一般的な政務の疲れではございません。まるで、出口のない迷路の中で、一晩中計算を続けさせられたような……脳が『論理』の重圧に押しつぶされております。これほどの高貴な方々が、これほどまでに脆く精神を摩耗させるなど、前例がありませぬ」
病室のベッドの上では、稲葉正邦がうわ言のように「相場が……海援隊の手形が……」と呟き、隣の部屋では松平容保が虚ろな目で「もはや幕府に打つ手はない……」と繰り返していた。
彼らは戦場で傷ついたのではない。
坂本龍馬という男が提示した、あまりに合理的な「数字の暴力」と、武士の美学が通用しない「資本の論理」という未知の怪物と対峙し、その答えを出せぬまま心が折れたのだ。
医師は溜息をつき、六人全員の診断書に同じ文言を書き入れた。
『原因:現実との乖離による精神的崩壊。回復の見込み、極めて困難』
彼らは病院という安全な場所にいながら、自分たちの支配してきた世界が、外の世界で自分たちの知らない間に「龍馬の所有物」に書き換わっているという事実に、心が耐えられなかったのだ。
医者たちは知らない。彼らが診ているのは、ただの病人ではなく、一人の浪人に完膚なきまでに敗北し、歴史の敗残者となった旧時代の亡霊たちであることを。




