第22話:お上の「正体」、瓦版を揺らす噂
江戸の街は、異様な空気に包まれていた。
普段なら町人の視線など歯牙にもかけない御用籠が、今日に限っては猛スピードで病院へと駆け抜けていく。
担架の上で青ざめた顔を晒しているのは、あの老中、板倉勝静様……いや、間違いなく板倉様その人だった。
「おい、見たかよ。今の……」
「見た。あれは間違えねえ、徳川の重鎮だ。あんな無様な姿、初めて見たぞ」
往来を行き交う町人たちが、足を止めて呆然と呟く。
つい昨日まで、彼らは「お上」であり、逆らうことのできない「天」のような存在だった。
だが、今の彼らはどうだ。
着飾った衣は乱れ、生気もなく、ただの「死にかけの老人」として、医者に抱えられている。
一人の瓦版屋が、人だかりの中で叫び始めた。
「号外! 号外だ! 幕府の頭脳、全員ご臨終寸前! 坂本龍馬という『富の神』に魂を抜かれたらしいぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、街の空気が変わった。
これまで幕府に対して抱いていた「畏怖」が、急速に「軽蔑」と「無関心」に変わっていく。
病室の窓から差し込む陽光の下で、彼らがどれほど偉そうに振る舞おうとも、病院のベッドの上では平民となんら変わりない「人間」であることを、江戸中の民が目撃してしまったのだ。
「結局、お上だって食えなきゃ死ぬし、病にかかれば倒れるんだな」
「坂本様が作った新しい金と世の中の方が、よっぽど俺たちの生活を考えてるってことか」
噂は爆発的な速さで広がっていく。
龍馬が倒したのではない。
彼らが龍馬という「新しい理」に付いていけず、自滅したのだと民衆は理解した。
俺は雑踏の中でその光景を眺めながら、深く息を吐いた。
人が死ぬのを見るよりも、権威が「ただの人間」に落ちぶれるのを見せること。
これこそが、最強の革命だ。
今日、江戸の町人たちは悟ったのだ。
徳川という時代は終わった――と。




