第20話:江戸城、沈没する巨大組織
京都の守護職に続き、江戸城の幕閣――徳川幕府の中枢を担う老中たちもまた、龍馬が作り上げた「経済的窒息」の重圧に耐えかねて崩れ落ちる、沈没する巨大組織の断末魔を描きます。
江戸城・大広間。そこはもはや、天下を統べる中枢ではなかった。
届くのは「海援隊による供給停止」の報告ばかり。
米が届かぬ、武器が届かぬ、資金が底をついた――。
連日繰り返される破滅の知らせに、徳川幕府の老中たちの精神は、音を立ててすり減っていた。
老中首座・板倉勝静は、何日も眠れぬ夜を過ごしていた。
彼の机の上には、龍馬から突きつけられた莫大な賠償請求書が山のように積まれている。
「……坂本龍馬、貴様は……この国を、何だと思っているのだ……」
板倉が呟いた直後、激しい目眩に襲われた。
視界が真っ白に染まり、筆を持ったまま板倉の巨体が重い音を立てて床に伏した。
「板倉殿!?」
駆け寄った稲葉正邦の悲鳴も、長くは続かなかった。
彼もまた、領地から届く「領民の暴動」と「海援隊による徴収」の板挟みで、数ヶ月間、心身の休まる暇がなかったのだ。
稲葉は板倉の体に手をかけたまま、そのまま糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
過度の重圧による、心臓の悲鳴だった。
そして最後の一人、酒井忠惇。
彼はただ一人、壁にもたれかかりながら、狂ったように笑い声を上げていた。
「終わったのだ……。我らが守ってきた徳川の世は、坂本という商人の筆一本で、こうも容易く……」
酒井が笑い声を上げたまま、口から真っ赤な血を吐き出し、ゆっくりと座り込む。
徳川という巨大な看板を守り続けてきた重圧が、彼らの生命を削り取っていた。
静まり返った大広間には、倒れた三人の老中の荒い息遣いだけが響いている。
その様子を、物陰から見ていた幕臣たちは誰も手助けをしようとしない。
彼らもまた、龍馬の経済的制裁によって給金が途絶え、明日の飯にも困る「没落した官僚」に過ぎなかったからだ。
(これで、幕府の脳は停止した。……後は、心臓である慶喜だけや)
俺は城の廊下をゆっくりと歩きながら、次の会議室の扉に手をかけた。
中では、将軍・徳川慶喜が静かに俺を待っている。




