第2話:三歳の神童、家計を再建する
三歳になった俺の当面の敵は、坂本家の逼迫する家計だった。
坂本家は土佐藩郷士としてそれなりの立場にはあるが、財政は火の車だ。
父・八平は実直な男だが、家計の管理という点では驚くほど甘い。
このままでは、俺が青年になる頃には一家は路頭に迷うか、あるいは分不相応な借金を抱えて没落する未来が見えていた。
(幕末という激動を生きるには、まずは軍資金が必要だ。……いや、そもそも家が安定していなければ、脱藩して江戸へ行くなんて自由は利かない)
俺は、父が書斎で帳簿を眺め、頭を抱えている隙を狙った。
「父上。ここ、間違っているよ」
俺はつかつかと歩み寄り、父の膝の上によじ登ると、筆を奪い取って帳簿の隅に数字を書き足した。
三歳児にできる芸当ではない。
だが、隠す気など毛頭ない。
背に腹は代えられないのだ。
「……龍馬? そなた、何を……」
父の目が丸くなる。
俺は構わず、現代の簿記知識を簡略化した「複式簿記」の概念を、幼児言葉を交えながら懸命に説いた。
「支出を管理して、ここを削れば、収支が合う。余った金で木綿を仕入れれば、利益が出る。土佐の商人に流すんやない。浦戸湾から大坂へ、直接売るんだ」
俺の言葉は、当時の人間には理解しがたいものだったはずだ。
だが、父は驚愕に目を見開いたまま、俺が書きなぐった数字の羅列を見つめている。
「……誰に教わった」
「誰にも。ただ、分かったんや。世の中の仕組みが」
俺はふてぶてしく笑って見せた。
これでいい。
父は俺を「神童」として扱うだろう。周囲が俺の「異常さ」を認めるほど、俺の自由は広がる。
(いいぞ、これなら俺の意見に耳を傾けるはずだ)
俺の生存戦略、その第一フェーズ『坂本家経済の安定化』が、こうして幕を開けた。




