第16話:会津の「聖域」、経済の砂時計
会津藩邸の奥の間。
京都守護職としての重責を担う松平容保の前に、一通の封書が置かれていた。
海援隊の金印が押された、あまりに無機質な封筒。
容保は静かにそれを開封した。
そこに記されていたのは、武士の作法を逸脱した、あまりに冷徹な「通告」だった。
「……見廻組が、商人を襲っただと?」
容保の震える声が、静まり返った部屋に響く。
彼にとって、見廻組は京の治安を守るための誇り高き番犬であったはずだ。
だが、その番犬がやったことは、治安維持などという高尚なことではない。
坂本龍馬という「時代の商流」に喧嘩を売り、あろうことか会津藩全体を「経済的な死」に追い込むような暴挙だったのだ。
彼が恐れたのは、龍馬の報復そのものではない。
手紙に記されていた、「会津お断り」という札が全国の市場に並ぶという現実だ。
「公の組織が、私的な商売の邪魔をした……。言い訳の余地はない」
容保は、龍馬の手紙を読み終えると、床に崩れ落ちた。
会津の将兵たちは、刀一本あれば戦えると信じている。
しかし、戦うための銃弾も、食うための米も、全ては海援隊という網の目を通して供給されていたのだ。
(我らは、坂本龍馬という男が引いた掌の上で踊らされていたに過ぎんのか……)
側近が青ざめて駆け寄る。
「殿! いかがされましたか!」
「……見廻組を即刻、解体せよ。そして、坂本龍馬を呼べ」
「は……? 賊を召喚されるのですか?」
「違う。……謝罪しなければ、この会津が終わるのだ」
容保の目から、光が消えていた。
幕府のためにと信じてきた自らの武力が、龍馬が構築した「経済」という理屈の前では、ただの時代遅れの玩具に過ぎなかったことを悟ったのだ。
窓の外では、何も知らない家臣たちが、武勇を誇るべく稽古に励んでいる。
その姿が、容保の目には、砂時計の砂が落ちるのをただ待っている亡者のように見えていた。
「株式会社」という名の新しい時代が、徳川の聖域を、音もなく削り取っていく。
そろそろ最終回かも知れん




