第14話:相模守と出雲守、青ざめる朝
京都、幕府所司代屋敷。
朝の冷たい空気が張り詰める中、二人の男――備中浅尾藩主・蒔田広孝(相模守)と、旗本・松平康正(出雲守)は、顔を真っ青にして小刻みに震えていた。
彼らが送った京都見廻組が、近江屋で返り討ちに遭ったという報告ではない。
そんなことは些細なことだ。
問題は、その襲撃が「海援隊の経済ネットワークに直接火をつけた」という事実である。
「……相模守殿、これは、夢ではないのか」
松平出雲守が、震える手で報告書を机に叩きつけた。
そこには、今朝未明から突如として始まった「徳川家関連の商船に対する徹底的な入港拒否」と、「海援隊主導による江戸・大坂の全市場の決済停止」という驚愕の通知が記されていた。
「坂本龍馬……あやつめ、近江屋の襲撃を待っていたのか……!」
蒔田相模守の額に、脂汗が流れる。
海援隊と取引のある商人は、幕府の弾圧に怯えていたはずだった。
しかし、龍馬が事前に仕掛けていたのは、万が一彼が襲撃された場合、即座に全国の物流網を停止させる『自動発動型の経済制裁プログラム』だったのだ。
坂本龍馬という「個人」を襲った代償が、幕府という「巨大組織」の全物流停滞。
今、江戸から大坂にかけて、米も酒も塩も、全ての流通が止まった。
幕府がその制裁を解除させるためには、坂本龍馬に対して「公式な謝罪」を行い、海援隊の権利を完全に保証しなければならない。
「襲撃したのは、幕府の配下にある見廻組だ。……つまり、我々が公式にテロを仕掛けたという証拠を、あやつは完璧に握っている」
松平の言葉に、蒔田は力なく座り込んだ。
賊を討つはずが、逆に自分たちが「国の経済を混乱させた売国奴」として、全商人から突き上げを食らうことになる。
「終わった……。徳川様の世も、我らの家門も。すべては、あの坂本という男の掌の上だったのか……」
二人はただ、手元の無残な決算書を見つめることしかできなかった。
彼らが恐れていたのは、龍馬の持つ「刀」ではない。 その背後でうごめく、巨大な「資本という名の怪物」だった。




