前日
卒業式前日。
校舎は半日授業で、午後にはほとんど人がいなくなっていた。
結衣は帰るふりをして、もう一度保健室へ向かう。
扉の前で深呼吸。
コンコン。
「失礼します」
中には高瀬一人だけだった。
目が合う。
それだけで胸が熱くなる。
「また来たのか」
「最後なので」
高瀬は少し笑った。
「まだ卒業してないだろ」
結衣は丸椅子へ座る。
静かだった。
窓の外では、夕方の風が木を揺らしている。
結衣は高瀬を見る。
白衣姿。
たぶん、この姿を見るのもあと少し。
そう思った瞬間、急に寂しさが込み上げた。
「先生」
「ん?」
「卒業したら、本当に会ってくれますか」
高瀬はすぐには答えなかった。
長い沈黙。
結衣の胸が不安でいっぱいになる。
やっぱり迷惑だったのかもしれない。
卒業したら終わりにしたいのかもしれない。
そう思い始めた時。
高瀬は静かに立ち上がった。
そして結衣の前まで来る。
距離が近い。
心臓がうるさい。
高瀬は少し困ったように笑った。
「……そんな不安そうな顔するな」
優しい声。
結衣は唇を噛む。
すると高瀬は、そっと結衣の頬へ触れた。
一瞬、息が止まる。
「ちゃんと会う」
低い声。
「だから今は、卒業しろ」
結衣の目に涙が滲む。
高瀬はその涙を見て、苦しそうに眉を寄せた。
「泣くな」
「だって……」
「俺まで揺らぐだろ」
結衣は笑ってしまう。
涙でぐしゃぐしゃなのに。
高瀬も少し笑った。
その瞬間。
結衣は衝動的に高瀬へ抱きついていた。
高瀬の身体が一瞬強張る。
でも、振り払われなかった。
白衣に顔を埋める。
安心する匂い。
高瀬はしばらく動かなかった。
やがて、諦めたみたいに小さく息を吐く。
そして結衣の背中へ、静かに腕を回した。
「……あと一日だ」
掠れた声。
結衣は胸元を掴みながら、小さく頷いた。
卒業まで、あと一日。




