あと少し
卒業まで、あと二週間だった。
卒業式までの二週間は、長いようで一瞬だった。
学校では最後のテスト返却があり、
クラスでは寄せ書きや写真撮影ばかりしている。
みんな浮かれていた。
でも結衣だけは、どこか現実感がなかった。
卒業したら終わるかもしれない。
その不安が、ずっと胸の奥にあった。
◇
「結衣、最近ほんと丸くなったよね」
昼休み。
奈緒が唐揚げを頬張りながら言った。
「なにそれ」
「前よりピリピリしてない」
結衣は少しだけ目を瞬く。
そんなふうに見えていたんだ。
「なんかあった?」
奈緒がニヤニヤしながら覗き込む。
「彼氏?」
「違う」
即答すると、奈緒は「怪しい~」と笑った。
結衣も曖昧に笑い返す。
昔の自分なら、たぶんこういう会話すら面倒だった。
誰かに興味を持たれるのが怖かったから。
でも今は少し違う。
高瀬が何度も言ってくれた。
「お前は、そのままで十分だ」って。
だから前より、自分を取り繕わなくなった。
◇
その日の放課後。
保健室の前まで来た時、中から女子生徒の笑い声が聞こえた。
結衣の足が止まる。
「先生ほんと優しい~」
聞き慣れた女子の声。
ドアの隙間から見える。
一年生くらいの女子が、高瀬と話していた。
高瀬はいつも通り穏やかに笑っている。
胸がざわつく。
嫌だった。
自分だけが特別じゃないって、当たり前なのに。
今日は帰ろう。
そう思った。
でも。
「相沢」
後ろから声が飛ぶ。
振り向く。
高瀬だった。
一年の女子はもう帰ったあとだった。
「なんで逃げる」
「逃げてないです」
「嘘つけ」
結衣は目を逸らす。
高瀬は小さく息を吐いた。
「嫉妬か」
「違います」
「分かりやすいな」
少し笑われる。
悔しい。
結衣は唇を尖らせた。
「先生、誰にでも優しいじゃないですか」
「養護教諭だからな」
「それズルいです」
高瀬は困ったように眉を下げる。
「お前だけ特別扱いしたほうがいいか?」
その言葉に、結衣の心臓が大きく跳ねた。
「……そういう言い方ズルい」
高瀬は小さく笑う。
結衣は顔が熱くなるのを誤魔化すように、丸椅子へ座った。
保健室には夕陽が差し込んでいる。
オレンジ色の光。
静かな空気。
この時間が、好きだった。
「先生」
「ん?」
「卒業したら、ここ来れなくなるんですね」
高瀬の手が止まる。
「まあ、普通はな」
「寂しい」
ぽつりと零れた本音。
高瀬は少し黙ったあと、静かに言う。
「俺もだよ」
その瞬間、胸が締めつけられた。
嬉しいのに苦しい。
結衣は俯く。
「先生って、たまにズルいくらい真っ直ぐですよね」
「お前にだけは言われたくない」
二人で少し笑う。
その空気が心地いい。
でも、終わりは近づいていた。




