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保健室には秘密がある  作者: 熊猫ぱんだ


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3/6

超えた一線

十二月の終わり。

外は冷たい雨だった。


放課後の校舎にはほとんど人がいない。

保健室には時計の音だけが響いている。


「先生、まだ帰らないんですか」

結衣はベッドに腰掛けながら聞いた。

「仕事残ってる」

「真面目」

「教師だからな」


最近、空気が変わった。

目が合う時間。

沈黙。

距離。

全部が危うい。


高瀬は書類を閉じ、深く息を吐く。

「結衣」

「はい」

「最近ちゃんと寝れてるか」

「まあまあ」

「嘘だな」

「なんで分かるんですか」

「分かりやすいんだよ」

その優しさが苦しい。


気づけば、言葉が零れていた。

「……先生のせいですよ」

「何が」

「先生といると、他の人無理になる」


空気が止まる。

雨音だけが続く。

高瀬は何も言わない。


結衣は誤魔化すように笑った。

「冗談です」

「そういう冗談、言うな」

低い声だった。


怒っているようで。

苦しそうでもあった。


結衣は立ち上がる。

「じゃあ帰ります」

その瞬間。

手首を掴まれた。

弱い力。

でも動けない。


高瀬は俯いたまま言う。

「……これ以上はダメなんだよ」

「じゃあ離してください」

「……」

「先生」


長い沈黙。

やがて高瀬は苦しそうに目を閉じた。

「お前が来るたび、嬉しかった」

結衣の呼吸が止まる。

「来なくなるのが嫌だった」


掴む手に少しだけ力が入る。

「教師失格だ」

結衣はゆっくり近づく。


逃げるなら今だった。

でも高瀬は逃げなかった。


近くで見る顔は、思ったよりずっと苦しそうだった。


「先生」

名前を呼ぶ。

その瞬間、高瀬は堪えるように目を逸らした。

なのに次の瞬間には、結衣を強く抱き寄せていた。

白衣越しの体温が熱い。


「……一回だけだ」

自分に言い聞かせるような声。

結衣は胸元を掴み、小さく笑った。

「絶対、一回で終わらないくせに」


高瀬は何も答えなかった。

代わりに、静かに口づけた。


窓の外では、冬の雨が降り続いていた。


唇が離れたあとも、結衣はしばらく動けなかった。

心臓の音がうるさい。

高瀬の白衣を掴んだまま、浅い呼吸を繰り返す。


保健室は静かだった。

雨音だけが遠くで響いている。


高瀬は結衣を抱き締めたまま、苦しそうに目を閉じていた。

「……帰るぞ」

掠れた声。

結衣は顔を上げる。

「帰りたくない」

「ダメだ」

「なんで」

「これ以上は、本当に戻れなくなる」

結衣は唇を噛む。


もう十分戻れないところまで来ている。

そう言いたかった。

でも、高瀬の顔を見た瞬間、言葉が消えた。


嬉しそうじゃなかった。

苦しそうだった。

それが少しだけ、結衣を冷静にさせる。


高瀬はゆっくり身体を離した。

「……悪かった」

「先生」

「忘れろとは言わない。でも、今日は帰れ」


結衣はしばらく黙ったあと、小さく笑う。

「先生ってズルいですね」

「何が」

「キスしたのに、ちゃんと先生のままだから」


高瀬は何も答えなかった。

ただ、視線だけが少し揺れる。


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