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保健室には秘密がある  作者: 熊猫ぱんだ


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2/6

近づく距離

「また来たのか」


昼休み。

結衣は丸椅子へ座りながら笑う。


「ダメですか?」

「最近サボりすぎだろ」

「ちゃんと授業出てますー」


高瀬は呆れたようにカルテを書く。

保健室には二人しかいない。

その静けさが好きだった。

教室は疲れる。


女子グループの空気。

SNSの話。

加工。

恋愛。

マウント。

息苦しい。


結衣はスマホをいじるふりをして、高瀬を盗み見た。

白衣。

細い指。

ペンを持つ手。

見ているだけで落ち着く。


「なんだ」

「え?」

「さっきから見るな」

「別に見てないし」

「分かりやすいな」


結衣はむっと頬を膨らませる。

高瀬は少し笑った。

その笑顔を見るたび、胸が熱くなる。

最初は優しい先生だった。

でも違う。


今はもう、会いたいから来ている。



その夜。

結衣は繁華街を歩いていた。

雨上がりのネオンが濡れた道路に映っている。

隣にはスーツ姿の男。


「今日の服かわいいね」

「ありがとうございます」

反射みたいに笑う。


男は結衣の腰に触れた。

嫌だった。

でも笑う。

そうしないと空気が悪くなるから。


ホテル街へ入る。

その瞬間、不意に高瀬の顔が浮かんだ。


『都合よく使われるのと、大事にされるのは違う』


胸が気持ち悪くなる。

結衣は立ち止まった。


「ごめんなさい」

「え?」

「今日やっぱ帰ります」

男の顔が不機嫌に歪む。


「は? 今さら?」

「ごめんなさい」

「交通費払ったよね?」

責める声。

怖かった。

でも、それ以上に嫌だった。


結衣は頭を下げ、そのまま走り出す。

冷たい風。

濡れたアスファルト。

息が苦しい。

なのに少しだけ、泣きたくなるくらい安心していた。



翌日。


保健室へ入った瞬間、高瀬が眉を寄せた。

「風邪引くぞ」

タオルが投げられる。

結衣は濡れた髪を拭きながら笑った。


「昨日、断れました」

高瀬は少し目を見開く。

「そうか」

「褒めてくださいよ」

「偉いな」


その一言だけで、胸がいっぱいになる。

たぶん自分はおかしい。

こんなので嬉しくなるなんて。


「先生」

「ん?」

「私、先生といると安心します」

高瀬は何も言わなかった。

ただ少しだけ困った顔をする。


その顔が好きだった。



冬が近づく頃には、結衣は毎日のように保健室へ通っていた。


頭痛。

腹痛。

寝不足。


本当の日もあれば、嘘の日もある。

高瀬はたぶん全部気づいていた。

それでも何も言わない。


「ココア飲むか」

紙コップが差し出される。

「砂糖多め」

「子供だな」

「高校生ですー」

ふっと笑い合う。

そんな時間が好きだった。


ある日、結衣は何気なく聞いた。

「先生って彼女いるんですか」

高瀬はペンを止める。

「いない」

「へえ」

「なんだその反応」

「モテそうなのに」

「面倒なんだよ、人付き合い」

「嘘っぽい」

「失礼だな」

結衣はくすっと笑う。


夕焼けが保健室へ差し込む。

高瀬の横顔が少し赤く染まって見えた。

胸が痛い。


ああ、好きなんだ。

その瞬間、はっきり自覚した。



高瀬も限界だった。

結衣が来るたび、安心してしまう。

今日は来ないかもしれない。

もう来なくなるかもしれない。

そんなことばかり考えていた。


教師失格だった。


生徒として見なければいけない。

距離を取るべきだ。

分かっている。

なのに、できない。


結衣が他の男に会っている想像をするだけで、胸がざわつく。

自分には関係ないはずなのに。

保健室の椅子へ座る結衣を見るだけで、ほっとしてしまう。


「……終わってるな」


誰にも聞こえない声で呟いた。

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