第二十三話 「海辺の町ウナキ」
第三章はこれで終幕です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!
第四章に入る前に間話を三話投稿予定です。
間話 上は8/16(日)の深夜に投稿予定です。
第四章は執筆状況を考えながら投稿予定です。
ウナキの町は漁師町だった。白い壁に貝殻やら、ガラスを埋め込んだ家が整然と並んでいる。そして、町の端から端まで海岸沿いは全て港で石積みの岸壁になっている。
海の香りが鼻を突き抜ける。悠は少しその臭いが苦手だったが、慣れるのも早いことを知っている。だから目一杯深呼吸して早めに慣れようとする。
その横でアメは初めて見る海に目を丸くしてきゃあきゃあ大騒ぎしていた。
「す、すごいね!大きいんだねえ!わ、わたし、近くまで見に行きたいの!」
「うんうん、行っといで。アメノ君、一緒に行ってもらえるかな?危ないこととかしないように見ててあげて。」
「ええ〜?仕方ないなあ、僕も仕事があるのに、なあ〜。」
アメノは面倒臭いというような顔をしている。だが、天邪鬼なのだから本心はもちろん逆で…。
「アメノ!行こ?き、きっと楽しい…よ!」
「行くかあ〜。ほんとは行きたくないんだけどなあ。」
「ンじゃあ、俺が代わりに行くからよ、アメノは配達行ってきてくれよ。」
カッシオがにやにやと笑いながら言う。
アメノはぎょっとした顔で慌てて取り繕う。
「い、いやあ、子どもの面倒見るのって大変じゃんか。悪いよ。やるよ、やるやる。行ってくるよ、僕。」
「じゃあ、また後で。僕らとりあえずローインに行ってますから。言伝とか残しとくんで。」
「わかった。もしすれ違ったら、僕もアメの住むところ探して連れてったりしてるよ。あと、宿とかも探しといてやるよ。」
「ええ、お願いします。あんまり高いとアレですけど、汚いところはやめてくださいね?」
「知らないよ、そんなもん。どこだって一緒だろ?」
アメノたちと別れた後、悠たちはローインで詳細な住所を教えてもらった。そこでさらに二手に分かれて配達に向かった。
悠とヘイランはウナキにひとつだけ、しかし規模の大きい診療所に薬を届けに、カッシオはオロとサト夫婦の子どもたちの元に手紙と荷物を届けに向かった。
———
夜。ウナキの町に火玉灯がふわりふわりと浮かび始める。白い壁に埋め込まれた貝殻とガラスがいい仕事をして、きらきらとまるでイルミネーションのように輝く。なんとも幻想的な光景に思わず見惚れてしまう。
一行はその光景を見物がてら岸壁沿いをのんびりと歩いていた。
「はあぁ〜。綺麗、ですねぇ。夏なのにまるでクリスマスみたい。」
「そりゃよかったな。酒が進むぜ。どっか食いもん屋見つけて入ろうぜ。せっかくだし外で食えるとこがいいな。」
「アメ君、海はどうだった?楽しめたかい?」
「う、うん!すごいね、ほんとにし…しょっぱいん、だねえ!」
「あ、あとね!姉さんと、会えたの!去年、生け贄の——」
「うわあい!そ、そういうことは静かに言うもンだ。な?誰か聞いてたらびっくりしちまうから。」
「あ、あんまり言わない方がいいって、言ってたっけ。ごめんなさい。」
「いやいや、アメが謝ることじゃないから。ただ、変なヤツとか寄せ付けちゃうかも知れねえからな。」
「う、うん、わかったの!それでね、姉さんもやっぱりおばあちゃんに連れてきてもらったって!だから、こ、これから一緒に暮らせるねって!」
「お、そうか!そいつぁ、良かったな!」
「心配だったンだよ、あのばあさんちょっとボケてンじゃねえかってときあったから。本当は孤児院とか幻で…とか、考えちまって…ずっ、よがっだなあ…。そっが、姉さん、に会えだか…ぐすっ。」
カッシオはアメと彼女の姉との再会を想像して涙が思わずこぼれてしまう。
そのカッシオに釣られて悠も少し涙が浮かぶ。喜ばしいことなのに、なぜ涙が出るのだろうか。
「じゃあ、今日はお祝いだよな!僕らも仕事が無事に終わって、アメも住むところ見つかったんだから!」
「おお!…すんっ、今晩は大いに飲み食いすンぞ!」
「——お!お兄さん方、店探してんのかい?なら、うち来なよ!店ぁ小さいけど、味は良いって評判なんだ!」
道の脇に立っていた料理人風の姿をした青年が人好きな顔を浮かべて一行に話しかけてくる。
「へえ、評判の店なのに今から入れるのかい?」
背の高いヘイランが青年の頭の上から試すような声音を出す。
突然、頭上からそんな声が聞こえてきたので、青年がぴくりと体を震わせる。そして彼はヘイランを見上げて弁解するように笑う。
「ゔっ!お姐さん、勘がいいねえ…。ほんとのところはオヤジの店の暖簾分けされたばっかだからお客がまだあんまり入ってなくってね…。宣伝してくれるなら、安くするよ!!」
「どうします?あんまり初めての町で冒険はしたくないんですが…。」
悠は旅先で入る店なんかは必ず下調べしてから決めるタイプだ。冒険はそのあとにしたい。
「そうだな、美味けりゃ良いけどよ…。」
カッシオも同じく浮かない顔をして、アメやアメノに目を向ける。彼の場合は、「ひとりならどんな店でも構わないが、今日はお祝いも兼ねているから、変な店に当たりたくない」と思ってのことだった。
「じ、じゃあ、あれ!一口食ってダメならお代も貰わないし、そのまま出てってくれて良いから!」
「う〜ん。…お姉さんとしては食べてみたいかな。彼もこう言ってるんだし、入ってみない?」
「僕さ、あれ食べたいんだけど。なんか魚の皮ぱりっと焼いたやつ。」
「品書きには載せてないけども、いっそお作りするよ!」
「ンじゃ、にいさんとこにすっか。アメも良いか?」
「う、ん!」
———
青年はリュウと名乗った。彼の店は岸壁の端っこにあり、喧騒から少し遠い。
店に着くと、常連らしいオヤジたちが早くも赤い顔を浮かべて会話に夢中になっていた。
オヤジのひとり、青みがかった黒髪の癖毛の男が顔を上げる。指の間には水かきがあって——
「お、リュウ、帰ってきたな。お客見つかっ——カッシオ?」
「あ?…おっちゃん?は、はっ?え、なンでこんなとこにいンだよ!」
カッシオはまるで幽霊でもみたように——いや熊でも見たかのような顔をして、思いもかけない再会に驚愕する。
「いや、ちょっと嵐にあって流されちまってよ。——それより、お前だよ、山にいるはずなのになんでウナキにいるんだ?」
「いや、色々あってよ…。」
「もしかして、ニルス、さん?だったりします?」
悠がカッシオの驚きようを見て彼の知り合いであるらしい男に尋ねる。
「俺がニルスだって?違う違う、第一、歳が合わねえだろ。俺はエータだ。」
「ああ、すまん。えっと、悠は知ってんな、ミズタとカラの父ちゃんだよ。そんで、あの川下の村の人間なンだけど…。」
「ああ!あの時会えなかった…!」
「君の言う川下の村ってノヴァナイの、だよね?そりゃあ驚きだね。——わたしはヘイランだ。よろしくね。」
「うわわ、えらい別嬪つれてるじゃねえか!!まさか…!」
エータは驚いて、椅子から転げ落ちそうになる。
「違う違う!全員俺の友だちで、配達人仲間だよ!!」
「今日は祝い事があってきたンだ、またあとで話そうぜ。」
「お、そうか?祝いだってんなら、年長者の俺が格好つけてやるか!!みんな、好きに飲み食いしてくれ!!」
「いや、初めて会ったのに悪いですよ!!」
「うちのガキどもとも友だちなんだろ?構いやしねえよ!!好きなだけやってくれ!」
「じゃあ、僕、ここに書いてるやつ全部食べたいんだけど!!」
遠慮の文字を知らないアメノが早速、壁にかかっている品書きを指差して注文する。
「わ、わたし!甘い、の、食べたいの!お菓子がいい!!」
アメもアメノに続く。遠慮がちな性格が大分子どもらしくなったのはいいが、悪い子になってしまいそうで怖い。
「本当にいいのかい?エータのおやっさん、本当に作っちまうぜ?」
リュウは腕まくりをしながら厨房に入って行く寸前で最後にエータに確認する。
「二言はねえよ!!子どもらのこの顔を今さら曇らせたら漢が廃るぜ!!」
「おっちゃん、ありがとよ!ご馳走になるわ!」
「そうだ、リュウさんよ、店ン外に机出して良いか?せっかくだから外で景色を肴に一杯やろうって思ってたンだ。」
「〈ああ、大丈夫!適当な机と椅子持ってってくれ!〉」
リュウの了解が得られたので、カッシオと悠、そしてエータに、彼の友人の漁師が机を外に運び出す。
外ではさっきまで見えていた夕陽は沈み、代わりに色鮮やかな灯りが漆黒の海面を照らしていた。
あまりに美しい光景にアメノとアメ、それにヘイランは岸壁に作られた階段を降りて近くまで見に行く。
エータは彼らの背中を温かい目で見送りながら、ひそりと小声でカッシオに尋ねる。
「そういやよ、カッシオ、お前さんらはノヴァナイの方からこっちに渡って来たんだよな?」
「ン、そうだぜ。途中ちょっと寄り道もしたけどよ。」
「そうか、じゃあ、知ってるか?一週間ほど前、シウォクの方かなんかの村が全滅したらしいって話。」
「村が全滅!?いや、知らねえけど…。」
「最近じゃ珍しい話だが、妖に襲われたって話だ。全員腹が裂けてたってよ。」
「マジかよ…!」
「…あの、もしかして、その村ってシュゴオ村じゃあ、ないですか?」
悠が二人の会話に後ろから混ざる。
「は、はあ!?ンなこと——」
「…すまん、知り合いの兵士から教えてもらったんだが、村の名前までは教えてくれなかったんだ。ただ、最近妖連中の様子がおかしいらしい。もちろん、全員がじゃあねえぞ?」
「カッシオにハルカァだったか、配達人やるのは止めないが、気をつけろよ。妖ってのは、気のいい奴らも多いが、根本的にズレてる奴が多い。仲良くなったと思っても、次の瞬間背中を刺されんようにな。」
エータの言葉を聞いた悠は痛ましい顔を浮かべてうなじを押さえる。そして口の中で何か呟くのがカッシオには見えた。
カッシオには悠が何と言ったのかを聞き取ることができなかった。
その後すぐにアメノたちが岸壁から戻ってきて、食事が始まる。誰もがにこやかに笑い、悠もエータもニコニコと笑いながら楽しそうにしていた。まるで、さっきの不穏な噂話をした時間は存在しなかったかのように。
しかし、カッシオは何かを見落としたような感覚に陥る。
——俺は今、何かを見逃した?今すぐになンかしねえと、もう”タイミング”ってやつが来ない気がする。
——何がかはわからン、わからンがめちゃくちゃまずいような……。
訳もわからないが、場当たり的に悠に先ほど何と言ったのかを聞こうとした。だが、酒を飲む祝いの席だ。弱いくせに割と酒好きな悠は、笑顔を赤く染めていき、聞けそうにない。
カッシオは得体の知れない焦燥感で手足がむず痒く、せっかくのただ酒なのにその夜はあまり喉を通らなかった。




