第二十一話 「少女の配達」
第二十二話は8/4(火)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
太陽は空の上で全ての生き物に等しく光を分け与える。頭の黒髪に熱がこもり、手の平には汗が滲む。
空の端、山を大きく越えて分厚い雲が空の上に立ち上がるのが見える。
蝉の合唱が響く山を、一行はゆっくりと登っていく。他愛のないおしゃべりをしながら。悠がヘイランにした質問責めを今度はヘイランが羅刹鬼にしたりしていた。それをカッシオと悠が苦笑いをしながら背中で笑い、アメノとアメは二人で何やら囁き合ったりしていた。
そうして登っていくと、峠の平屋にたどり着いたのは昼の少し前になった。
「ここを下っていけば、タニチェリ領の南北に縦断する道に出る。そこからは道なりじゃ。」
羅刹鬼が東に広がる平野を指差して言う。
雑木林や小高い丘を避けて田園地帯が広がり、いくらかの村が点々とあるのが見える。海がわずかに見える気がしないでもない。
「おばあさんとはここでお別れ、かな。」
「アメさんは…このまま僕らとタニチェリの町を目指すんですよね?」
悠はなんとなくアメの、アメノの乗っていない側の肩に手を置きながら、羅刹鬼の目を見る。
「そうじゃな、そうしておくれ。お前たち配達人に依頼する、その娘子をタニチェリの孤児院まで送り届けておくれ。」
「おン、任せてくれ…いや任せてください、ばあさん。」
カッシオが胸を張るようにして、羅刹鬼に宣言する。
それを見た羅刹鬼は満足そうに頷く。
「んん、頼んだぞ。——仕事の依頼じゃからな。何かやれるものはあったかのう。」
「いや、いらねえよ。ついでだしな。アメノの相手してくれるくらいだからむしろ助かるよ。」
「んだと!?バーカ!髪の毛むしるぞ!」
アメノが怒って両手をぶんぶんと振る。
「むしる…ぞー!」
アメはアメノに同調して、すっかり子分のようになっている。
「——羅刹鬼のおばあさん、あなたはこの先もあの村を滅ぼすために動くつもり、ですか?」
悠はもう二度と訪れることはないであろうシュゴオ村を思い浮かべながら尋ねる。
「……はあ?なんじゃって?あの村のこと、か?…今すぐにでも滅ぼしてやりたいとは思うが、わしの力では難しいじゃろうしな。これまで通り少しずつ子どもを奪うしかないじゃろうな。」
カッシオはその言葉を聞いて痛ましい表情を浮かべる。
「あンなに強くても、村を落とすのは難しいンだな。——まあ奴らだって、間違いを、膿を上手いこと吸い出していい村に変わるかも…変わればいいな。」
楽観的かもしれない。それでも人は変われると思いたいし、優しさとかそういうものを信じたい。
「無理だと思いますけどね。どいつもこいつもクズ野郎だったじゃないですか。根本が腐ってるんです。滅びしかないでしょう。」
悠が吐き捨てるように言う。
「悠…。」
「僕は、僕が間違っていると思えません…。死んだ女性たちを思えば、殺したカスどもも、それに気づけもしないクズどもも全員死んで詫びるべきだ…!」
「まあまあ、彼らは彼らの結末を迎えるさ。わたしらはただの配達人で外様だよ。」
「じゃ、そろそろ行こうか。日が暮れる前に山は下りたいしね。」
「じゃ元気でな!」
カッシオが代表して声を上げ、悠とヘイランはそれに続いて会釈だけした。
「あ…あ…。」
アメも声を上げようとするが、言葉を上手く紡げないようで、か細い声だけが喉から出る。
「今しかないんだぞ、お前ら人間はすぐ死ぬんだからな!ちゃんと言っとけよ!」
アメノがアメの肩で偉そうに、でも優しく背中を押す。
「あり…がとう!わたし、お役目終えたら死んじゃうって思ってたの!でも、海を見に行くの!」
「行っておいで、もうここへは戻ってきてはならんよ!!」
羅刹鬼は軽く手を上げて、一行を見送る。
カッシオはその姿を見たとき、山間の村を出た時、川下の村を出た時のことが頭の中を過ぎった。
見送る人たち、見送られる自分たち。もうしばらくの間、交わることのないその線だが、いつかまた交わることを願う。
何度も振り返っては手を振り涙ぐむアメを見ていると、自分たちも知らない間に羅刹鬼はアメによくしていたのだろうなと思う。殺されかけたことを考えれば羅刹鬼をそれほど好きにはなれないが、”悪い人間”では無かったということだろう。
峠を下りてタニチェリ側の木々に隠され見えなくなるまで、羅刹鬼はそこに立っていた。最後に彼女が腰に差した包丁がきらりと太陽の光を反射するのが見えた。
———
タニチェリ側の登山道はシュゴオ村のあるシウォク領よりなだらかだった。子どもの足でも歩きやすく、山の麓にたどり着くまでも思ったより時間はかからなかった。麓には羅刹鬼が教えてくれた、地平線から地平線まで続く、それなりに往来があるらしい一本道があった。
「まーた、一本道ですね…。」
悠がげんなりしてぽつりとつぶやく。
「悠、一本道嫌いだよな。なあンも考えなくていいから俺は結構好きだけど。」
「歩きながら鍛錬でもしたらどうだい?武術の足運びの練習とか、結構いいよ。」
「切った張ったはお任せしますよ。運動音痴なので、練習したところで強くなれませんもん。」
「これから向かうタニチェリ領の町って、ヘイランさんは行ったことあるんですよね?」
「かなり昔だけどね。割と大きな町だよ。今はどうなってるかな、都市移設の話とかあったから、廃れてるかも…。」
「海…は?海は、あります…か?」
アメが目をきらきらさせながらヘイランに尋ねる。
アメは年上のお姉さんに囲まれて育ったとのことで、ヘイランは親しみやすいらしい。彼女の人物像はどちらかと言えば、癖があるから話はしやすいけどとっつきにくいというのが近しいのだが。
「ん、とね、海は無いね。あの村から一番近い海はノヴァナイとの間の海峡だから…。」
ヘイランの言葉を聞いて、あからさまに目から光が消えていくアメ。
「で、でも、ばあさん言ってたじゃねえか。海もあって綺麗なところだって。例の孤児院はその町には無いんじゃないか?」
カッシオが苦し紛れに虚な、つぎはぎの記憶を並べてアメを慰める。
「言ってたか…?まあどうでもいいだろ。海のあるところが良いんならそこまで行って、そこで住むとこ見つけりゃいいじゃんか!」
アメノはあっけらかんと笑う。
アメノにかかれば複雑な事情もなにもかも、シンプルな答えに変わる。時にそれは乱暴だと感じるが、それでも考え込みがちな時には大いに助けになったりする。欲望にストレートであるというのはアメノらしい良い点だと思う。
「海、まで行くの!」
「そうだ、海だあ!美味いものもいっぱいあるんだぞ!」
「楽しみ!」
少し小走りになって、見えるはずもない一本道の先を覗き見ようとするアメとアメノ。その後ろ姿からは、もうシュゴオ村の陰鬱さはどこにも感じられなかった。そうあろうとしているだけかもしれないともカッシオは思った。




