第十七話 「革」
第十八話は7/14(火)の深夜に投稿します。
次話から二日おきの更新とさせていただきます。
よろしくお願いします。
「あれは革…ですかね。…白い革の生き物?」
「俺もよくは知らねえけど、豚とかは白じゃねえか?」
「あの、違うんです。い、嫌な、予感がするんです…ひ…ひ、人とかじゃ——」
悠もカッシオもその男が持ち出してくるその革から目を離せない。
「まさか——」
どさりっ
男が荷運び中に洞窟を出てすぐの段差につまずく。手に持つ積み上げたその白い革の一番上から地面に転がり落ちたそれは、人の顔としか思えないものだった。
そして、その顔は地面に落ちてくしゃりと潰れた状態であるのに、それでもその人にしか見えなかった。
「……ッそだろ。まさか…!」
カッシオの顔の日焼けした茶色い顔がどんどん青くなり、悲しみを湛えた表情に変わっていく。
悠は自分も同じ感想を抱いたのに、隣のカッシオの顔を見て、まるで彼が諦めたように感じ抗議したい気持ちが湧き起こる。いや、待てそれよりも——
悠は動こうとしない身体を叱咤し、確かめるように足で力いっぱい地面を踏みつける。その確かな手応えに確信を得た悠はその男の前に飛び出した。
「……ッ!…お、おい!お前!!そ、それ!!」
「なんだ、お前?なんか用か?僕は忙しいんだ、邪魔しないでくれないか?」
男は悠を視認し、革の面をずらして素顔を露わにする。その顔は仕事中に話しかけられて苛立ち、眉間に皺が寄っていた。
「違う!そんなんじゃない!僕が言いたいのは、その革が…ヘ、ヘイランさんのものなんじゃないのか…ってことで…。ふぐぅ。うっ、ふっ…。」
悠は自分の言葉で彼女の人生の結末を決定してしまうような、そんな感覚を覚え嗚咽が出る。
「なに?ヘイラン?知らないよ、女の名前なんか。あいつらに名前があるってことさえ僕は反対なんだ。いらないだろ。」
「…?じゃあ、それ…は…。」
「女の革なのは間違いないよ。」
「そうだ、せっかく来たんだ。僕の作品を見ていけよ。今着てるこの革の服、なかなかの出来だろ?僕は常々思ってたんだよ。牛や馬、豚とか蛇とか色んな革製品はあるのに、なんで女の革は無いんだ?ってね。一回でも見たことあるか?女の革ってさ、綺麗なのは間違いないじゃんか?それで服とか、鞄とか作ったら絶対売れると思うんだよ。僕らの村ってなんかババアの妖のせいで商流が長いこと途絶えちゃって、さ。要は廃村間近なわけ。そこで新たに事業を立ち上げたらどうかって考えたんだ。あの鬱陶しいやつがいたとしても、それでも買いたくなる魅力的な商品の開発っての考えたってわけ。」
革のつなぎの男は嬉しそうに笑いながら、まるでお客に話す売り文句を並べるように話す。ずっと考えていたその文句を口にできるのが本当に嬉しいらしい。
「なんのはなしを…して、るんです?」
「あれ?…なんか、かんちがいしてるんやろうか。なんか『おんな』っていう動物のはなし?」
男は悠の反応の悪さに気分を害したのか、眉を顰める。
「女は女だよ。知らないなんてことあるか?まさか…!女を知らないってそういう?抱いたこともないのか?ははっ、男のくせに女を抱いたこともない?お子ちゃまかよ!!あっはははは!」
「…っぱり女性じゃないか!!お前は何を…!」
「何を考えてんねん!人を…人の革で?おかしいやろ!なんで無いか?人殺しやからや!」
「うるっさいな。人って言っても女だろ?子ども産む以外に何もできない…力だってない。だからババアになったら、今度は革にして有効活用する…。それの何がおかしいんだ?」
「まあ、やってみて思ったけど若い方がいいな。革のハリが違う。歳食ったやつはまあ悪くはないんだけど…好みの問題かな?」
「そ、そんなもん、誰も買うわけ…!」
「既にいくらか売れてるぞ?まあ、まだ市場には出せてないけどな。たまたま村の外で知り合ったやつが高値で買ってくれて、さ。他にもお客を紹介してくれて。売れるんだな、これが。」
「お前らシュゴオ村の人間はそんなんばっかりか!!なんで女性を…!そんなに見下せるんや!普通に話もできて!笑って!みんなに生きる権利ってのがあるやろ!死んだら…お終いやんか…。」
悠は涙を流しながら男に抗議する。知らず知らずのうちに大声になりながら。
その二人の声を藪の中から聞いていた羅刹鬼は初めて会った時と同じように、いやそれとは比にならないほどに怒りで震えていた。
カッシオが羅刹鬼の様子に気づいた時には、既に彼女は立ち上がり薮から分け出た。
「…あっ、ばあさん…!」
カッシオは咄嗟に羅刹鬼の腕を掴んで引き止めようとするが、触れる寸前で躊躇い掴めない。
薮から姿を現した羅刹鬼の異様な様子に、つなぎの男も悠も目を見開いて動けなくなる。
悠は羅刹鬼の怒りの対象が自分ではないと分かっているのに、息をするのも咎められているようで嗚咽まで引っ込んでしまう。
「シュゴオの男なんじゃな!?シュゴオのゴミムシが今度は娘子らを犯すに飽き足らず、殺したと言うたか!?腐れっ外道めぇ、死に晒せぇええ!!!」
羅刹鬼はつなぎの男の首を狙って包丁を一閃する。
びっ!
しかし、その包丁は首元にずらされた革の面にあたり首を切るには至らない。
革の面を引っ掛けた包丁に引っ張られ男は地面に倒れ伏す。しかし、地面を転がりながらもすぐに起き上がり首をさすりながら絶叫する。
「いっだああぁあああ!くっそババア!イカれてんのか?よくも!!」
「ああ!?僕のお気に入りの面が!一番綺麗な顔の女の面だったんだぞ!冬の生け贄にするのにも苦労したのに!価値ってもんがわかってない!!」
「——あ、お前!待て、入るな!中は作りかけのがいっぱい——」
男が突然慌てた声を上げる。黒い影が悠の背後から飛び出していったのだ。
その影はカッシオだった。つなぎの男が羅刹鬼によって動けない隙に彼が素早く洞窟に滑り込んだのだった。
滑り込む直前カッシオが悠の方に振り返る。何を言ったのか聞こえなかったが、カッシオの唇が『早く助けてやらないと』と動くのが見えた。
「——そのうす汚い口を開くなあぁああ!」
羅刹鬼が振りかぶった包丁を男の股間に突き立てようとするも、倒れ伏した男のつなぎの股部分に穴を開け、太ももの皮膚を切っただけだった。
「ぎゃああ、あぶ、あっぶないな!どいつもこいつも、厄日か今日は!!」
三者三様に好き勝手に動き事態が混乱してきた中、悠たち三人が隠れていた薮から離れた場所に見知った顔の男が姿を見せた。
その男はアメを後ろ手に縛り上げて連れていた。
「アメさん!?——なんでお前がここに!」
「おっと〜、みなさぁん?動かないでくださいぃ。何があったか存じませんが、ひとまず争うのはやめましょお?」
顔は美形のくせに、ねっとりとした不快感のある話し方をする男。バンキだった。以前見たときと比べればなんだかやつれているように見える。
「バンキさん、助かりました!こいつらどうかしてますよ!いきなり来てこんな!」
「どうせ、また誰彼かまわず喧嘩を売ったんでしょぉ。」
「はぁ〜。——生け贄を配達してくれと頼んだのに、それもしないで帰ってきて、あげく金まで掠め取っていくとは、許し難い罪人ですねぇ、ハルさん?」
バンキが深くため息をつく。まるで言うことを聞かない悪戯小僧を叱るように余裕たっぷりに残念だという表情を作る。
「このおぞましく生臭いにおいはバンキか?」
羅刹鬼が鼻をひくつかせながら、つなぎの男の足を踏みつけにして立ち上がる。
「ぎゃっ!クソババア——」
「誰ですぅ?お前みたいな枯れ木、知りませんが。わたしを気安く呼ばないでくれません?」
「——ハルさん、いくらこのメスが気に入ったからといって、配達もしないで逃げられると困るんですよぉ。」
バンキがアメの頭を鷲掴みにし、ぐらぐらと揺さぶる。アメは涙を浮かべながらしきりに何かを呟くが、悠には聞こえない。
「とりあえずそこで倒れてる子、あなた方に何をしたか知りませんが、見逃してやってくれません?でないと、この、ふっ、ちびの妖がどうなっても知りませんよぉ?」
バンキは自身の腰紐に吊るした紐を手繰り寄せる。その紐は花のように鮮やかで、そして見覚えがある。
紐の先にはぐったりとした小さな人影がぶら下がっていた。
「アメノ!」
悠が声を上げるがアメノはぴくりとも動かない。
バンキは悠の反応を確かめながら普段のヘラヘラとした笑顔を歪ませていく。そして、彼はアメノを鷲掴みにし、その首に親指をあてがう。
「子どもを人質にするとは!卑怯者が!」
「うるさいですねぇ、お前のような老いた女が生きていても百害あって一利なしです。自害を。」
「そうすればこの妖を解放しましょう。さあ。」
「うぐっ、くっくく…!こ、こ、こか、かっ!殺してやるぅううう!」
羅刹鬼は二人の姿を視界に収めているはずなのに、口からは憎悪の言葉が漏れ出す。
「待って!おばあさん!!二人が殺されてしまう!!」
「さあ!自害をぉおお!」
バンキは嬉しそうに醜悪な笑顔を浮かべながら、自分の股間を押さえていた。
【ちょっとお知らせ】
次話から更新頻度を落とさせていただきます。
本作の連載は頻度が落ちても続ける予定ですので、そこはご安心ください。
もう少し悪役令嬢もののストックができ次第に、悪役令嬢ものと本作を交互に二日おきで更新としようかと考えています。
別作品の紹介です。
・ホラー短編「ぴちゃぴちゃちゃぷん」全五話 完結済み
・悪役令嬢もの「ハッピーエンド以外絶対に認めません!〜親友の聖女ちゃんを救うためわたくしは悪役令嬢を貫きます〜 」(執筆中)




