第十話 「夜は更けていく」
第十一話の投稿は6/25(木)の深夜に行います。
よろしくお願いします。
「アメノ!——おい!離せよ!——カッ、カッシ、オオは、ア!アメ!アメを!」
「お、おう!」
カッシオは平屋に空いた穴から外に飛び出し、アメを抱き起こす。
そして、悠は悲しさか恐ろしさか心を押し潰しそうになるそれに耐えながら、自分が今やるべきことに目を向ける。
羅刹鬼の髪の玉はがちがちで、爪は引っかかるのに、玉を解く決定的なとっかかりにならない。おまけに手が震えて、思うように動かないから時間ばかりが溶けていく。
——あかん!は、はさみか、なんか。…包丁!!
悠が羅刹鬼のことなど忘れ背嚢を漁っていると、後ろから声がかかる。
「心配はいらんよ…。締め落としただけじゃ。」
「固く縛ってあるが、表さえ解ければ中は無事じゃ。」
「な!ほ、本当に?でも早く出してあげないと…!」
悠はしまい込んでいた包丁を引き抜き、少し指を切るがお構いなしに、髪の玉に慎重に刃を入れる。
「——そうじゃったな、人間とは愚かで優しいものだった…。そうじゃ——」
羅刹鬼は悠と髪の玉を眺めながら、うわ言のように口の中でもごもごと反芻した。
すっかり矛をおさめたらしい羅刹鬼と、必死にアメノを助けようとする悠の様子に、カッシオはアメを外の草むらにそっと寝かした後に戻ってくる。
「——ばあさん、今度こそ話、を…!」
「ん、ああ、ちと待て。」
「久しぶりの客人じゃ。茶くらいは出さんとの…。詫びも兼ねての……。」
羅刹鬼は先ほどまでの荒れようとは打って変わり、まるで田舎の親戚の老婆のようになってしまう。先ほどまでは背筋を伸ばして立っていたのに、腰は九十度に曲がっている。
カッシオは複雑な顔を浮かべたあと、アメノと悠のことを思い出し、慌てて髪の玉を解く手伝いに向かう。
悠は包丁でさらに切り傷を増やしながら、必死に髪を一本ずつ切っていた。悠の目には涙が溜まり指も上手く動かないところにカッシオが来てくれたので、少しだけ呼吸がしやすくなった。彼ならきっと上手くアメノを助け出してくれる。
一分も経たないうちにカッシオの手でアメノは助け出される。確かに体中に縛り上げられた痕がついているが怪我らしいものはない。
——羽根以外は。羽根は既にボロボロで、膜になっている部分はほとんど残っていない。右肩側の羽根に至っては根本から折れてしまっていた。
「あああぁっ…!そんな、な、治るんかな?カッシオ…!これ…。」
「どうだろ、虫だったら、生え変わったりとか…は、しない…な。」
「…その小さいのは、妖の子どもじゃろ?そんなら妖力さえあれば大抵のものは治るわい。」
羅刹鬼が、汚いというかどこかに落ちていたようにしか見えない茶器に水を入れたものを盆に載せて戻ってくる。
「すまんの、茶菓子も探したが、あのときからずいぶん時間が経っておるみたいだの。なかったわい。」
「本当に治るんでしょうね!あんた!治らなかったら許しませんよ!」
「すまんが耳の近くで話してくれんか?耳が遠くての…。」
「本当に!治んでしょうね!!」
「治る治る。わしも目が悪いが、時折りほじくり出して治しとるからな。——子どもらはそこに寝かしといてやれ。風邪を引いたら大変じゃ…。夜は冷える…。」
「うえぇ…。というか、目のついでに耳も治しゃ良いのに…。」
悠は聞こえない程度の声で毒づく。
「耳ん中治そうとすると一人じゃ難しいんじゃよ。」
声は聞こえなかったはずなのに羅刹鬼は悠の顔を見上げる。
「聞こえんでも、顔見りゃ大体言いたいことくらいはわかるぞ、年くっとるからな。」
羅刹鬼はくつくつと笑い、土間を上った段差、上がり框に当たる部分に腰かける。
「ほれ、飲め、喉が渇いたじゃろ?暑いしの…。」
———
悠は中身はともかく、汚い茶器に口をつけるのに躊躇うのを誤魔化しながら、カッシオと二人で屋内を軽く片付けて、アメノとアメを寝かせる。
「ンで、ばあさん。なんで…なんで、生け贄なンか欲しがるンだ。喰うにしたって、一年に一人じゃ足りねえだろ?」
「話すしかないのかのう……。………。」
「おいっ!ばあさん!」
「なんじゃろ?」
「続きを話してくれ!」
「んん?…ああ、そうじゃったな。続きな。何から話したか……。」
「なんで生け贄が欲しいのかだよ!」
「そりゃ可哀想な子どもらをあの村から引き離すには上手い口実が必要だからじゃろうが。」
「ゴウキも昔はかわい…くもなかったか。嫌な餓鬼じゃった。」
「あの餓鬼が村長になるなんぞ、全く…。」
「ンじゃあ、生け贄になった子どもらはどうしたンだよ?」
「ちゃあんと生きとるよ、タニチェリの港町にな、孤児院があってな…。わしが山で迷い子を見つけたことにしてな…。」
「じゃあみんな生きてンのか、アメもそこにやるつもりで…?」
「んん。そうじゃ。」
「シュゴオを滅ぼすってのは?」
「あんな村無い方がいいじゃろ。ジジイどもの汚らわしい欲に塗れた村なんぞ……。」
羅刹鬼は目を瞑り、頷くように何度も頭を揺らす。よく見ると舟を漕ぎ始めているようだった。
「はぁ…。——どうするよ。」
カッシオがいきなり年相応に老け込んだ羅刹鬼にげんなりしながら、悠に向き直る。
悠はまだ少し恐れの残る表情を浮かべながら努めて冷静に答える。
「まあ、いきなり信用するのもあれですが、こんなばあさん疑ってもって感じは…。」
「なので、とりあえず僕らのうち一人がここに残って、もう一人がヘイランさんを迎えに行くっていうのが一番いい気がします。」
「アメノもこんなんですけど、治るって言うなら…ヘイランさんなら、割となんとかしてくれるんじゃないですかね。あの…ほら、薬膳とかで…。」
「そぉ、…だなあ。そうすっか。じゃあ朝ンなったら、俺行ってくるよ。」
カッシオは血だらけの悠の手を見て言う。
悠はカッシオの視線から手を隠すように血を拭い取る。
「あいや、どっちかって言いましたけど、僕が行くつもりです。羅刹鬼さんとの会話、ままなりませんし。会話しないうちに忘れられて、また襲われたらまずいでしょ?」
「ン、そうか?無理すんなよ。荷物とか、二人でいけるか?姐ちゃん回収したら、そのまま発つ…ンだよな?」
「大丈夫ですよ。アメノの分なんてほぼ無いようなもんですし、ヘイランさんに頼るのもあれですけど、あの人は一人で全員分運べるでしょ、多分。」
「じゃ、朝まで寝とけよ。俺が一応見張っとくからよ。」
「いやあ、僕はここ離れりゃ危険らしいもんはないんですから…。それ…なら、カッシオ先寝てください、んで途中で交代しましょ。」
「そうか?わりぃな。ばあさんも座ったまま寝ちまってるし、ふ、わあ…大丈夫な気ぃするけどな。」
カッシオは欠伸をしながら腕を組んで、アメノたちのそばの壁にもたれるようにして目を瞑る。
悠は今更ながらかなり不用心なことをしているなと思ったが、山登りをしてからの羅刹鬼との対面のせいでこれ以上に何かをする体力は残っていなかった。和解、とは違うかもしれないが、争う理由は無くなったはずだ。
——そうや。せめて、あの汚い錆びた包丁だけ回収しとこう。それでええやろ。
羅刹鬼の腰巻きに抜き身で刺さった包丁を抜き取り、家の外に置いておいた。
これ以上に何かを考えることも、誰かを疑って警戒することもしたくなかった。
悠以外が寝静まった夜はひっそりとしていて、夏の夜なのになんだか肌寒かった。
【ちょっとお知らせ】
最近は本編も書きつつ、こそこそと別作品も執筆中です。
本作のプロットはあるのですが、ストックが尽きつつあるので、更新頻度を落とす予定です。
連載は頻度が落ちても続ける予定ですので、そこはご安心ください。
別作品の紹介です。
悪役令嬢ものに挑戦します。
ストックが出来次第、そちらの投稿も開始しますので、お楽しみにしていただければ幸いです。
また、なろうの夏のホラー企画に向けてホラー短編を書きました。
・ホラー短編「ぴちゃぴちゃちゃぷん」全五話(7/2〜7/6毎日投稿)
・悪役令嬢もの「ハッピーエンド以外絶対に認めません!〜親友の聖女ちゃんを救うためわたくしは悪役令嬢を貫きます〜 」(執筆中)




