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深淵からのぞいていたのは、あくまでも神でしたか?  作者: Yuzuki
第三章 「閉ざされた村で」
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第八話 「届かない想い」

第九話は6/21(日)の深夜に投稿します。

よろしくお願いします。

 異様な老婆の、羅刹鬼に違いないその老婆の髪が平屋を飲み込むのを悠とカッシオの二人は黙って見ていることしかできなかった。


——アメノとアメがまだ中に…。


——早くこの羅刹鬼を平屋から離さな…!


 カッシオがその辺の小石を拾い上げ羅刹鬼に投げつける。

「おい!俺らはここだぞ!来い!」


 しかし、羅刹鬼は反応しなかった。小石が当たったのが所詮髪だから痛みなどないのだろう。

 とにかく平屋をこのまま飲み込まれては、まだ中にいるだろうアメノとアメが喰われてしまうかもしれない。


「…カ、カ、カッシオ!!」

 悠は顔面蒼白になりながら、カッシオに視線を合わせて頷く。


 カッシオもそれだけで意味が通じたらしく、頷き返す。


 二人が老婆に向かって走り、うねる髪の束を乱暴に掴み上げ、大声を上げながら息を合わせて引っ張る。しかし、髪は糸玉の糸を引くように、大した抵抗もなく手繰り寄せられる。


「あ、あかん、カッシオ!!意味ないで!!」


「でも、やンねえ訳には!!あいつらが喰われちまう!!」


 気づいた頃には二人の足元には大量の髪の毛が足首を埋め尽くしてしまう。その毛先が足首を伝い、太ももの上を尺取り虫のように這い上がる。

 太ももまで登ってこられれば急所まではすぐだ。意図の読めないそれが、睾丸を潰しにかかるか、肛門から侵入し内臓を壊しにかかるか、悪い想像が勝手に溢れ出してしまう。

 懸命に払い除けようとしても二本しかない腕では、払いきれない。ふと気づいた頃には細い毛束は背から首まで登り二人の首を締め上げようと絡みつく。


 慌てて首の髪の毛を千切り取ろうとするが、細い毛束が徐々に太くなり、掴んだ指も手も一緒くたに締まり始める。


「…ぐぅ、……っか、………ひゅっ。」

 指の関節が首に食い込む痛み、首を締め上げる痛み、顔が熱い。涙が勝手に溢れてきて、視界がぼやける。

 その場から離れればなんとかならないかと足で踏ん張って地面を蹴ろうとするが、絡みついた髪の毛で地面に倒れ伏してしまう。


パチンッ!


 そのときどこかから、軽い破裂音が響き羅刹鬼の髪が力なくばさりと足元に落ちる。


「……ぜ、ひゅー、ぜ、ひゅー、ぜはっ。」

 何が起こったのか理解はできないまま、必死に空気を取り込む。


「——なんじゃあ?わしの髪に、何をしたあぁ?」

 羅刹鬼は溢れんばかりの髪の中から、悠たちの前に姿を現す。警戒するように距離を保ち、濁った目を細めて二人の顔をまじまじと眺める。

「妙な連中め。わしを殺しに来たのかと思えば、何の用意もない。かと思えば、わしの妖術を破りおる。シュゴオの者ではないのか?」


 締め付けられた首をさすりながら、ようやく話す気になった羅刹鬼の言葉に悠は懸命に答えようとする。

「ぞっ、そう…けぽっ…です!その通りです!ぼぐらは——」


「何とか言わんか!!貴様ら、やはり殺しておくか!?妖術が使えずとも、この包丁で切り刻めばいいんじゃからなあ!!」

 羅刹鬼は悠の声がまるで聞こえていないようで、包丁を握り直す。


「やべ、え!…ばあさん、だから聞こえてねえンだ!!」


「誰がババアだ!!このガキャア、本当に殺すぞ!!」


「なんで俺の声は聞こえてンだよ!!」


「あ、あれじゃないですか!?カッシオの超能力!!」


「サイコなんちゃらか!!——なン、て呼べば良い?…えっと…おねえさん?」


「おちょくってんのかてめえええ!!」

 羅刹鬼は激昂して、包丁でカッシオの頭を狙って振りかぶる。


 カッシオはなんとかしゃがんでそれを避けるが、さっきまでの殺気のこもった一閃に比べて、緩慢なそれを見ると、あまり羅刹鬼に当てる気はなさそうだった。


「あっぶねえな!クソババア!!」

「俺らあ、配達人だよ!!ローインの!!」


「配達人?シュゴオとは無関係か?あの平屋ん中に娘っ子とちびの妖もおるな、あれらはなんじゃ?」


「あっ…!二人は無事か!?喰ってねえだろうな!?」


「”まだ”喰うてはおらん、質問に答えろ!」


「ちびはアメノで、やっぱ配達人だよ!女の子はアメ。…シ……シュゴオから連れてきた…生け贄の子だ。」

「頼む!喰わないでやってくれ!!あの子、アメはまだ子どもじゃねえか!死ぬには若すぎるだろ?死ぬなら…年寄りから!で、大人!…そンで最後に…どうしてもってンなら、ガキどもじゃねえか?順番てえやつがあるだろ!?」


 羅刹鬼はカッシオの言葉に目を細める。

「…なるほどのう。……。よし、お前らはもう帰っていいぞ。娘っ子だけ置いていけ。」


「そんな!それはダメです!!アメさんを食べないで!!」

 悠は羅刹鬼に言葉が届かないことも忘れて思わず抗議する。


 カッシオも続けて声を上げる。

「そうだよ!帰れるわけねぇ!!」


「やかましい!!じゃあ……貴様はわしに死ねと言うのか?飯を喰って何が悪い?一年に…たった、たった一人だぞ?我ながら情け、情け深くて涙が出るわ!!」

「関わるな。何も見なかったことにして、とっと失せろ!」

 羅刹鬼は苛立ち、土気色の唇を歪ませながら唾を飛ばす。


 苛立つことすらも嫌悪するように、乱暴に包丁で長く伸びた髪の毛を切り捨て、悠たちに背を向けて平屋に戻って行く。しばらくすると、気絶したアメノを摘み上げて二人の前に放り、視線も合わせないままに戻って行こうとする。


「あ……。あ、あ、待ってくれ!まだ!話は終わってねえ!えっと…そ、そう話を聞かせてくれよ!!」


「ええっと、えっと……!」

 悠も必死に羅刹鬼の足を止められる一言を考える。

「——そう、か?そうやん!カッシオ、『人を食べたいんじゃなくて村を滅ぼしたいんだろ』って聞いて!」

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