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深淵からのぞいていたのは、あくまでも神でしたか?  作者: Yuzuki
第三章 「閉ざされた村で」
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第七話 「羅刹鬼」

第八話の投稿は6/19(金)の深夜に行います。

よろしくお願いします。

 一度目の休憩の後も、二、三時間おきに休憩をとりつつ四人は山道を進んでいった。山の上の方まで来ると、眼下にシュゴオ村が見える。山と山の間にある村は今にも挟まれて押しつぶされそうだ。


——僕らがなんか干渉とかせんでも、いずれは無くなるんやろうな。盛者必衰…いや、もう盛者ではないか。


——ん?…なんかわかった、ような。あかん上手くまとまらん。


「——こまで、来たの…初めて…。」


「タニチェリはここを通って行くんだろ?じゃあ村出たことないの?」

 アメノはカッシオに乗っていたが、「暑いから降りろ」と言われて、今はふらふらと風に飛ばされるようにして飛んでいる。疲れたら悠の背嚢に休みに来るので、少し鬱陶しい。


「な…い…。」


「ふうん、つまらなそうだな。」

「じゃ、町も見たことないし、海だって行ったことないんだ。」

 アメノがアメの肩におりて、羽根を休める。


「…ない。」


「行きたいと思ったことは?」


「う、るさい…!アメノは…黙ってて!」

 アメが強引にアメノを肩から追いやる。


「僕だったら、あんな気色の悪い淫乱ジジイどもボコボコにして逃げてやるけどな。」


「お、お爺様たちは…す、すごく、え…偉いの!それに…女の、子は子どもを産むのが…仕事、なの…!」

「悪口…い、言わないで!」

 アメが声を荒げて、怒りを露わにする。


「……悪りぃけどよ。俺はそういうのは普通だと思わねえ。普通ってなぁよ、好き同士とか、見合いとか、そういうンでくっついて子ども作ンだよ。」

 カッシオはそう話しながら懐かしむように目を細める。

「俺らがよ、何とか羅刹鬼のばあさん説得するから、諦めンなよ。」


「誰かのために命を捧げるなんてナンセンス…馬鹿げてますよ。」

「人は勝手に生きて、勝手に死ぬ、そういうもんだと僕は思いますよ。」


「し…知らない!あたしは…村の子だもん!か、関係…ない!」

 アメは瞳に涙を溜めて三人の言葉を否定しようとする。


 アメは昨日まで、生け贄になることを受け入れ、それどころか名誉なことのようにすら思い込んでいた。思い込まねば死を受け入れるなど、とてもできなかっただけかもしれないが。


「僕らは何も、アメさんのことを責めてるんじゃ無いですよ。ただ、君の味方だってことを——」

 悠たちが必死に説得を試みるが、アメは振り切るように山道を走って行ってしまう。


 その後はもう話しかけても、何も答えてはくれなかった。


———


 普段なら、まだ日が暮れるには少し早いくらいの時間に四人は峠の手前まで到着した。夏であることもあり日の入りまではまだ少し時間があるが、西の山に阻まれて陽光は早くも陰りだしていた。


 見上げれば峠の周りの木は低木ばかりで、突然視界が広がった。ただ、その景色を見ても晴れやかな気分になることはなく、「着いてしまった」とそれだけ思った。

 峠を少し登り進めると、道を少し外れて南側の山の足元に佇む一軒の平屋が見える。いわゆる峠の茶屋というものだろう。人の気配はなく、朽ちるのを待つかのように建っていた。


「待ち合わせとかしてねえ訳だけど、羅刹鬼のばあさんは俺らがいつ来るとかわかってンのか?」

 平屋の前でカッシオは建物全体を眺めるように腕を組んで仁王立ちになる。


「……。」

 アメは口を開かず、ただ首を振る。


「わ、悪かったって。頼むから口をきいてくれ…。」


「違う…。知らない…。ここで…待てって言われた。」


「待ってりゃ来ンのか?どうするか…。——飯でも食って待つか…。」

 カッシオは平屋の朽ちた入り口から中に入り、様子を伺う。かまどくらいは朽ちずに残っているらしい。


 追って中に悠も入ると、屋内なのに外のように匂いがせず、妙な気分だった。入ってすぐが土間になっているせいかもしれない。

「なんとなく話をちゃんと聞いてもらえるつもりでいますけど、普通に会話もなしに殺される可能性もありますよね…。」

「アメさんをアメノの力で、なんかこう、檻みたいな感じで囲って守っておいた方が良いんじゃないですかね?」


ごとりっ。


「——アメノ!!」


「いや、なんだよ檻って!!あーもうッ!——足元に落とし穴!そんで蓋!」

 アメノは咄嗟にアメの足元に落とし穴を作り出す。


 突然のことに対応できなかったアメは声も上手く出せないままに地上から姿を消し、唯一の出口は土と腐り落ちた木の梁材で覆い隠される。


 平屋の奥から、きしりきしりと軽い誰かの歩く音が響いてくる。そして——奥の部屋の戸枠に枯れ木のような手がかかるのが見えた。

 戸枠から白と灰色、あるいは灰色は汚れによるものか、乱雑に伸び切った髪の毛が現れる。髪の毛の隙間から、赤く染まった白目に、薄く濁った瞳が覗く。そして、老婆は定まらぬ視線をゆっくりと悠たち三人に合わせた。


 低いのに、やけに響き渡る老婆の声がきいきいと叫び始める。

「ほお。ほおほお、ほおほおほおッ!ようやっと来おったか!!」

「シュゴオの腐れ外道どもお!!お?娘っ子はあ……どうしたや?生け贄を連れて来んかったんか!?」

「おどれらにそんな勇みがあったとはのお!!」

「皆殺しじゃあ、はらわたぶちまけて死ぬがいいぃ!!」


 老婆とは思えぬ俊敏さで悠とカッシオの前に迫り赤茶けた包丁を振りかぶる。慌てた悠は後ずさる足で放置されていた鍋を踏み尻餅をついてしまった。

 アメノはいつの間に隠れたのか姿が見えない。

 そんな中、カッシオは何を思ったか老婆に向かって突進するように向かっていった。


 カッシオは、狙ってやったとは到底思えないが老婆が振りかぶった錆びた包丁の間合いの内に入り込み、そのまま老婆を仰向けになぎ倒した。

 ただ包丁の柄がカッシオの突進で、加速度を増して腰に当たっていたようで、渋い顔で腰をさすっていた。


 異様な様子の老婆だが、体重は見た目通りらしい。しかし、すぐに体勢を戻す。地面を這うようにうつ伏せになると手に持った包丁を握り直し、カッシオの足首を狙ってゴキブリのようにしゃしゃしゃと手足を動かす。

「ぃぃいいい!!怖い怖い気持ち悪ぃ!!」


「危ない!避けえ!カッシオ!」

 悠は手元にあった鍋をカッシオの足首より少し前を狙って、地面を滑らせるように投げる。


 老婆の包丁は鍋によって阻まれるが、鍋ごとカッシオの足に叩き込まれ、彼は足を掬われる形で倒れ込む。

 よりにもよって鍋の淵の方が足に当たったらしく、カッシオは痛みに悶える。痛みに耐えながら地面の砂を握り込み老婆の顔に向かって投げる。


 見えているかも怪しい老婆の目に、目潰しなど効くのかと一瞬疑問が湧き起こるが、無事に効いた。見える見えないに関わらず、目に砂が入れば痛いのは変わらないといういらない知識が増える。


「ぎぃあぁああああ!!」

 老婆が目を押さえながら、排水口に水が流れ込むような耳障りな悲鳴をあげる。


「に、に、にげンぞ!一旦!!ばあさんを誘き寄せっからな!!」

 カッシオが悠と、どこかに消えたアメノと地面の下のアメに声をかける。そして、今だに尻もちをついたままの悠の襟を掴んで立たせて足を引きずりながら平屋を出た。


 平屋を出てすぐ前の野原で悠とカッシオの二人が老婆に大声で呼びかけようと振り返る。


 ほとんど日は沈み、碧から鈍い紫に変わる空の中で、最後の陽光が、平屋から出てきた老婆の灰色の混じった白髪を紅色に染め上げる。

 紅色の髪は異様な速さで伸び始め視界を埋め尽くす。まるでそれは意思を持つ毛細血管が平屋の形を確かめながら飲み込もうとしているようだった。

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