第六話 「先はまだ見えない」
第七話は6/17(水)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
登山道は考えていたよりよほどなだらかで、登山には違いないが、体にくるきつさは微塵もなかった。暑さも、この世界特有のステンドグラスのような葉を持つ木々が日差しを少しは遮ってくれているおかげでほとんど感じることはなかった。
これがただの散歩であれば、ちょっと気持ちの良い運動といった感じだった。それもそのはずで、生け贄の少女アメによれば、羅刹鬼が出没するようになる十年ほど前までは、タニチェリとの行き交いがこの登山道を介して頻繁に行われていたらしかった。
——だから、か?東側に商店とか宿が集まっていたのは。
みいぃ、みぃみぃみぃみいぃぃ。
「……蝉まで鳴いてる…。」
悠は何気なく上を見上げながら呟く。
「おン。聞いてるだけで暑くなってくンな。」
「蝉って獲りやすいし、美味いから良いよなあ。」
アメノが緑が重なってぎらぎらする中に、目を滑らせて蝉を探す。
「蝉も食べるんですか…。」
悠はいまだに虫食は慣れる気がしなかった。
「…ん。蝉、おいしい…。今年は…食べれないと思ってたのに。」
アメも蝉が好きらしい。
「死んじゃったら食べれないもんな。僕は食べまくるぞ!」
「ずるい…。」
「…後でいっぱい獲ってきてやるから、アメノも変なこと言うな。」
「悠の分…はいらなさそうだな。」
———
山を登り始めて二時間ほど経った頃に、青々と苔むした岩肌から染み出した水が溜まって、水草の浮かぶ水場になっている場所にたどり着いた。水場の周りには座るのにちょうど良い高さの石が、円状に並べられており以前もここで旅人たちが休憩を取ったりしていたことが伺える。
「——かなり、暑くなってきましたね。」
悠は石に積もった落ち葉や土を丁寧に払いのけ、座る場所を確保する。
「昼前だってのにこの暑さだからな。」
カッシオは気にしないでがさりと音を立てて石に腰掛ける。
「水に足つけたら冷たくて気持ちいいぞ!」
アメノとアメは嬉しそうに水場を覗き込みながら、足で底をさらう。
カッシオは背嚢から水筒を取り出して頭に少しかける。
「そこで生活してる生き物もいるンだから、あんまり荒らすなよー。」
「そういや、蝉は獲りにいかないんですか?」
「蝉っていっても、食うのは幼虫だからな。獲るのは幼虫が土から出てくる、日が暮れてから、だな。」
「へえ。——アメさんはどうやって蝉を食べるんですか?」
悠が水辺で遊ぶアメに声をかける。
「揚げたのが…一番好き…!でも、あぶ、ら使うと怒られる…から…茹でたのをそのまま…とか?」
アメは少し考えながら答える。
「どんな味がするんですか?」
「…木苺、でも、すぐりでも、なくって…。えっと……椎とかの、木の実、みたいな味…?ハル?…も食べてみたら?」
「そうだぞ。無理にとは言わねえけど、好き嫌いは無くした方が得だぞ?結構酒のつまみにもなるンだよ。」
「僕はそのまま拾って食べたりするよ。」
アメノが自分にも聞いて欲しそうに悠たちの視界に入り込む。
悠はアメノの言葉に目尻がぴくりと動く。
「酒のつまみですか。揚げ物とかだったら、なんとか食べれそうな、やっぱり無理そうな…。」
アメノは悠の気持ちを察して、わざわざ嫌な表現をする。
「動いてるやつの背中に齧り付くんだ。きちきち言って面白いぜ?」
「えぐい…。」
アメも流石に生では食べないらしい。
「……蝉は誰かと一緒に食べたりするんですか?」
「うん…小さい時は、あの人がよく獲ってきてくれたから…。でもあの時から…女の子たちは…毎年いなくなって…。」
「…えっと、あの人って?どなたです?」
「羅刹鬼の娘、だった人…。もう何年も前に食べられた…。」
「あ…っと。前に言っていた、”あの人”は羅刹鬼の娘さん?娘さんは人間ではなかったのですか?」
「…人間。でも…羅刹鬼の娘…。」
「もう…あンまり思い出させてやるな、悠。」
「つまり養女かなンかだろ。よくある話だよ。山で拾われた人間の、親が妖ってのは…。」
「よく、あるんですか…。」
悠には、アメに好奇心で色々聞いてみたい気持ちもなくはなかった。だが、そんなこと以上に生け贄であることを受け入れ、未来を自分で閉ざしてしまっている彼女に、前を向かせてあげたいと思う気持ちの方が強かった。
ただ、そういう気持ちは横に置いておいてもやはり違和感がある。今まで妖が人間を食べると言うのは何度も聞いたことがあった。だが、誰が話しているのを聞いても、妖の食文化の一部のような感じだった。例えるなら、人の味を覚えたヒグマだとか、ライオンだとかをイメージさせるものだった。
しかし、羅刹鬼は”自分の娘”を喰ったと言う。拭えない違和感があれど、それを取り除けるだけの情報はまだなかった。
「あ。」
「あン?どうしたよ。」
「いや、話をしに行くつもりではありますけど、武器になるもの何も用意してなかったから…。」
「ああ…。まあ、持ってたって使えないンだから荷物が増えるだけじゃねえ?」
カッシオが自分の背嚢を指差しながら言う。
「あと、ノヴァナイを出るときに俺も姐ちゃんにそういうの聞いたけど、持ってなかったら舐めてかかられて生き残れたりするけど、持ってたら確実に殺されるってさ。」
悠は少し納得して頷いた。
「戦えないなら、非戦闘員を貫きなさいってことですね。」
「僕以外は雑魚ってことだな!」
アメノがおちょくるように悠とカッシオの周りを飛び回る。
「雑魚に負けたら何になるんでしょうね。」
「…こっぱ?」
「微塵…。ミジンコレベルってことですかね。」
悠は少しにやけてしまう。
カッシオだけには悠の言葉の意味に加え、イメージまで伝わるので、彼もまた顔を背けて、肩を震わせていた。
アメノはよくわからないものの悪口を言われたと察するが、事情を知らないアメの前では怒るに怒れず、複雑な顔をしていた。
「…む、村の外の人たちって、みんなバカで愚かだって…お兄様たちが話してた…けど。」
「…外の方が楽しい…のね。」
アメは水場から上がってきて、石に腰かける。足の水気で土や枯れた植物を拾ってしまったのを、指で一つずつ弾いている。
「バカやるのも良いもンだぜ。無理にかしこぶらないで、助けてくれる友だちを作る方が”賢明”ってことさ。」
カッシオがアメのつむじに向かって優しく話す。
「…あたし、は…。」
「友だち!そう友だちになりましょうよ、僕ら。羅刹鬼のおばあさんとの話が終わったら、色んな山の幸ってやつを一緒に採りに行って食べましょう?」
「…やめて。あたしは…死んで、役目を果たすの。」
「あたしは…幸せなの。”ほとんどの人が無駄に生涯を終えるのに、アメの死には意味がある”んだ…!」
アメは足がまだ濡れているのにも構わず、立ち上がって歩き出す。
悠たちも慌てて後を追う。——和やかな雰囲気を背後に残して。




