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深淵からのぞいていたのは、あくまでも神でしたか?  作者: Yuzuki
第三章 「閉ざされた村で」
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第五話 「峠へ」

第六話は6/15(月)の深夜に投稿します。

よろしくお願いします。

 アメノは今までに見たことがないほどに激怒していた。思い返してみれば、アメノが怒るのは誇りを傷つけられた時だった。一行の中で一番プライドが高いのに、最後の最後まで我慢してくれていたのだ。


「ジジイ〜ッ……!!ぶっころす!!金玉引きちぎって喰わせてやるぅう!!」

 ようやくヘイランに解放されたアメノが全身を真っ赤に染めて、怒りを夕食の魚にぶつける。


「…やめろ、アメノ。魚に罪はねえンだ。」


「うるさい!バーカ!!」

 アメノはカッシオにそっぽを向いて、手に持ったフォークを魚に何度も突き立てる。


「……ヘイランさん、本当に連中の言うとおりに行ったりしないですよね?」


「いや、わたしは行くつもりだよ。…行かなければ荷物に何をされるかわからないしね。」

 ヘイランは顔色ひとつも変えずに淡々と答える。


「そんな…!ダメです、ご自分を大切にしてください。」


「大丈夫、こういうのの対処は慣れてるから。」


「いや…行く必要はねえだろ。俺らは荷物さえ取り返せれば、この村から出ていけるンだから。」


「そうです、ね。取り返せば…!」


「……残念だが、取り返すのは難しいだろうね。バンキは今、宿の外で待ち構えている。早く行かないと約束を反故にして荷物を台無しにされるかもしれない。」

「それに…実はそれほど心配はしていないんだ。あのゴウキという男は嫌な人間だが、我々に嫌がらせをしたいわけではないらしい。あくまで仕事の依頼をしたいわけだね。」


「あぁあ、そうだ、仕事…。この子のこともあるンだった。」

 カッシオは項垂れるようにして机に顔を伏せる。


「…荷物、は諦めてこの子を連れて今すぐ逃げる、とか……。」

 悠は苦しまぎれに思いついたことを口にする。


 ここまで口を閉ざしていた少女が初めて言葉を紡ぎ出す。

「…ダメ…。逃げるのはダメ…。」

「村が、お父様、おじ様、お兄様たちが喰い殺されてしまう。あの人みたいに…。」

「あたしが…あたしのお役目、果たさないと…。」


「…ハル君、わたしも逃げるのは反対だ。これはこの村の問題だ。外からやってきたわたしたちが勝手をしてはいけない。」


「…ヘイランさん。それはこの子が死ぬべきだと…?」

 悠はヘイランの言葉が何かの間違いであれとすがるように尋ねる。


「このシュゴオ村の選択を尊重すべきだ。」

 ヘイランは断ち切るように言った。


「…悠、悪い。村の連中は嫌いだが、死なせるのは違う、と思う。でも、この子を見捨てンのも違う…。」


——そ、うか…。村も…見捨てる、のはあかんよな。


「村でやったみたいに、話をしに行こうぜ、羅刹鬼の婆さんところに…。」

 カッシオは顔を上げるが、表情は苦虫を噛み潰したようだった。


「いいじゃないか、君たちらしいね。…アメノ君は不服そうだけど。」

 ヘイランはふわっと笑って席を立つ。


「ふんっ!難しく考えずに全員ぼこぼこにすれば解決できるのに、バカだよな人間て。」

 アメノはぐちゃぐちゃになった魚をもそもそと食べながら、誰とも目を合わせなかった。


「…羅刹鬼のおばあさんの話しをよく聞いてあげてね。」

「では、わたしは行くよ。早めに迎えにきてくれると嬉しいね。」

 ヘイランはそれだけ言い残して、開いたままになっていた扉から出ていった。


 ヘイランなら上手く対処するのだろうという信頼はある。だが、それが上手くいかずにいいようにされてしまえばと考えてしまう。


——あの時、帰ってれば…。そもそも着いてこんかったら…。


 そう思う気持ちとは裏腹に、静かに夜は更けていった。


———


 わかっていたことではあるが、ヘイランは明け方になっても宿には戻ってこなかった。彼女の部屋には、入れ替わるように入った少女とヘイランが忘れていったらしい小さな巾着袋だけが残されていた。


「…早く迎えに行かねえとな。」

 カッシオが忘れ物を拾い上げて、大事に背嚢に仕舞う。


 カッシオの言葉に悠は力強く頷く。

「ええ。」


「…あのババアの心配より、自分の心配した方がいいんじゃない?今から、人喰いの妖のとこに行くのに。」

 アメノはヘイランから貰った手帳ケースを首にかけながら言う。


 アメノの様子を見て、悠は少し笑みがこぼれる。

「ふふっ。——君、確約は難しい、ですが、きっと僕らが君も助けますからね…!」


「…助け…。あたしはお役目を果たすだけ。放っておいてくれていい、のに。」

「そんなことより、これ……地図…。」


「ああ、地図は君が持っているんですね…。無かったからわからなかったとか言って誤魔化せなくなりましたね。」


「生け贄が無かったら羅刹鬼が村を襲うンだろ?すぐバレるだろうに。」

 カッシオがやれやれと首を振る。


「はは。ええと、場所が——東側の、南よりの山の山頂付近?に印がありますね。いやーな予感がするなあ。」


 予感が外れることを祈りながら宿の外に出て行き先を確認すると——。

 予感通りに地図は目の前の高い山の方向を示していた。


「ああ、また山登り…。」

 悠が項垂れる。


「目指すのは峠…。羅刹鬼の家、じゃない…。」

 少女は山頂から北に指を滑らせ、山と山の間の少し低くなっている位置を指し示す。


「お、少し登る距離が減ったな、よかったなハル。」

 アメノはカッシオの頭の上で、にやにや笑いを浮かべている。


「…アメノもたまには歩いたらどうです?足が細ってそのうち無くなりますよ?」

 悠が恨めしげにアメノを眺める。


 体が軽いから、カッシオはアメノに乗られても気にもしない。だから、二人の会話自体も碌に聞いていない。

「そうそう、まだ聞いてなかったな。嬢ちゃんの名前なンてえんだ?」


「……アメ。」


 少女の名前を聞いたアメノの目がきらりと光る。

「へえ…?いい名前だな!今日からお前、僕の妹分だぞ、わかったか!?」

 アメノが偉そうに小さな胸をはる。


「い…や。アメノが…あたしの子分。アメのアメノ…。」


 谷を挟んで東側の村の南端に登山道があった。いつかぶりに見たお地蔵様がこの村でも藪の中に佇んでいた。悠がそれに気づいて、「何事もなく、全てが上手くいきますように」と手を合わせる。願った後に、お地蔵様に祈る内容でもないことに気づき、少し笑ってしまった。


 横を見るとカッシオも手を合わせて祈っていた。

 アメとアメノは疑問符を浮かべた表情で二人を見守っていた。

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